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悪役令嬢の初恋  作者: 秋乃 透歌
第三章『帰国』

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決着

「悪巧みは、悪役令嬢の得意分野でしてよ! 黒幕が最後に開き直ることなど、百も承知の上ですわ! さあ、決着をつけましょう!」


 クローディアの声が、謁見の間に響いた。

 その声色には、凛とした上品さと、目の前の魔法戦闘に高揚した好戦的な響きが、同時に存在していた。


「小娘が! 土魔法が、重力操作で床に叩きつけるだけの物だと思ったら大間違いだぞ! ――土よ」


 コンスタンティンが叫びを上げ、土魔法の詠唱を発した。

 彼の周囲に、土を固めた弾丸が、いくつも生成されて浮かび上がった。


「まずは小手調べだ!」


 瞬間的に速度を与えられ、打ち出された土の弾丸。それらはどれも、クローディア達全員を狙っていた。


「――火よ」


 最初に反応したのはニコラウスだった。

 彼のかざした手の平から業火が吹き出し、土の弾丸の大半を撃ち落とすことに成功した。


「――風よ」


 そして、アビゲイルが続いた。

 吹き上がった風は高速で回転し、クローディア達の周囲を覆う球体を作り出した。その風の障壁が、残された土の弾丸を残らず弾き返した。


「ほう、学生にしてはやるな」


 コンスタンティンは余裕を持って、言葉にした。


「それでは、これはどうだ? ――土よ」


 その詠唱に呼応して、巨大な岩が、コンスタンティンの頭上に生成された。

 そして、その大きさをみるみる肥大させていく。


「クローディア様、あんな岩を投げつけられたら、わたくしの風魔法では防ぎようがありませんわぁ」


 アビゲイルが情けなく声を上げた。


「私も、火魔法での防御では心許ない」


 ニコラウスもそれに続いた。


「闇魔法はそもそも、物理戦闘には不向きです。あの興奮ぶりでは、眠らせることもできないでしょう」

「時魔法なら、回避はできると思います!」


 イヴァンとベラの希少魔法組も、それぞれの可能不可能を報告する。

 その間にも、土魔法が作り出す岩は、刻一刻と大きさを増していた。

 それらを総括して、クローディアは――。


「それでは、わたくしがやりますわ。――氷よ」


 魔法の詠唱で応えた。

 クローディア自ら防御を担当することにしたのだ。


「氷の壁で、あの岩を弾き飛ばしますわ!」


 クローディアの言葉を受けて、空中の岩にも劣らない、巨大な氷の壁がそそり立った。


「やれるものならやってみよ!」

「言われなくてもですわ!」


 コンスタンティンとクローディアの言葉がぶつかると同時に、巨岩と氷壁も衝突していた。

 重い衝突音を響かせ、空中で拮抗する攻撃力と防御力。氷の壁に、大きなヒビが入って――岩と氷が双方粉々に砕け散るのが同時だった。


「相打ちかっ!」

「防ぎ切ったのですから、わたくしの勝ちですわ!」


 コンスタンティンが悔しげに放った言葉に、クローディアが言葉を重ねた。


「ニコラ、アビー、攻撃魔法を――!」

「――炎よ」

「――風よ」


 クローディアの指示に、ニコラウスとアビゲイルが魔法の詠唱で応えた。

 ニコラウスが、掌中に作り出した炎の槍を、コンスタンティンへと投擲した。それを追いかけるように、アビゲイルが生み出した空気の塊が放たれた。

 しかし、着弾の直前、コンスタンティンの足元から土魔法による壁が直上に伸びた。

 炎も風も、これに衝突して轟音を立てるが、打ち破ることはできなかった。


「惜しいっ――!」

「ふははっ、防ぎ切れば勝ちなんだろう?」


 ニコラウスの言葉に、コンスタンティンは嘲笑を返した。


「――氷よ」


 クローディアは攻撃の手を休めず、次の一撃を放った。

 先程、敵が作った岩塊を模したような、巨大な氷の塊だった。


「これならどうですの?」


 放たれた氷塊に慌て、コンスタンティンは土の壁をさらに分厚くする。

 氷と土は衝突し、再度、同時に砕け散った。


「またしても防ぎ切っ――」


 コンスタンティンの勝ち誇った言葉は、間を置かず放たれた氷の矢によって断ち切られた。

 鋭い氷の先端がコンスタンティンの頬をかすめ、一筋の血が流れ出る。


「防御に成功したことに慢心して、その場を動きもしないなんて。魔法戦闘の経験は浅いようですわね?」

「ぐぐぐ……」


 クローディアの言葉が、コンスタンティンにうめき声を出させた。


「次は直撃させますわ」


 クローディアの右肩の上に、氷の矢の次弾が生成された。


「降参するなら今のうちですわよ?」


 一呼吸、降参の声を待ち、その気配がないことを見て、クローディアは矢を放った。


「――土よ」


 コンスタンティンが生み出した小ぶりな岩塊が、急速に打ち出されて――クローディアの氷の矢に命中し、相殺してしまった。


「器用なまねを!」

「さて、小娘に真似できるかな?」


 続けて二つの岩が、クローディアへと放たれ――彼女は同じく作り出した二本の矢でこれを撃ち落とした。

 始まった攻撃と防御のやりとりは、瞬く間に、その個数と本数を増し、相手を狙うための攻撃なのか、攻撃を撃ち落とすための防御なのか、判別不能なほどになる。


「良く付いてくるっ!」

「まだまだ余裕がありましてよ!」


 クローディアは、言葉を証明するように、攻防を続けながら、さらに矢を――巨大な一本を生成した。

 これが放たれれば、小さな岩の塊などに撃ち落とされずに、跳ね除けるだろう。


「――これで決めますわ!」

「――土よ」


 応じたのは、土魔法の詠唱。

 またもや攻撃と防御の力比べかと予感させたが、それは現実にはならなかった。

 ぐん、とコンスタンティンの身体が高速で動き、飛来する氷の矢をかわしたのだ。


「速いっ!」


 イヴァンの言葉が示した通り、その動きは若くもない太り気味の神官長には――いや、鍛錬された騎士でも出来ないほどに急激なものだった。


「ふははは! 重力を操れば、このような移動も可能になるのだ!」

「全く当たりませんわぁ」


 アビゲイルが放った数発の風の弾丸も、全てコンスタンティンにかわされてしまった。

 まさに神速といった様相で、右に左に身体を動かしながら、コンスタンティンは接近してくる。


「ニコラ! 範囲攻撃を!」

「――火よ」


 ニコラウスが右腕を振ると、そこから波のように炎の奔流がほとばしった。

 この攻撃なら、多少左右に身体が動こうと、ダメージを与えることができる。

 しかし――。

 コンスタンティンは、大きく前進することで、炎をかいくぐってしまった。

 気付いた時には、クローディアの目の前まで接近しており――。


「お前さえ大人しく生贄でいれば、こうはならなかったのだ!」


 コンスタンティンは、言葉とともに右腕を振り上げた。その拳は土魔法で岩をまとい、そんなものを叩きつけられれば、女性の頭部などいとも簡単に――。


「――氷よ」


 超至近距離で発生した氷の塊が、逆にコンスタンティンの顔面へと叩きつけられ――。

 コンスタンティンは、その攻撃を驚異的なサイドステップでかわしてしまった。


「そんな――」


 防御も回避も間に合わないはずの一撃をさばかれ、クローディアが声を上げた。

 そして、その間もなく、コンスタンティンが再度右腕を振り下ろした。


「――何っ!?」


 拳は空を切った。

 コンスタンティンには、目の前のクローディアの身体が、突如、消えてしまったように見えた。

 瞬間の後に、彼女は数歩距離をとった位置に現れた。

 そこにはクローディアだけでなく、寄り添うベラの姿があった。


「重力なんかより、時間のほうがずっと速いです。私の大切な人達に、攻撃なんかさせません」


 ベラは、苦手な魔法戦闘に――しかもその実戦に、興奮した赤い頬でそう言った。

 ベラの主観時間で言えば――驚異的な速度で動くコンスタンティンになす術なく、クローディアはその頭部を打ち砕かれた――それを見て、ベラは時間を巻き戻し、攻撃される前の時間からクローディアを移動させたのだった。時間を操れるということは、速度を操れるのと同義なのだ。


「良くやりましたわ、ベラ! ナイスアシストですわ!」


 クローディアはその機転を褒め、再度、魔法に集中した。


「わたくしの得意魔法で決めますわ! ニコラ、アビー、援護をお願いしますわ」


 クローディアの言葉に、何かを予感したコンスタンティンは重力操作を使ったバックステップで距離を取った。


「――火よ」

「――風よ」


 二人の詠唱で生み出された炎と突風の攻撃が、距離をとったコンスタンティンを追撃する。

 しかし、そのどれも命中できずにかわしきられてしまう。


「アビゲイル。火炎旋風、行けるか?」

「おまかせ下さいですわぁ」


 ニコラウスは、先程不発に終わった炎の波を作り出した。同時に巻き上がったアビゲイルの風が、炎を巻き込んで渦を巻いた。

 コンスタンティンの周りを囲み、その速度による回避を封じると、風の範囲をぐっと狭める。

 炎の竜巻となった二人の魔法は、コンスタンティンの身体を絡め取ったかに見えたが――内側から吹き出した土石流によって、打ち消されてしまった。

 しかし、そのタイミングで――。


「お待たせしました――準備完了ですわ」


 待ちに待ったクローディアの声が響いた。


「――氷よ。涙凍てつく女王の息吹よ――」


 その声に呼応して――無数の氷の鏃が、数百、数千、いや、数万という単位で空中に生成された。一つ一つは基本的な氷魔法の攻撃だが、それが数万も集まれば、圧倒的な破壊力を持つ。


「うおっ!?」


 あまりの光景に驚き、コンスタンティンは、急ぎ土の壁を生成する。

 先程防御に使った土石流も再利用し、さらに土を岩、岩を鉱物、鉱物を金属へと強化して、最大級の防御を展開した。

 しかし――。


「――お行きなさい!」


 強固な防御など意にも介さず放たれたクローディアの声と、振りかざされた右手の動きを合図にして、一斉に氷の鏃が放たれた。

 轟音。

 衝撃。

 振動。

 放たれた氷の一撃一撃が、コンスタンティンに一気に襲いかかった。

 その圧倒的な物量に、金属の壁も瞬時に崩れ去った。

 コンスタンティンは、全身を強打された。打撃の一つ一つが小さなダメージだったとしても、それらが絶え間なく打ち付けられ――。

 やがて、もうもうと立ち煙る、土煙ならぬ氷煙が収まると――。

 ――コンスタンティンが気絶して、床に倒れ伏していた。

 その結末を見て――。


「ケンカを売った相手が悪かったですわね! おーっほっほっほ!」


 クローディアは勝ち誇り、扇を広げて高笑いした。


『クローディア様、悪役令嬢に戻っちゃって』

「――ますわぁ」

「――ますよ」


 口を揃えるアビゲイルとベラ。

 そんないつものやり取りに、三人は顔を見合わせて笑い声を上げるのだった。

 やがて――。


「クローディアよ」


 マノン国王であるウィリアムが口を開き、一同は口をつぐんで動きを止めた。


「許しもなく勝手に帰国したな?」

「父上っ!」


 開口一番のあまりの言葉に、ニコラウスが声を上げた。


「冗談だ。お前はもう少し落ち着きと先見を身に着けなくてはな。未熟者め」


 再度、クローディアに向き直るウィリアム。

 クローディアの左右に、それぞれアビゲイルとベラが控えた。

 そのさらに後ろに、イヴァンが立ち、ことの成り行きを見つめていた。


「生贄の神託から始まった今回の騒動、神託が虚偽である証拠をつかみ、逆上するコンスタンティンを取り押さえるなど、大活躍であったな」


 ウィリアム言葉を続けた。


「そう、生贄の神託は虚偽であった。そのため、ストロガノフ王国への出国命令は無効である。――どうか、マノン王国に戻ってきてはくれぬか?」


 ウィリアムは続けた。


「イヴァンにしてくれたように、ここでニコラウスを支えてやって欲しい。そうすればこの国も安泰だ」


 ウィリアムは人の良さそうな笑みを浮かべた。


「良き友人が周りにいることが、その人の評価だ。ニコラウス、クローディア、そしてイヴァンよ」


 その言葉を受けて――。


「承知いたしましたわ。このクローディア=デプス、謹んで帰国させていただきますわ」


 クローディアは、笑顔とともにそう応え――。

 完璧なお辞儀(カーテシー)をして見せたのだった。

 それを見て、ウィリアムは深く頷きを返した。


「クローディア様! やりましたわぁ」

「アビー。あなたの風魔法に何度助けられたか」

「お安い御用ですわぁ!」


 駆け寄るアビゲイルは、クローディアの言葉を最後まで聞かずに、彼女に飛びついた。


「クローディア様! これで無事に帰国できますよ!」

「ベラ、魔法戦闘だけでなく、補助も援護も大活躍でしたわね」

「お任せ下さい!」


 同じく駆け寄ったベラの手をとり、クローディアはぶんぶんと握手を振った。


「クロエ!」

「ニコラ! 無事に帰国できることになり――きゃっ」


 展開を察してぱっと離れたアビゲイルとベラの代わりに、ニコラウスがクローディアに飛びつき、抱き上げてくるくると回った。

 クローディアのドレスの青が、鮮烈な印象を残した。

 一同の笑い声が、謁見の間に響いた。

 やがて、クローディアの大魔法による轟音と衝撃を聞きつけた王宮の兵士達が、遅ればせながら駆け付け――その場は騒然とし始めるのだった。


「クローディア、良かったですね……」


 イヴァンは一人、そう呟き――。

 痛みをこらえるように、右手を胸に手を当てるのだった。

 これで万事解決。

 イヴァンはこの場を去り、待たせてある風魔法の馬車で帰国するのみ――。

 もう二度と、彼女には――。


「――ン様……」


 周りの喧騒を飛び越して、声が聞こえた。


「――イヴァン様……」


 自分を呼ぶ声だ、とイヴァンは気付いた。

 そして――。


「イヴァン様!」


 目の前に、クローディアの笑顔があった。


「一蓮托生と腹をくくって頂き、本当にありがとうございます」


 ああ――。


「あの時、ベラの時魔法が否定されて、イヴァン様が来てくれなければ全て徒労となるところでしたわ」


 いつまでも、この笑顔を見ていたい。


「『天秤』の一件も、その企み、実行する度胸、最っ高に素晴らしかったですわ」


 いつまでも、こうして褒めていて欲しい。


「こうして無事に帰国を果たせるのも、全て、イヴァン様のおかげですわ」


 いつまでも――。

 それでも――。

 クローディアの笑顔につられて、イヴァンも笑顔になった。


「いいえ。クローディア、あなたの努力と、機転と、働きがつかんだ成果です」


 そう言いながらも、イヴァンは胸の痛みに耐えていた。

 それでも――。

 この想いは、心の奥底に、沈めてしまわねば――。


「ありがとうございます、イヴァン様!」


 弾けたクローディアの笑顔に。


(ああ、ダメだ――)


 イヴァンの気持ちは、あふれてしまった。

 この気持ちを、クローディアに知って欲しい。

 その欲求が頭も心も埋め尽くした。

 何かが叶わなくても構わない。

 それでも。

 それでも、この気持ちをなかったことにすることは、できない――。

 だから――。


「クローディア、少し時間をいただけませんか? 大切な話があるのです」

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