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盤上の春風~加古川、四人の歩み~  作者: 明石竜


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第四章 鶴林寺への小旅行

六月に入り、梅雨の合間の晴れた金曜日。学校帰りに理沙が提案した。

「明後日、日曜日に、鶴林寺、行ってみない? 将棋との関わりも深くて、古いお寺で、

すごく雰囲気いいらしいわよ」

「いいね! うち、鶴林寺は行ったことなかったし。マップで見たら尾上の松っていう駅が最寄りみたいやね」

 陽菜がスマホをのぞき込みながら言う。

「その一個手前の別府にあるアリオには、ちっちゃい頃からよう行ってたで。

ヨーカドーの頃から、おかんと買い物行ってたんよ」

「わたしも、そこは小さい頃からよく行ってる」

 さくらが笑う。

「ひょっとしたら、高校で出会う前に、店内のどこかですれ違ってたかもしれないね」

「それは運命感じるわ〜」

 陽菜が大げさに手を合わせる。

 私は思い出して言う。

「私もよく行ってたよ。陽菜ちゃん、映画館の方には行ったことある?」

「あるある。アニメ映画とか、よう観に行ってた」

「私も毎年同じところで観てたから、同じ上映回でいっしょだったかも」

「それも運命を感じるわ〜」

 みんなが笑う。


別府のあたりは加古川市の東の方。映画館がある東加古川も地名の通り。

明石の西に住む陽菜にとっては、明石の大型ショッピングセンターと同じか

それ以上に馴染みある場所らしい。

「買い物は二見のヨーカドーに一番よう行ってたけど、加古川方面行くことも多かったよ。加古川って、言うほど“よその街”ちゃうよ」

陽菜がそう伝えた時、私は少し嬉しくなった。

境界線みたいに思っていた市の名前が、急に曖昧になる。



日曜日、私たちは最寄り駅の尾上の松駅で待ち合わせた。


四人の家はそれぞれ離れている。

自転車で集まるには、少し遠い。

だから今日は、それぞれ電車に乗って駅に集まり、

そこから歩いて鶴林寺へ向かうことにした。


改札前で顔を合わせたとき、

なぜかちょっとした遠足のような気分になる。


駅から歩き出すと、やがて車通りの多い明姫幹線に出た。

信号待ちをしていた私たちの視界の先に、こんもりとした背の高い木々が見えてくる。

「あれちゃう?」

陽菜が指をさす。

街のざわめきの中に、

そこだけ少し時間の流れが違うような緑。

信号が青に変わると、私たちは足並みをそろえて、その方向へ歩いていった。


道路脇に立つ、山門への案内標識。

控えめな矢印が、奥へと続く道を示している。


その先に、こんもりと広がる深い緑――

そこが鶴林寺だった。


明姫幹線のにぎやかな音が、少しずつ遠ざかる。

一歩、また一歩と進むたび、空気がやわらいでいく。


「ほんまに、急に静かになるな」

 陽菜が小声で言う。

さっきまでの車の音が嘘みたいに、

葉の揺れる気配だけが耳に残った。


「わあ、すごい……」

 境内に入ると、静謐な空気が流れていた。国宝の本堂は、歴史を感じさせる重厚な佇まいだ。

「ここでやるんやろ、清流戦の決勝」

 陽菜が本堂を見上げながら言う。

 鶴林寺は、加古川青流戦の決勝が行われる舞台として知られている。

 若手棋士が激突する一局は、毎年ネットでも配信されるのだと理沙が教えてくれた。

「わたしのお父さんが、前にネット配信で観てたのを、横からちょっとだけ見たことある」

 さくらが思い出したように言う。

「へえ、さくらのお父さん将棋好きなん?」

「好きみたい。駒の音がええんやってって言ってた」

 静かな境内に、風が通る。

 本堂の奥で、盤を挟んで向き合う姿を、私はそっと想像した。

「うちらの中でいつか、ここで指す人、出るかもな」

 陽菜が冗談めかして言う。

「プロやん、それ」

 さくらが笑う。

「でも、プロ棋士として戦っている人も、きっと最初は“楽しい”から始めたのでしょうね」

 理沙は、誰にともなくそう呟いた。

 その声はやわらかいけれど、

 どこか、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。


         ※


「ここ、聖徳太子が開いたお寺なんだって」

 さくらがパンフレットを読み上げる。樹齢何百年という木々に囲まれた境内を、ゆっくりと歩いた。

「なんか、将棋盤みたい」

 陽菜がふと呟いた。

「え?」

「ほら、お寺の建物の配置。左右対称で、バランスが取れてる感じ」

 言われてみれば、確かに。本堂を中心に、左右に太子堂や鐘楼が配置されている。

「将棋も、最初は左右対称に駒を並べるもんね」

 私が呟く。

「でも、対局が進むと、バラバラになっていく。お寺はずっとこの形を保ってるんだね」

 理沙の言葉に、みんなが静かに頷いた。



 本堂でお参りをして、四人で並んで手を合わせた。それぞれが何を願ったのか、聞かなくても、きっと同じようなことを思っているんだろうと感じた。

 境内の茶店で休憩していると、年配のご夫婦が将棋を指していた。

「あ、将棋だ」

 さくらが小声で言った。二人は静かに駒を動かし、時々笑顔で話している。長年連れ添った夫婦の、穏やかな時間だった。

「ああやって、歳を重ねても将棋を楽しめるっていいね」

 陽菜が言った。

「うん。私たちも、おばあちゃんになっても一緒に将棋指してたりして」

 私の言葉に、みんなが笑った。



 鶴林寺からの帰り道、四人で話した。

「将棋って、勝ち負けじゃなくて、こうやって時間を共有するのが楽しいのかもね」

 理沙の言葉が、梅雨空の下に響いた。

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