手紙
数日後。
今日も今日とてクローディア達三人は、ベラにあてがわれた部屋に集まり、帰国の手立てを考えていた。
それぞれがソファに腰掛け、リラックスした様子ではあるが、頭だけは忙しく思考を重ねている。
かと思いきや――。
「ストロガノフ王国での日々が快適すぎて、このままダメになってしまいそうですわぁ」
アビゲイルが言う通り、他国の王宮だと意識しなければ、実家よりも気楽な生活を送っていると言えた。
時折尋ねてくれるイヴァンやオリガへの対応をのぞけば基本的にやることはなく、食事も日々の生活も保証されていて、快適な部屋まで用意されている。目的もない缶詰生活があるとしたら、こんな状況なのだろう。あるいは文字通りの軟禁か。
気を張っていないと、帰国という目的も見失ってしまいそうであった。
「負けてはいけません。なんとか帰国への手がかりを見つけないと」
ベラの言葉に、クローディアは何回も議論している前提条件を口にする。
「やはり、そもそもイヴァン様に帰国を禁じられているのが問題なのですわ」
「そうですわねぇ。まずストロガノフ王国内で帰国を許可されない状況では――無許可で脱走するくらいしか手がありませんわぁ」
その案も、何回も却下されているものであった。
「徒歩の旅ですか? 風魔法の馬車を強奪します? いっそのことアビゲイル様の風魔法で飛んでいきます?」
「最後のは無理すぎますわぁ。魔力も技術も不足しておりますわぁ」
ベラの反論も、アビゲイルの反応も、勢いのないものだった。
「旅はわたくし達には無理ですし、風魔法の馬車を盗ませてくれるような当てはありませんわ」
クローディアは、どちらの案も不採用とした。
「となれば、やはりなんとかイヴァン様に許していただくしかないのですが」
「例の外交的理由を崩すような論理は構築できないのですわぁ」
「諦めてはいけませんわ。そこをなんとかですわ」
三人は、はぁ、とため息をついた。
と、そこで、部屋の扉がノックされた。
「あ、はい。どうぞ」
ベラが応えると、エレーナが入って来た。
「クローディア様、こちらですよね? ――なにやらこの部屋、空気が淀んでいませんか?」
エレーナは何かの気配を察知したのか、少しだけ眉をひそめて見せた。
「窓を開けさせていただきますね。換気換気」
パタパタと窓を開けて回るエレーナ。わずかに気流を感じ、空気が入れ替わって、確かに少しリフレッシュできた気がした。
「エレーナさんも、女子会に入ります?」
クローディア発案の作戦会議だったはずなのに、自分自身で女子会と呼んでしまっていた。
そんなクローディアの言葉に、エレーナは苦笑した。
「こんな淀んだ空気の中で、女子会だったんですか? 私は、見ての通り仕事中なので、参加はできませんが」
それから思い出したようにエレーナは、一通の手紙を取り出した。
「クローディア様に、マノン王国から速達が届いておりますよ」
その言葉に、きゅぴーんと目を輝かせて、クローディアは手紙に飛びついた。
「ありがとうございます! これを待っていたのですわ!」
クローディアは、先程までの溶けたような状態から、一気にいつもの令嬢に戻っていた。
早速開封しようとして――。
「あの、検閲がされていないようですが」
手紙が未開封であることに驚き、念の為クローディアは確認した。
「賓客の手紙を検閲なんて――しなくもないのですが、クローディア様達のものは通して良いと、イヴァン様が」
「それは……感謝を伝えないとですわね」
部屋を出ていくエレーナを見送って、クローディアは気を取り直して手紙を開封した。
「聞くまでもなく、ニコラウス殿下からですわね?」
アビゲイルの言葉に、クローディアは頷いた。
実は、ストロガノフ王国での身の振り方が決まって早々に、クローディアはニコラウスに事情を説明する手紙を送っていたのだ。
もちろん、三人の実家であるデピス家、ベグネ家、クベルドン家にも、状況と心配ない旨を知らせてある。
各家から返信があるにせよ、それは急ぎではないだろう。
速達で送り返してくる心当たりは、ニコラウスだけであった。
「ええ。ニコラからですわ」
文面に目を通しながら、クローディアは報告する。
「まずは、ストロガノフ王国での扱いに安心した旨が書かれていますわ。わたくしからの連絡が数日遅ければ、ニコラ自らストロガノフ王国に捜索に行くつもりだった、と。いずれイヴァン様にもお礼を伝えたい、と書いてありますわ」
クローディアの言葉は続く。
「それから、帰国を禁止されている現状への憂慮ですわね。ストロガノフ王国で生贄など不要とされていることを根拠に、ニコラから神殿や国王陛下に働きかけているそうですが――神託が覆る気配はなさそうですわ」
クローディアは、ここで一度、手紙から顔を上げた。
「帰国への障害は、変わらず二つですわね。ストロガノフ王国による帰国禁止と、マノン王国による生贄の神託。この二つをどうにかしないと、帰国はかないそうにありませんわ」
状況を整理して、クローディアは再び手紙に目を落とした。
「これは――!」
「どうされたのですか?」
「何が書いてあったんです?」
驚いて声を上げるクローディアに、アビゲイルとベラが先を急かした。
「生贄の神託が、神官長コンスタンティンの虚偽の可能性がわずかにある、と」
「えっ?」
「――なんですって?」
これまでの議論の前提がくつがえるような事実に――今はまだわずかな可能性だろうが――ベラもアビゲイルも驚きの声を上げてしまう。
「マノン王国家とデピス上爵家の婚姻による関係強化を阻止し、国力を下げ、相対的に神殿勢力の強化を狙っている――可能性がある、と」
「確かに、ありそうですわぁ」
「神託が怪しいとなれば、そういう狙いがありそうです」
クローディアは先を続けた。
「しかし、証拠はない」
「ですわよねぇ」
「証拠まで出ているなら苦労しませんよね」
クローディアが読み進めた内容に、アビゲイルとベラは脱力した。
「もし、本当に虚偽であるなら、到底許すことはできない、と。ニコラらしい感想が書いてありますわ」
クローディアはそう続けた。
「殿下のそういう正義感が強いところが好きなんですよねぇ?」
「そうなのですわ――って、もう少し真面目モードでいさせて下さい」
脱線しそうになるアビゲイルに、クローディアは軌道修正をかけた。
「引き続き調査を進める。わたくし達からも、何か進展があれば連絡するように、と」
ほっ、とクローディアは息をついた。
「最後に――いえ、これは私信でしたわ。手紙は以上ですわ」
ニコラウスからの手紙の最後は、『新しい婚約者は不要、クローディアの帰国に尽力する』という言葉で締めくくられていた。
クローディアは、その最後の一文を、自分の中に留めた。
「なんですか? なんだか怪しいですわぁ」
「殿下はどんな愛の言葉を書いて下さったんです?」
アビゲイルだけでなく、ベラまで追求してくる。
「べ、別に普通ですわ」
少し頬を赤くするクローディアに、アビゲイルとベラは笑みを深くする。
「愛の言葉であることは、否定しないのですね」
「きゅんきゅんしちゃいますわぁ」
少し油断するとすぐ女子会モードに入ってしまう三人は、特に恋愛話は大好物である。
「ニコラウス殿下は、クローディア様といる時は完全に恋人モードですから。ともすると堅物な殿下が、婚約者だけにはメロメロなのが、ギャップがあってたまりませんわぁ」
「クローディア様も、いつもは落ち着いたご令嬢といった風なのに、婚約者の前にいる時だけは恋する乙女になっちゃっていますよね。分かる人にしか分からない、この違いが素敵すぎます」
アビゲイルとベラは、それぞれ勝手に盛り上がっていた。
「そ、そう言うものですか?」
若干引いたテンションでそう言うクローディアに。
「そうなのですわぁ」
「間違いないです」
二人は断言したのだった。
「ともかく。もう少しだけ、真面目な話をさせて下さいませ」
クローディアは、振り払うように話題を戻した。
「もし神託が虚偽であるなら――その証拠がつかめるのなら――イヴァン様も帰国を許して下さるはずですわ。外交的理由における片方の正当性がなくなるのですから」
クローディアの言葉に、アビゲイルとベラは頷いた。
「確かにそうですわぁ。生贄の神託が嘘なら、ストロガノフ王国側の送り返したいという意思を通しても問題ない訳ですから」
「これ、マノン王国側の問題も、一気に解決しちゃいますよ。ストロガノフ王国に送り出した理由がなくなっちゃうんですから」
「とすると必要なことは――」
クローディアは、要点を口にした。
「神託が虚偽である、という証拠をつかむこと」
そう、それがポイントとなる。
「でも、どうやってですの?」
アビゲイルの言葉に、クローディアは眉をよせてしまう。
「それは――」
答えは、そう簡単に出てこなかった。
「虚偽だと証言してくれる人を探す、とか」
苦し紛れの案は、実現性の低いものに感じられた。
「虚偽だと分かるのは神殿で働いている方でしょうが、そんな方が証言してくれるとは思えませんわぁ」
アビゲイルが、その案の穴を指摘した。
「そうですわ!」
そこで、クローディアがぽんと手を打った。
「ベラの時魔法で、神託の瞬間を――過去の様子を投影できたりしませんの?」
「それ、私も考えていました。おそらく可能です――けど、その場に神託を聞いていたはずの神官長がいないと難易度がかなり上がります。手当たり次第に時間と場所を巻き戻して探さないといけないので、無限に時間が必要になると思います」
ベラの応えには、良い事実と悪い事実が混ざっていた。
時魔法で、証拠を得られるというのが良い事実。その場に神官長がいないと難しいというのが悪い事実だ。
「つまり、証拠をつかむために、神官長に会う必要があって、そのために帰国しなくてはいけなくて、それには証拠が必要で――あら、話がぐるぐるですわぁ」
アビゲイルがまとめた通り、必要な条件がループしてしまっているのだ。
「これは、一歩進んで一歩下がってしまいましたわね」
クローディアは、ふぅ、とため息をついた。
「ひとまず、ここで話し合ったことを、ニコラには手紙で共有しておきましょう」
クローディアは、いそいそと封筒などを用意し始めた。
「クローディア様は、どんな愛の言葉を書くのですかぁ?」
「べ、別に普通ですわ」
アビゲイルの言葉に、少し頬を赤くしてクローディアが応えた。
「書くんですね。愛の言葉」
「うっ……。それはまあ」
ベラの鋭いツッコミに、クローディアはとうとう認めてしまう。
「クローディア様、こういうところが可愛らしいんですわぁ」
アビゲイルは、満面の笑みでそう断言した。
「もう。――そう言えば、自分はどうなんですの? アビーにも良い話の二つや三つあっても不思議はありませんわ」
クローディアは、反撃してやろうと矛先をアビゲイルへと向けた。
「悪役令嬢の取り巻きその1ですので、学園ではそういう話とは無縁でしたわぁ」
「学園では、ということは、家の関係では引く手あまたですか?」
ベラもクローディアに加勢するようだ。
「なくはない、ようですわぁ。でも、今は生贄の付き人をやっているので、全ての話がなかったことに」
クローディアは、衝撃の事実に愕然となった。
「そんなことになっていたなんて。全てわたくしのせいですわ。アビー、わたくし、なんと言って良いのか……」
謝れば良いのか、励ませば良いのか、クローディアはあわあわと言葉を探した。
「冗談ですわぁ」
「えっ?」
そこで、アビゲイルは珍しく人の悪そうな笑顔を見せた。
「家の関係でのお話は、政略結婚の色合いが強いので、そう簡単になくなったりしませんわぁ。中爵令嬢には中爵令嬢なりの世渡りがありますので、ご心配なくですわぁ」
アビゲイルはそう言って、話を切り上げてしまった。自分の恋愛話では、なかなか隙を見せないようだった。
「では、ベラはどうですの? ベラにも良い話の二つや三つあってもおかしくありませんわ」
クローディアのその言葉を受けて。
「私は、悪役令嬢の取り巻きその2ですので。学園ではそういう話とは無縁です」
ベラはどこかで聞いたような答えを返した。
「では、家の関係で何かあるのですね?」
アビゲイルの一言に。
「なくはない、のですが。今は生贄の付き人をしていますので、全ての話はなかったこと――」
「そのやりとりは先程もやりましたわ! もう、ベラまでなんて人の悪い」
クローディアは、ベラの言葉を最後まで聞かずに遮った。
「冗談です」
にっこりと、ベラも笑ってみせた。
「分かりました。合コンですわ! 合コンをいたしましょう!」
クローディアは、とうとうあらぬことを言い出した。
「取り巻きだからご縁がないとか、生贄の付き人だから全て破談とか、もう言わせませんわ。帰国したあかつきには、ニコラお勧めの超優良物件をとりそろえて、二人に素敵な出会いをプレゼントいたしますわ!」
「最高ですわぁ」
「一生ついていきますぅ」
クローディアの宣言に、アビゲイルもベラも盛り上がって声を上げた。
「――なにやら盛り上がっていますね」
突然かけられたその言葉に。
三人は飛び上がるようにして驚いた。
「え、エレーナさん」
クローディアの言葉通り、顔をのぞかせたのは侍女長のエレーナだった。
「失礼しました。ノックしても反応がなかったもので――というか、室内の大騒ぎで聞こえてないようでしたので、開けてしまいました」
エレーナの釈明に、クローディアは恥ずかしそうにうつむいた。
「それはお恥ずかしいところを――」
そう言いかけるクローディアを、エレーナが遮った。
「今、合コン合コンと盛り上がっていたようですが。やるのですか、合コン」
エレーナの目つきはいつになく真剣であった。
「やりますわぁ」
「優良物件よりどりみどりです」
クローディアの否定の前に、アビゲイルとベラの肯定が伝えられてしまった。
「そのお話、ぜひ私もご一緒に」
そう言って、頭を下げるエレーナ。
「マノン王国の心当たりでよろしければ――。って、アレクセイさんとは、そういう関係ではないのです?」
クローディアのその言葉に、エレーナは一旦驚き、それから心底嫌そうな顔をしてみせた。
「彼は、仕事柄よく一緒にはいますが、ただの同僚です。確かに、皆さんの前では一緒にいる姿を見せていますが、それはたまたまです」
エレーナは続けた。
「それに嫌ですよ。あんな冷血執事。何があっても顔色一つ変えないんですから」
(まあ、だからこそ? 先日の笑顔はなかなか意外に悪くなかったんだけど?)
そんなエレーナの声に出さない胸中を、何らかの手段で察したのか――。
「エレーナさん。あなたは嘘をついていますわぁ」
「ぎくっ」
鋭く指摘したアビゲイルに、エレーナは思わず声を上げていた。
「心当たりがある方は、合コンに参加できません」
ベラも意地悪くそう言った。
「いや、本当に私は別に――」
「――なにやら盛り上がっていますね」
突然かけられたその言葉に。
四人は飛び上がるようにして驚いた。
「あ、アレクセイさん」
クローディアの言葉通り、顔をのぞかせたのは執事のアレクセイだった。
「失礼。扉を開けたまま話し込んでいるようでしたので、声をかけさせていただきました」
アレクセイの釈明に、クローディアは恥ずかしそうにうつむいた。
「それはお恥ずかしいところを――」
そう言いかけるクローディアを、アレクセイが遮った。
「昼食の準備ができています」
そして、エレーナに視線を向ける。
「と、声をかけにいったはずですが、一緒になって盛り上がってどうするのですか?」
「も、申し訳ありませんでした。つい」
指摘されているからなのか、アレクセイだからなのか、頬を赤くしながらエレーナは頭を下げた。
そうして、盛り上がっていた話題は――昼食のため、次の機会へのお預けとなったのだった。




