表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第二章 魔王の秘密
30/60

another side そのころの萌黄

 本当は、紫苑のこともわかっているつもりだった。それなのに強い言い方をしてしまったのは、そんな紫苑をじっと見ていられなかったって言うのが本当のところだった。言い訳みたいになってしまっているけど。

 鬼灯と紫苑が魔界に行ってしまった朝、萌黄はいつものように学校に通っていた。棗は行かなくていいと言ったが、萌黄はそれを振り切って今教室にいる。昨日の今日で襲われるかもしれない。わかっていたけれど、鬼灯も紫苑も身を危険に晒して行ってしまったのに自分だけ逃げるなんてことは、自分自身許せなかった。

 そう決心していたものの、戦士一族である千臣は、今日学校に現れなかった。女子のブーイングが強まる中、茶々先生が言っていた彼の欠席理由は風邪だったと思う。何が原因でも萌黄には構わないが、とりあえずほっとため息はつけた。

 しかし安心は放課後に崩れた。一番に帰宅しようとする萌黄とリッちゃんが教室のドアを開くなり、金髪ピアスの少年が顔を覗かせていたのだ。

「千臣篤志は今日来てる?」

 松陵圭太だ。まさか待ち伏せされていたなんて。目を丸くして動けずにいる萌黄に気づいていないリッちゃんは素直に首を振って、千臣の空いた席を指差した。

「千臣君なら今日は風邪で休みだって」

「ええ!? 嘘やろ、千臣まで休みって……ああ、最悪や!」

 聞くなり松陵は頭を抱えたまま、あたり構わず叫んでいる。

「何かあったみたいだね」

「リッちゃん、こんな頭のねじ外れた人間に構うことないって」

 相手にしていていいことなど何もない。むしろこちらまで変人扱いされるかもしれないのだ。それだけは御免だ。リッちゃんが背負っているリュックサックを強引に摘み上げて教室を出て行った。

 ああいう性格の奴ほど何を考えているかわからないものだ。こちらが油断している隙に付け入ろうと伺っているのかもしれない。そうかもしれないし、何にも考えていないだけで素で叫んでいたのかもしれない。まあどちらにせよ、あの場からさっさと距離を取ったのは賢明な判断だったはずだ。

 萌黄の都合で校門まで引きずられてきたリッちゃんは不本意そうに帰って行ってしまった。

 不本意なのは萌黄も変わらない。でもその不本意に巻き込まれたリッちゃんには申し訳なく思う。

「あーもう、せっかく千臣がいなかったのに何であの変人が来るかなあ……」

「変人て誰のことや」

「あんたのことよ、さっきからずーーーーーっと後つけてきてたでしょ」

 気づけばリッちゃんがいたところに松陵が立っている。その屈託のない笑顔は萌黄の怒りをあっという間に燃え上がらせた。だが当の本人はへらへらと剽軽である。周りをすり抜けていくほかの生徒たちは目にもくれない。

「あ、わかってたんか」

「バレバレ! で、何か用? まったく興味のないことなら帰らせてもらうけど」

 言いながら、萌黄は自宅の方向へ足を向け歩みだしている。でも背後から響く軽快な足音は松陵のものに間違いない。やっぱりつけてくるつもりらしい。

「んじゃ質問1、千臣と嬢子はどこへ行ったでしょうか?」

「知らないわよ。それに質問1とか言ってるけど2以降も興味ないから」

 萌黄の歩調は1・5倍速(通常時比)になる。

「むう。でも質問2や。千臣と嬢子は何をしに魔界に戻ったと思う?」

「魔界に戻ってるの!?」

 萌黄の歩調は徐々に遅くなり0・75倍速(通常時比)にまで落ちた。

 質問1の出題の意図はよくわからないがその疑問は頭の隅で小さく消えていった。

 それよりも千臣と嬢子が魔界に戻っているということは、もしかしたら今日の朝魔界に向かった父と弟が鉢合わせているかもしれない。嫌な予感が胸を過ぎる。目の前が闇で覆われていく気がした。そのまま闇に意識を奪われてしまいそうになった。萌黄の歩調は0倍速(通常時比)になった。

 肩に触れた松陵の腕を振り払うことはできたが、目の前の現実だけは振り払えない。振り払ってもそこには現実がある。

「なんや、誰かが魔界に居るってことか」

「……うるさいわね」

「でも大丈夫やと思うけどな。その誰かさん」

「何その不確かな確信」

「だって出てないもん、お告げ。神様は『まだ状況は打破されへん』って言ってるし」

「あんたの神様信じるほどあたしは愚かじゃないわよ」

 自分の心のどこか奥底で安心の笑みを浮かべたのは確かだった。

 でも、萌黄の歩調は2倍速(通常時比)になり、さらにはそのまま走り出していった。横断歩道での信号待ちで一度だけ後ろを振り向いた。もう後から追ってくる様子はなかった。代わりにグラウンドから聞こえる運動部の掛け声だけが飛び掛かってくる。

 1,2,3,4,5,6,7,8。

 そのリズムに触発されて、萌黄は200倍速(通常時比)でスキップして帰っていった。

 

 無事に帰ってきてよね、あたしたちの神様。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ