表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第二章 魔王の秘密
24/60

第二十二話 少年の決意

「あ? もう一回言ってみろよ」

 思いがけぬ鬼灯の言葉に一番にかみついたのは、やはりエリザベスだった。

「話も聞いていなかったとは話にならんな」

「話ならしっかり聞いてたっての。それよりお前の頭がまだどこかおかしいんじゃないかってわざわざ聞き直してやってんだよ」

「おかしいとはどういう意味だ」

「お前、今の状況わかってないだろ。それかここ数日の記憶が飛んでしまったってのか? お前は、魔界行って殺されかかって、今の今までへたってやがったんだ。そんな状況で魔界に戻るだ? 何考えてやがる……」

 口調は乱暴だが、エリザベスの言うことはもちろん正論だ。常識のある人間なら当然エリザベスと同意見だろう。紫苑も萌黄も、きっと棗も同じことを言うに違いない。そういう反論が来るのを予想していたのか予想していなかったのか、鬼灯は険しい顔をした。

 そして、エリザベスを鷲づかみにして抱えあげた。

「な、何やって……離せ、離せってんだ!」

 鬼灯に抱えられ、振りほどこうと暴れるエリザベスだったが、鬼灯の鋭い目つきに一瞬だけ身じろぎした。睨んでいるわけではない。伝わってくるのは鬼灯の奥にある感情だ。

「お前……本当に行く気なのかよ……?」

「魔力が返ってきた今の私なら負ける気はせん」

「だからって、また殺されかかったら……もう助からねえ。わかってんのか? 棗もこんな状態になってまでお前を助けたんだぞ。子どもたちだって本当にお前のこと心配してたんだ。それを踏みにじってまで……お前は魔界に帰るってのか?」

「ああ、最低『例の石』を持ってくるためにもな」

「例の石って――もしかして魔王城の黄金の間にある、あの水晶のことか?」

 鬼灯とエリザベスは平然と『例の石』について話していたが、紫苑は萌黄と向かい合ったまま、互いに首を捻らせた。何の話をしているのかはわからないが、魔王城にそんな石があるなどという話は聞いたことがない。ましてや、黄金の間という一室が存在していることですら知らない。その城に十年ほど住んでいたというのに。

 だが、その石の話を持ち出した途端、意固地に反対していたエリザベスが揺らぎ始めていた。

「……確かにお前の言うことは一理あるかもな。しかもお前一人の危険で例の石が手に入るなら、悪くない話かも知れねえ」

「わかればいい。だからしばらく母さんの世話をしておけ」

「ふん、偉そうな奴だぜ」

 鬼灯はエリザベスを床に降ろした。そして、何も知らぬ紫苑に視線を移した。

「紫苑、魔界に連れて行け。いや……魔王城にまで共に来る必要はない。一度私が魔界に帰ったことで兵も配備されているだろうし、危険だろうからな。ただ、魔界に連れて行くだけで構わん」

「いいよ、俺も魔王城まで行く」

 自然と、言葉に出来ていた。鬼灯はまだ虚ろな目を見開いている。まさか紫苑からそんな前向きな言葉が出てくるとは思いもしなかったのだ。だが、しっかり前を見据えている息子に向かって満足そうな笑みを返していた。

「よく言った、成長したな紫苑。でもお前は来なくていい。さっきも言ったが魔王城には危険がある。私も本気で行かんと抜けられんほどのな。だから――」

「そんなことわかってるよ」

 萌黄が心配と感激の混ざった表情を見せる中、紫苑は鬼灯の腕をそっと掴んだ。蜂の巣みたいに穴が開いた服の隙間から温かさを感じる。

「紫苑お前……」

「迷惑なら行かないよ。でも俺……皆を守れるぐらい強くなりたいんだ。それに、父さんたちが受け継いできた秘密についても知っておく必要があると思うんだ。そのためなら、危険だっていう理由で黙って待ってなんていられないよ」

「そう、か。ならついて来い」

 鬼灯はもう一度エリザベスを一瞥した。エリザベスは相変わらずつっけんどんな様子で気にする素振りもない。続けて萌黄に目を向ける。強気なエリザベスに対して萌黄はなよなよした野菜みたいに立っていた。この中の誰よりも不安そうだった。

「絶対、無事で帰ってきてね」

 言った言葉は今にも消えうせそうだった。

 紫苑は確信もなく大きく頷いて、鬼灯の腕をくいくいと引っ張った。もう行こう、この意志が消えない間に。そう伝えたのが素直に伝わったようで、鬼灯も深く頷いた。

 萌黄とエリザベスがそれぞれ違う目線で見つめる中、二人は再びの魔界に身を投じた。



   *



 二人が現れたのは、隙間風すら通さぬ頑丈な石造りの一室だった。

 床に敷かれた赤いカーペットは滅多切りにされて原型を留めていないし、木でできていたはずの学習机には血でできた斑点があちらこちらに飛び回っている。割られたガラス窓の向こうに見える城下町では、未だ魔王のことを警戒してか軍隊たちが抜け目なく徘徊している。

「意外と灯台下暗し、か?」

 紫苑から手を解いた鬼灯は窓の向こうを呆れて眺めている。

「わからないよ、俺の部屋がとりあえず無事だっただけで……気づけば追い詰められてるってことも考えておかないと、考えが甘いとすぐ付け込まれてしまうんだから」

「そうか、付け込まれないようにしっかりするんだぞ」

「いや、父さんに言ってるんだけど」

 鬼灯の言う黄金の間は、この魔王城の地下五階の大空洞に存在するらしい。この紫苑の部屋は地上三階。一番手っ取り早いルートは、魔王城の中で最も隅にある非常螺旋階段を辿り、一気に地下四階まで下りるルートだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ