評価
「この機会に、しっかりとお伝えしたいことがありますわ」
そう切り出したクローディアに、イヴァンは改めて背筋を伸ばした。
「なんでしょう?」
先を促すイヴァンに――。
「イヴァン様は素晴らしい方ですわ」
クローディアは、そう断言した。
「先程も言いましたが、わたくし達の扱いに関する采配は、寛大で慈悲深いものでしたわ」
クローディアは続ける。
「アビーが魔法を暴走させた時も、最適な魔法を選択し、遅れることなく正確に発動させていましたわ。それだけでなく、落ち込むアビーに気にしないようにとフォローもしていただきましたわ」
クローディアの言葉は、さらに続いた。
「オリガ様への対応もそうですわ。怒りに任せることなく整然と状況を伝え、彼女が頭を下げれば、一緒に謝罪して頭を下げることもできる」
クローディアは、大切な秘密を打ち明けるように、笑顔を見せた。
「どれも、簡単にできることでわありませんわ。国王としても、魔法使いとしても、イヴァン様個人としても、立場も年齢も関係なく――とても素敵ですわ」
イヴァンはそのクローディアの言葉に、驚いて目を見開いた。
「わたくしがそう感じたということを、どうしても知っておいて欲しかったのですわ」
そんなことを。
そう、そんなことをきちんと伝えてくれる人に、これまで会ったことがなかった。
イヴァンの周囲にいた人達は、その若さを理由に褒めるか、逆に貶すかだった。あるいはその立場を理由に心のこもらない評価をするだけだった。
オリガだけは例外かもしれないが、彼女は正面から婚約者を褒めるようなことはしない性格だ。
それなのに、この人は。
立場も若さも関係なく、評価し褒めてくれるというのか。
イヴァンは、目の前で光が弾けたかのように感じた。
「そんなことは――。いえ、確かに伝わりました。ありがとう」
「――あら? もしかしてわたくし、またやってしまいましたの? お姉さん病の発作ですの?」
何やら恥ずかしげにわたわたとしたクローディアだったが、なんとか落ち着きを取り戻したようだった。
「今日は、これで休ませていただきますわね。イヴァン様、おやすみなさいませ」
そう言葉を残し、クローディアは執務室を辞していった。
残されたイヴァンは、ちゃんと挨拶を返せたかどうか分からない程に、ぼんやりとしてしまった。そんな頭で、イヴァンはクローディアの言葉を思い返していた。
◆ ◆ ◆
イヴァンが提案したお茶の席は、翌々日には実現していた。
会場として、せっかくの晴天を活かすようにと、日光を取り入れられるサンルームが選ばれていた。
先に席についていたクローディア達三人は、少し遅れてアレクセイに案内されてきたオリガを迎え入れた。
「オリガ様。ようこそいらっしゃいました」
「クローディア。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
よそ行きな挨拶をかわして、二人は笑いあった。
「お迎えしておいて恐縮ですが、今日のお茶の会は、イヴァン様の発案なのですわ」
「あのイヴァンが? 珍しく良いことを思いついたのね。本人はいないようだけど……?」
オリガは用意されたテーブルを見て、そう言った。
その周りには、アビゲイルとベラが、オリガを迎えるために立ち上がっているだけで、イヴァンの姿はなかった。
用意されたテーブルには、一人分の空席があった。
「イヴァン様は、まだお仕事中だそうですわ。途中から合流すると伝言がありましたわ」
「そうなのね。主催者が遅刻とは、偉そうなことするじゃないの」
ふん、と鼻息を荒くしたオリガだったが。
「それはもう、国王様ですから」
というクローディアの言葉に笑ってしまっていた。
「どうぞ、おかけになって下さいませ」
クローディアが勧めると、すかさずエレーナが椅子を押して、オリガは席についた。
クローディア達も、それぞれの侍女にサポートされながら席に付いた。
「オリガ様。その朱色のドレス、とても決まっていますわぁ。髪色との相性もあって、赤系統が似合うのですわねぇ」
「ありがとう。あなた達も、青、橙、紫が持ち色なのね。確か、初対面の時もそうじゃなかった?」
アビゲイルの褒め言葉に、オリガはそう返した。
「はい。三人でいることが多いので、それぞれの好みもありますし、自然に担当色が別れて行ったのです」
「私もそうよ。イヴァンが黒と金だから、赤とか、そうでなければ白によせた色が多いかしら」
ベラが応えると、オリガも気楽に同意した。
彼女達が雑談を始めると、侍女達が紅茶やお菓子を用意し始めた。すぐに良い香りが鼻をくすぐり始める。
「イヴァンがいないなら、私が代理ね。難しい挨拶は省略して――いただきましょう」
そうして、令嬢四人によるお茶会がはじまった。
最初こそ、食器の立てる音もなく上品に振る舞っていた彼女達だったが、やがて打ち解けてくると雰囲気は談笑に近いものになって行った。
「イヴァン様とオリガ様のご結婚の予定は、どうなっていらっしゃいますの?」
「あ、それわたくしも聞きたいと思っていましたわぁ」
クローディアの少し踏み込んだ質問に、アビゲイルも賛同した。
「ほとんど決まっているわ。二年後に儀式と披露宴の予定。先代国王の喪が明けるのに五年必要っていうのが、待たされている理由ね。私としては、気楽な時期が長引くので歓迎しているわ」
オリガは、決まっている事実と感想を淡々と口にした。
「クローディアは? マノン王国は、即位前に結婚して良かったわよね?」
「その通りですわ。ニコラウスもわたくしも、学生の身分ではなくなったので、具体的な調整に入る時期なのですが――」
オリガの質問返しに、クローディアは応えながら表情を暗くしてしまう。
「肝心のクローディア様が、ストロガノフ王国への生贄にされてしまったので」
ベラが、言いにくそうにするクローディアの代わりにそう説明した。
「そっか、そんな話だったわね。なんなのよ、その生贄っていうのは?」
クローディア達も、そもそも神託とは何かを明確に語れないのだ。古い時代には重要な決定には神託に伺いを立てていたらしいが、近年は神託が降りてくるのに任せているらしい。神殿の内部は秘密が多く、らしいらしいとしか伝えられない。
分かっていることと言えば――。
「神官長のコンスタンティン=セアダス様が、『デピス上爵家の令嬢、クローディア=デピスを、魔王国の国王イヴァン=ストロガノフへの生贄とするべし』という神託があったと、国王様に報告したとしか」
クローディアの説明に、オリガは不機嫌な表情を作った。
「何よそれ! イヴァンが、クローディアを頭からバリバリと食べるっていうの!?」
その言葉がイヴァンのものと全く一緒だったので、クローディアは一人笑ってしまった。
「な、なによ。そんなにおかしかった?」
毒気を抜かれてしまったオリガが説明を求める。
「ちょっと説明が難しいのですわ。思い出し笑いだと、大目に見てくださいませ」
クローディアは、目に涙をためながらそう言った。
「おっしゃる通りで、生贄と言われて連想できるひどい状況なんて、いくらでもありますわぁ」
「そうよね。まあ、私も、新しい婚約者でも送りつけられたのかと思っちゃった訳だし」
アビゲイルの言葉に、少し恥ずかしそうにしながらオリガは同意した。
「でも、そんなクローディアに、自分の意思で付いてきた訳でしょ? アビゲイルもベラも、相当な物好きよね」
当然といえば当然のオリガの言葉に。
「友情ですわぁ」
「愛ですね」
アビゲイルとベラは、それぞれが白々しい一言でまとめて見せた。
本当は、彼女達なりに心に秘めた、熱くも恥ずかしい想いがあるのだろうが、それはそっと心に秘めておくのである。
「わたくしとしては、なんとかマノン王国に帰国したいと思っています。ニコラのもとに、帰りたいのですわ」
クローディアは自分の思いを発言した。
「そっか。今は、外交的判断で足止めされているんだっけ?」
「その通りですわ。その理由自体は理解できるものです。ですから、今は、帰国に向けてどんな努力をすれば良いのか、全く分からない状況なのですわ」
オリガは、クローディアの言葉に頷いた。
「クローディアの気持ちは、頭に留めておくわ。何かできることがあれば協力する」
「ありがとうございます」
オリガは協力を表明し、クローディアは頭を下げた。
「ねえ、話は変わるけど――」
気持ちを切り替えて、オリガがそう切り出したところで――。
遅れていたイヴァンが、ようやく合流した。
「遅れてすみません。オリガも無事に合流できていますね。クローディア達も、お待たせしました」
そう言いなが席に付くイヴァン。
当然、後ろからアレクセイが椅子を押していた。
「遅いわよ」
「ええ。最優先ではないものの、少し交渉が必要な案件を片付けていました」
そう言ったイヴァンは、先日着ていた黒と金の式服姿ではなく、彼の背丈に合わせて設えられた黒のスーツ姿だった。
「なんとか無事に完了しましたので、一安心です」
仕事の内容には一切触れず、イヴァンは結論だけを報告した。
それから、彼にしては珍しく、首元の臙脂色のネクタイを緩めた。
「――っ」
それを見て、オリガが息をのんだ。
「どうしました?」
婚約者のちょっとした変化を見逃さず、イヴァンは声をかけた。
「ななな、なんでもないわ! 気にしないで!」
イヴァンは不思議そうに首をかしげるだけだったが、クローディア達にはばっちり理解できていた。
「仕事がオフになる瞬間ですわね。スーツ姿がまた」
「普段、隙を見せない殿方だと、なおさらですわぁ」
「分かります。私も、ちょっとぐっときちゃいました」
小声で伝えてくる三人に、オリガは顔を赤くする。
「べべべ、別にそういうのじゃないんだから!」
「わたくしは、上着を脱いだシャツ姿から、筋肉質なところが分かるのが良いと思いますわ」
「わたくしは、腕の血管が浮き出ているところがどきっとしますわぁ」
「私は、メガネをくいっと直す動作が」
小声ではあるものの、好き勝手言い始めた令嬢達に、イヴァンはついていけていない。
「一体、何の話です?」
「分からないなら、それで良いの! それが良いの!」
オリガは慌てているせいか、自分の好みを本人に伝えてしまっている。
「? では、それはともかく。私が来た時、オリガは何か言いかけていませんでしたか?」
イヴァンの言葉に、きょとんとしたオリガは。
「忘れちゃったわよ。イヴァンのせいだからね」
唇をとがらせて見せたのだった。
「あらあら、仲が良いところを見せつけて、うらやましいですわ」
「もう。クローディアの意地悪」
すっかりいじらてしまっているオリガがさすがに可哀想になり、クローディアは話題をイヴァンに向けることにした。
「イヴァン様は、よくオリガ様とお茶の会などなさいますの?」
クローディアのその問いに。
「いえ、お恥ずかしながら、これまではほとんどありませんでした。私が忙しさを理由にしてしまっていたのです。本当は、もう少し一緒の時間があれば良いと思うのですが」
「なによ。そんな風に思ってくれてたの?」
オリガは、嬉しいような恥ずかしいような、複雑な表情を浮かべた。
「ええ。大切な婚約者ですから」
「……あなた、ほんとにイヴァン? なんかちょっと、いつもと違うわよ」
「? そうですか? 何も変わっていないつもりなのですが」
オリガの言葉に、イヴァンは自分では全く分からないといった調子だ。
「お二人は、いかにも幼馴染といった感じですわね。やはりこどもの頃からの?」
クローディアの質問に、イヴァンは頷いた。
「親の決めた許嫁ですが、小さい頃から交流はありました。いつもオリガに引っ張られて遊ぶような、そんな幼少時代でした」
「それでオリガさんの方が、お姉さんな雰囲気なのですわね」
クローディアはそう言って微笑んだ。
「まあね。イヴァンは私がいないとダメなんだから」
オリガのそんな言葉にも、イヴァンは余裕を持って頷く。
「ええ。末永く頼りにしたいと思っています」
イヴァンの反応に、ついにオリガは心配そうな表情を浮かべてしまった。
「イヴァン、どこか調子悪い? いつもなら、『そうです私はダメなんです』くらい言いそうなのに。お仕事大変なの?」
「いえ、特筆して大変では。いつも通りですし、なんならここ一年ほどは慣れてきたのもあって、楽に感じることもあるくらいです」
イヴァンは気軽な様子で答えると、紅茶のカップに口をつけ、茶菓子に手を伸ばした。
「えっ? 食べるの?」
オリガの驚いた声に、イヴァンは食べてはいけなかったのかと目を白黒させた。
「いや、いいんだけど。普段はお菓子食べないじゃない。あなた一体――」
「どうやら、心境の変化があったようですわね」
オリガの言葉に、クローディアは割り込んでそういった。
「そうですわぁ。お仕事モードだった初対面の時と比較しても意味がないかもしれませんが、確かにどこか優しく? 柔らかく? なっている気がしますわぁ」
「数日前は『ちゃんと肩肘張っていなければ』という雰囲気でしたが、今はなんだか余裕が出てきて、大人の男性のような」
アビゲイルとベラもそれぞれ感想を述べたが、概ね主旨は一致しているようだった。
「心当たりがあるわ」
オリガが、重い調子でそう言った。
「あなた達、三人令嬢のせいでしょ! あなた達が来たタイミングと、イヴァンが変になった時期が完全に一致しているもの!」
そして断言した。
「まあ。そうだったのですね」
「素直ですね」
「素直ですわぁ」
口に手を当てて驚くクローディアに、ベラもアビゲイルもツッコまずにいられない。
「そろそろ私は、怒るなりした方が良いのかな?」
冗談めかしたイヴァンの言葉に一瞬沈黙した後。
令嬢四人はこらえきれなくなって一斉に笑った。
「ともかく。わたくしは、良い方向への変化だと思いますわ」
「まあ、私としても不満はないんだけどね」
クローディアとオリガは、そう言い合ってまた笑った。
「――」
そして、二人して息をのんだ。
イヴァンも、嬉しそうに笑っていたからだ。
クローディアはもちろん、オリガも、そんな穏やかな彼を見たこともなかった。
「そうだね。こんなに楽しく会話をしたのはいつ以来だろう。これがクローディア達の影響だとしたら、生贄というのも悪くなかったのかもしれないね」
そう言って、イヴァンは満足そうな表情で、もう一度紅茶に手を伸ばすのだった。
「……今のは、一体どういうことでしょう? あんなに穏やかなイヴァン様は、見たことがありません」
壁際に控えながらお茶会を見守っていたエレーナは、隣に立つアレクセイにそう言った。
「イヴァン様の自己肯定感が低い性格は、今までちゃんと認めて評価してくれる人がいなかったからです。そうしてくれる人に出会って、心が緩んでいるのでしょう」
表情を変えずに、アレクセイはそう答えた。
「……自分だって、イヴァン様を手放しで褒めたりしないくせに」
エレーナは、本気で責めている訳ではないことが分かるような口調でそう言った。
「立場がありますから。私が褒めても、イヴァン様はあれほど喜ばれないでしょう」
つん、とエレーナはそっぽを向いた。
「あなたのそういう冷たいところが嫌いです」
「冷静沈着を心がけているだけです」
心外だと表情に――出しもせず、アレクセイは応えた。
「それでも、私は、あなたの細かいところに気がつくところは頼りにしています。なかなかスカートに忍ばせたぬいぐるみにまで気付いたりできません」
「やめて下さい。細かいところが気になるだけです」
こちらは分かりやすく頬を赤らめて、エレーナは言い返した。
そこで、二人して顔を見合わせて――気が緩むように笑った。珍しいことに、アレクセイも薄く笑っていた。
「どうやら、主が穏やかなのが早速伝染したようです」
「そのようですね。ふふふ――」




