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我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第二章 魔王の秘密
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another side 2 そのころの千臣

 第二章の書ききれていなかった部分を補う番外編です。



 今まで、どれだけあの男を殺そうと思ってきたのかはわからない。

 生まれたときからずっと、殺すことだけを叩き込まれてきた身にとって、直接対決での敗北は屈辱以外の何物でもなかった。

 参観日のあの日、魔王の実力のほんの一片を垣間見、そしてその一片に圧倒されてしまっていた。あのとき嬢子と松陵が来なかったら、今頃この命はなかった。そう断言しても構わない。

 鍛錬は続けてきた。自分を追い詰め、怒りと憎しみを高ぶらせてきた。そしてそれを制御できるほどの冷静さも同時に高めてきた。それなのに、感じたのは恐れだった。

 一度魔界に帰ってもう一度鍛錬しなおすしかない。そう嬢子に言うと、満足そうに同情の微笑を返してきた。

「わかってる。まだまだ魔王に勝てないのは私にもわかった。勝つためには私たちももっと強くならなくちゃ駄目だってこともわかったよ。だから篤志君の言いたいことも正統」

「じゃあ魔界への移動許可を出してくれるか?」

「たぶん、うまく許可は取れると思うわ」

「頼む。一刻も早く強くならなければならないんだ」

「戦士一族の性ってところかしら。でも無茶しちゃ駄目だよ、鍛錬することは正しいことだと思うよ。だけどそれで潰れちゃったらもう立ち直れなくなる……だから、ね」

「――強くなることが、悪いことか?」

「そんなわけじゃ、ないけど」

「なら余計な口出しはしないでくれないか」

 そんなに強い語気で言ったつもりはなかった。だが嬢子は身じろぎした様子で一つだけこくんと頷き返すと、そのまま箒に跨って空へ飛び立っていった。

 嬢子に強く当たっても、何の意味もないことはわかっている。それどころか彼女を傷つけ、果てには自分の靄も晴らすこともできない。

 焦っても何もないのに何やってるんだ。焦ったって、もう誰も帰ってこないっていうのに。

 彼の前に広がる空は彼の思いとは裏腹に晴れ渡っている。


   *


 それから二回目の夜が明けようとしていた。

 魔王城からみて南東に十キロ離れた雑木林の中。代々戦士一族が管轄していた狩猟地区で千臣は鍛錬に励んでいた。何十、何百の獣を狩ったかはもう覚えてはいない。ただその手に残るのは生々しい彼らの紅だけだ。入ったときに聞こえた獣の嘶きはもはや絶え、この辺りの獣はほとんど狩りつくしたことだろう。荒れた息を切り株に座って整えていると、黒く縮れた髪の少女が北の方角から現れた。

「千臣篤志君、だよねえ」

 彼女は地獄から現れた死神のように笑みを浮かべている。

「初めまして、盗賊一族の一人、都束輝っていうの。よろしく」

「――何の用だ」

「もう何その態度。輝はねえ、君にとって嬉しいニュースを運んできてあげたんだから」

「何だ」

「あん、素っ気無いなあ、面白くない。で、ニュースなんだけど、あの魔王鬼灯が政府軍に銃撃を食らって蜂の巣にされちゃったって話なんだけど――」

「ふざけるな」

 頭の中の感情がすべて消えうせていた。気づけば血に塗れた鬼の紅剣が輝の喉元に切っ先を向けている。

「や、やめてよね初対面の人間に凶器突きつけるの! それにふざけてなんかないよ、本当なんだから。輝も目の前で見たもん。そうだ、新聞読んでみたらどう? 輝の言ってること嘘じゃないってわかるから、ね? だから離そうよ、その物騒なもの」

 輝が両手を合わせて必死に懇願しているのも、もはや耳にも届かなかった。

 鬼の紅剣は、獣たちの死骸の上に刺さった。

 まさか他の人間に呆気なくやられてしまったと?

 あれだけのことをしておいて?

――確かにお前は馬鹿だったな。

 魔王鬼灯の言葉が脳の中を反響して離れない。

「もう、落ち着いてる? あのねえ、何を絶望してんのかまったくわからないわけじゃないけど、あの魔王鬼灯が死んだって確定したわけじゃないよ?」

 輝は腰に下げたポーチの中からピンク色のガムを取り出し、口にしている。

「だあって魔王に重傷負わせた時、息子が空間転移させちゃったからねえ」

「何が言いたい?」

「え、知らない? もしかしたらだよ、助かってるかもしれないじゃない。魔王妃の生命魔術を使えばもしかしたら、ね」

 輝が何を思って物事を口にしているのかはわからない。だが確かにそうだ。三年前のクーデターの時と同じだ。鬼の紅剣に刺され致命傷を負った鬼灯を完治してみせたのはあの魔王妃の魔術だったのだ。

 くちゃくちゃとガムを噛む音が耳に障る。

「それを言いにわざわざここに来たのか?」

「まあね。輝は千臣君のこと応援してるし、始めた復讐は最後まで果たしてもらわないと」

「そうか、強く当たって悪かったな」

「そんなこと気にしなくたっていいんだってば。輝、そういうの慣れてるし。あ、これ食べる?」

 差し出されたガムを受け取り、同じように口に運んだ。人工物の香りと味が満ちてくる。

「あ、そうだそうだ。嬢子の馬鹿から連絡頼まれてたんだっけ。今回魔王を襲撃できたことで集まった血は必要量の三分の一ぐらいだったらしいよ。全部流れ出す前に連れ出されちゃったからね、想定よりも少な目だったってさ。嬢子の魔術を使って地面の中に染み込んだ血液も採取したんだけど、納得する結果は出なかったみたいね。ふふ、嬢子のがっかりした顔がなんとも面白かったー」

 嬢子の魔術とは本人曰く「天秤魔術」だという。確か、ある物質に重さを与える代わりに、他の物質に軽さを与える、一言でいえばそんな魔術だと解説していた。おそらく今回は辺りの地面を覆う砂に重さを与え、血液の成分を軽くすることで採取しているのだろう。

 千臣は鬼の紅剣を抜き去り、刀身を眺めた。赤黒い刃はさらに紅を吸い、真紅と化している。

「魔王城に行ってくる」

「へ?」

「もし奴が生きていたとして、魔界に現れたとすればきっとそこに現れる」

「確信なの?」

「……そうだ」

 切り株から立ち上がると、北から吹く風が千臣の髪を撫でつけた。

 そしてその向こうには城下町が、魔王城がある。

 傍らにいた輝はもういない。声だけが風に紛れて残っている。

「そ。なら止めない。やるべきことをやりたいようにやってきて、戦士一族最後の一人として」

 ガムの味はすぐになくなったけれど、彼はそんなことも気にせず、一歩一歩踏みしめていった。



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