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契約

「こんな場所に人の子がいるとはなぁ」

場所は深い森の中。この世の者とは思えない頭に包帯をぐるぐると巻き、黒い姿に羽の生えた不気味な異形が人の赤子を覗き込んでいる。

「それにしてもお前、とてつもなく醜いなぁ、人の赤子とは思えない」

その赤子は肌が黒くて顔は片目が潰れていた。もう片方の目は赤く光っている。

「こんな子が産まれたらそりゃ捨てるにきまってるよなぁ。そうだ、お前で遊んでやろう」

異形は赤子を抱いて村の方へ飛び立った。


空から村の中でも一番の老夫婦を見つけ出した。

その老夫婦は子宝に恵まれずにいた。

異形はその老夫婦の家の目の前に赤子を置いて戸を叩き、自分はすぐに影に隠れた。

戸が開き、老夫婦は醜い赤子を見て驚いた。だが決して別の所へ捨てようなどしなかった。2人は子を抱き上げ、家の中へ戻った。育てることにしたようだ。

異形はニヤニヤとその光景を眺めた。

「老夫婦は目が良くない。子が大きくなったとき、夫婦の目を良くして子の醜い姿を見せたらどうなるかな」

異形は悪魔であった。自分が楽しむためだけの道具として赤子を使った。


───時は経ち、あの醜い赤子は10才になっていた。周りから化け物扱いを受け、赤い瞳も人間ではないと恐れられていた。

「母さん、父さん、僕って人間じゃないのかな」

「そんなわけないさ。こんなに良く言うことを聞いて、優しい子が化け物だなんてあるわけないだろう」

「そうよ、大丈夫。私たちが守ってあげるからね」

醜い子を育てる老夫婦は他の村人から避けられていた。だがそれでも子に心配をかけぬように明るく振舞っている。

子はいつも人が少ない夕焼け空の時間帯に外へ出て1人で遊んだり、老夫婦の手伝いをして過ごしていた。

平和な日常をいつぞやの悪魔が天井裏に現れ、眺めている。

「そろそろいいだろう。老夫婦の目を回復させてやろう」

悪魔は人差し指を向けてくるくると手首を回して魔法をかけた。

「あ、え…?」

「目が…はっきり見える…?」

老夫婦は視力が回復し、お互いの顔を見合わせた。

「きっと神様がしてくれたんじゃ!これで子供の顔を見ることができるぞ!」

困惑しながらも喜んでいる二人の元に畑の野菜を収穫していた子が家に戻ってきた。

「ただいまー!」

二人は出迎えようと玄関へ向かうと、そこには黒い肌で、顔は片目が潰れ、もう片方は赤い瞳。野菜を持った人物が目に映った。

「この泥棒!!!」

婆さんは子の頬を叩いた。

「え?」

子は叩かれたことに気づくのに時間がかかった。

そして、泥棒というその言葉を理解できずにいた。

「母さん…?」

「この悪魔め!わしらを騙してたんだな!」

次に爺さんは罵声を浴びせ、物を子に向かって投げた。

「いたいよ、父さん!」

「お前はわしらの子じゃない!忌々しい悪魔め!」

子は泣き泣き家から出ていく。辺りは薄暗くなり始めている。転びそうになりながら森の中へ走る。ただひたすら、走って走って、誰もいない場所へ。悪魔は子を追いかけている。やがて子は足を止めた。

「うっ…うっ…」

子は手に持ったカゴの中のトマトを手に取った。

老夫婦と大事に育てたトマト。齧り付つくと口の中でぷちぷちとトマトの味が溢れ出てくる。それと同じぐらい子は大粒の涙を溢れさせた。

「やぁやぁ人の子よ」

「…?だ、れ?」

悪魔は木の影から姿を現した。

「俺はお前を救いにきたんだ。力を与える存在さ」

「ちから…?」

「そうさ、お前がこれから生きていけるように俺が力を与えてやろうと思ってな」

「知らない人が力を貸すだって?怪しいよ」

「ったく、そんな警戒するなよ。今の様子見てたんだよ、可哀想だと思ったから救ってやろうって思ってきたのにな」

悪魔と少年が会話していると、遠くから松明を持った人間たちが走ってくる。老夫婦が村人たちに悪魔が出たと知らせたに違いない。悪魔は少年の影に隠れた。

「いたぞ!忌々しい子供め!」

村人は少年を見つけるなり蹴り飛ばした。

「あがっ…!」

少年は痛みに悶えた。そんな様子を見ても村人は容赦なく攻撃を続ける。

「ほら、お前みたいなチビ助には何もできない。だから俺が救ってやるって言ってるんだ。いいのか?死ぬぞ?」

悪魔は少年にそう言う。村人たちに悪魔の声は聞こえていないようで、村人はずっと少年を痛めつけている。

「やっぱりお前はバケモノだったんだな!老夫婦を騙して養ってもらうだなんて、なんてガキだ!苦しんで死ぬがいい!」


「ほら、少年。早くしないと死ぬぞ?俺と契約すればお前は力を手にすることができる。こんなやつらすぐに倒せるんだ。お前は容姿が他と違うという理由だというだけでバケモノ扱いされて殺されるんだ。それでいいのか?」

少年は薄れる意識の中で悪魔の言葉にカッとなった。

「いや…だ…」

小さな体からか細い声がする。村人は気にとめない。

「嫌か。なら力を貸そうか?」

「たすけ…て…」

「やっと素直になったか。代償を受け入れる覚悟はできてるか?」

少年は地面に這いつくばったまま紅い瞳を悪魔へ向けた。

「そう、できてるならいい。今からお前はどんな自分にでもなれる。神にだって悪魔にだってなれる。この力をどう使うかはお前次第だ」

悪魔は少年の影からそっと指を出して、少年が傷ついて出てきた血に触れた。

その瞬間、少年は不思議な感覚に陥った。自分が今ならなんでもできそうな気がしてきた。

ボロボロになった小さな体を起こす。

「悪魔のガキめ」

「みんな囲め!」

村人たちが少年に向けて刃物を向けながら周りを囲った。


「お前に与えた力は自分の姿を見た事があるモノに変える力だ。想像しろ。お前は何になる」

悪魔が使い方を教え、少年は目を閉じた。

村人の1人が少年へ襲いかかる。

ナイフが体に刺さりそうになった瞬間────。


少年は飛んでいた。身体が軽い。すごい速度で飛び回り、村人たちを爪で引っ掻き回した。


人だったはずの少年は、鷲となっていた。


村人たちが持っている松明が次々と手から落ち、近くの木に燃え移り人々はパニックに陥った。

その隙に鷲になった少年は空高く夜空を飛び去った。






ぼろぼろで誰も使ってなさそうな小屋を見つけて鷲はそこに降りた。鷲の身体が徐々に変化していき人間の姿に戻った。

「あそこで皆殺しにしなくてよかったのか?」

「そこまではできないかな、なんだかんだ今まで住まわせてもらっていた土地の人間だし。この力は自分を守るために使いたい」

「ほーん」

悪魔は少々つまらないといった様子だ。

「力を貸してくれてありがとう。ところで名前は?」

「俺の名はルディモルタ。さて、俺はまたどっか行くよ。ここから少し離れたところに小さな町がある。食いもん盗むなり物乞いするなりしてせいぜい生き延びるんだな。じゃあな」

悪魔は少年の影からぬるりと出て一瞬にして消えた。

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