神官長
「その真偽、私が見定めましょう」
その言葉とともに謁見の間に現れたのは、ストロガノフ王国の国王たるイヴァンであった。
その声は年若く、ジャケットにスラックスを身に着けた姿は、サイズこそ合っているものの、背伸びをしている印象を受けた。
「こども――?」
イヴァンの唐突な登場に理解が追いつかず、コンスタンティンは思ったままを口にしていた。
『イヴァン様?』
ニコラウス、アビゲイル、ベラが口をそろえて名を呼んだ。それぞれが驚きの表情で――無理もない、風魔法の馬車で帰路についているはずのイヴァンが、紛れもなくここにいるのだから。
イヴァンは彼らを見ると、確かに頷いて見せた。
「皆と別れた後、闇魔法を使ってニコラウス達の影をたどり、後を追いかけたのです。途中にいた衛兵達には、申し訳ありませんが、闇魔法で眠ってもらいました」
イヴァンは、どうやってこの場にたどり着いたのか、簡単に説明した。
「ですが、どうして――?」
ニコラウスの理由を問う言葉に、イヴァンは笑ってみせた。
「クローディアに、『国王陛下に腹をくくってもらえれば、それが一番』と言われてしまいましたからね。一蓮托生と決断した訳です」
その答えが、分かるような分からないようなものだったので、ニコラウスは目を白黒させてしまう。
「確かに、イヴァン様に来ていただければ心強いですわぁ。でも、闇魔法でこの状況をなんとかできますの?」
「それよりも、国家間の問題にしたくないと言っていたのに、国王陛下自ら出てきてしまっては、とっても困るんじゃ……」
アビゲイルとベラの言葉に、イヴァンはまた一つ頷いて見せた。
「どちらも心配ありませんよ」
自信にあふれた力強い言葉に、アビゲイルとベラは疑問を浮かべながらも、なぜか安心してしまう。
「――イヴァン=ストロガノフか!」
ウィリアムは、ニコラウス達の言葉を聞き逃さず、答えに至っていた。
「マノン国王陛下。このような形で御前に現れる無礼をお許し下さい。ストロガノフ王国国王のイヴァン=ストロガノフです」
名を呼ばれ、イヴァンは片足をついた礼をとった。
それを見て、ウィリアムは慌てたように両手を振る。
「待て待て。同じ国王同士、そのような礼は不要だ、イヴァンよ。そうか……戴冠式の時分にはずっと幼かったが、立派になったものだ」
ウィリアムの言葉にイヴァンは立ち上がると、改めて頭を下げた。
「その後、ご無沙汰してしまい申し訳ありません」
そのやり取りに、コンスタンティンだけでなく、ニコラウス達も驚いてしまう。
「イヴァン様、父と面識があったのですか?」
「はい。三年前、私の戴冠式の前にご挨拶する機会をいただきました。不慣れな私に、気さくに接して頂き――とても良くして頂きました」
ニコラウスの問いに、イヴァンは応えた。
「ウィリアム様。本日は、ニコラウスをはじめ、クローディア=デプス、アビゲイル=ベグネ、ベラ=クベルドンの友人としてここに参上しました。ごく私的に、神託の真偽の件に関わっております」
ウィリアムは、イヴァンの言葉に頷いた。
「ごく私的に、か」
「はい。ごく私的に、です」
ウィリアムの確認に、イヴァンは念押しした。
「そうか。――クローディアの事は、もちろん私も把握している。生贄としてストロガノフ王国に送ったことも、私の指示によるものだ。彼女だけでなく、アビゲイルとベラについても、個人的な友人として迎え入れてくれたこと、遺漏なく承知している」
ウィリアムは状況を確認するようにそう言った。
「迷惑と手間をかけたな」
「いえ、とんでもありません」
ウィリアムはイヴァンの言葉に頷き、言葉を続けた。
「生贄というと表現は悪いが、イヴァンよ、クローディア達との日々は悪いものではなかったろう? 少しは肩の力が抜けたのではないか?」
「クローディア達と過ごした日々は、確かに、私にとって掛け替えのないものとなりました。それに、おっしゃる通り、自分を厳しく律しすぎるところを見直すきっかけにもなりました」
イヴァンの応えに、ウィリアムは満足そうに頷いた。
「そうだろう、そうだろう。クローディア達はいつでもどこでも楽しそうにしておるから、全然楽しそうではないイヴァンには、良い刺激になると思っておったのだ」
「なっ――。父上、そんな狙いがあったのですか? なぜ話してくれなかったのですか!」
勢いづくニコラウスに、ウィリアムは手を上げて黙らせた。
「神託が報告された時に、話したぞ。もっともお前は、頭に血がのぼって聞こえてなかったかも知れないが」
「そう言われれば……」
ウィリアムの言葉に、ニコラウスはかすかな記憶を思い出しながら呟いた。
「それだけではなく、先程のお言葉――アビゲイルやベラが無理にでもクロエに付いて行くことまで予想済みだったのですか?」
「当然だな」
ニコラウスは追求の手を止めなかったが、ウィリアムはどこ吹く風といった様子だ。
そして、ウィリアムはイヴァンへと向き直った。
「さて、イヴァンよ。神託の真偽の件に関わっている、と言ったな。二人の令嬢を送り届けるだけでは、満足できなかったか?」
「――父上、まさか今日の作戦も、把握して――」
その言葉に連想が働いたニコラウスが顔を青くすると、ウィリアムは豪快に笑ってみせた。
「警備の兵の担当日時に、不自然な変更が集中していると報告を受けた。後は芋づる式に判明したよ。最初は、ニコラウスによるクーデターかと肝を冷やしたが、なんだ女か。私に似たな、バカ息子」
ウィリアムがニコラウスをやり込めるのを待って、イヴァンは応えを口にした。
「クローディア達には、二人を送り届けるまでが私の責任だと宣言しておりました。よほどのイレギュラーがない限りは、と」
ウィリアムはにやりと笑ってみせた。
「つまり、『よほどのイレギュラー』があった、と言うことだな?」
「それは後ほど明らかになるでしょう」
イヴァンは、そう言って答えを先送りにし、コンスタンティンへと向き直った。
「さて、ここからが本題です。私が現れたのは、何も闇魔法で事態を解決しようという訳ではありません――」
イヴァンは、改めて口を開いた。
「神託が虚偽であるかどうか、ベラが見せた映像が真実かどうか――私が見定めましょう」
イヴァンの言葉に、言葉を挟めないでいたコンスタンティンは、ようやく口を開いた。
「魔王国の国王が、この場に現れたからと言って、どうなるというのだ! 過去の出来事に、証拠などありはしないのだ! 珍しい闇魔法使いらしいが、それがどうしたと言うのだ!」
「おや、ストロガノフ王国に生贄を送っておいて、これをご存知ではないのですか――?」
そう言って、イヴァンは懐から何かを取り出した。
「な、なんだ、それは?」
それは、手のひらに乗るようなサイズの置物のようなものだった。左右の重さを比べて測る、天秤をモチーフにした彫刻のように見えた。その材質は黒く光を反射する金属か鉱石で、精緻な意匠が凝らしてあるようだった。
「これは、我が国に古来より伝わる、嘘を見破る魔法具――『真実の天秤』です。これに触れながら宣誓した内容に嘘があれば、けたたましい音が鳴り響きます」
イヴァンは、それを『真実の天秤』だと紹介した。
「待て、イヴァン。そなた、自国の国宝を、この件のために持ち出したのか?」
「ええ。各所への謝罪は、帰国してからの急務です」
ウィリアムの言葉に、イヴァンは頷いて言った。
マノン国王の言葉が、その『真実の天秤』の信憑性を確かなものにしていた。
「あ。アレクセイさんが話していた、『例のアレ』って――」
「その通りです。アレクセイに、これを用意させていました」
ベラは、出立前にイヴァンとアレクセイが話していた内容を思い出していた。その際、イヴァンは言っていた――『もしもの時のために、というやつです』と。
それは、時魔法を使って証拠をつかんでも、コンスタンティンが認めない時のためだった。
イヴァンは作戦段階で、時魔法だけでは証拠として不十分とされる可能性に、思い至っていたのだ。
それをサポートするための、イヴァンの登場。
それを実現するための、『真実の天秤』。
「さあ、神官長殿。これに触れながら、『生贄の神託に嘘偽りはありません』と言ってみて下さい。沈黙を持って、あなたにかけられた嫌疑は晴れるでしょう。ただし――」
異様な迫力を持って、イヴァンは続けた。
『真実の天秤』を持ちながら、一歩一歩、コンスタンティンへと歩み寄る。
「音が鳴り響けば、虚偽であることが確定する。神託をかたるなど前代未聞、どれだけ恐ろしい罰が待っているか、分かっていますね?」
イヴァンの言葉に、コンスタンティンは顔を青くした。
コンスタンティンは、恐る恐る、イヴァンの手の上に置かれた『真実の天秤』に手をのばし、それに触れた。
冷えた金属の感触に、背筋に冷たいものが走る。
そして――。
「生贄の、神託に、嘘偽り、――っ!」
――最後まで宣誓することなく、コンスタンティンは、イヴァンの手を払い除けていた。
ガランと音を立てて、『真実の天秤』が床を転がった。
「これで、真偽がはっきりしましたね」
イヴァンはコンスタンティンに向けてそう言い切り、ウィリアムへと視線を送った。
「なるほど。コンスタンティン、これ以上弁明の余地があるかね?」
ウィリアムは、重々しくそう言った。
コンスタンティンは、宣誓できなかった。
それは、宣誓の中に嘘が含まれているからに他ならなかった。
それが確定してしまうことを恐れて、宣誓できなかったということだ。
「――ありません……」
俯いて、コンスタンティンは絞り出すように言葉にした。
辿り着いた決着に、一同は安堵に息をついた。
そして、冷静さを取り戻したアビゲイルは、とても大切な事に気付いた。
「ちょっと、その国宝級魔法具、思いっきり床に叩きつけられてしまっていますわぁ!」
「そうですよ。あの、壊れたりしてませんか?」
「ああ、構いませんよ」
思わず悲鳴を上げるアビゲイルとベラに、イヴァンの調子は軽い。国宝級の魔法具を、拾い上げようともしない様子だ。
「それは、『真実の天秤』を模したレプリカの置物です。本物は、もっとずっと大きくて、とてもではないが運べないものです。ストロガノフ王国の最高裁判所の床面に、がっちりと固定されていますしね」
『えっ!?』
ウィリアム以外の全員が上げた驚きの声が重なった。
「つまり、これに手を置き、嘘偽りを宣誓しても――音など鳴り響くはずも無かったと言うことです」
イヴァンにより真実が明かされた。
「国王陛下、話を合わせていただき、ありがとうございます」
「はっはっは。私も若い頃は、よくこの手のハッタリを使ったものだよ」
イヴァンが頭を下げると、ウィリアムは豪快に笑った。
「なっ――なんだと!?」
コンスタンティンは、衝撃に声を震わせていた。
「偽物だとバレたり、開き直って宣誓されたりしたら、どうしようかとヒヤヒヤしていました」
イヴァンはそう付け加えた。
「そんな、馬鹿なっ!」
だまされた。
そう理解が追いついても、後の祭りだった。
国王の前で、間違いなく虚偽を認めてしまったのだ。
「神託をかたるとは、大罪である!」
ニコラウスが、叫びを上げた。
大罪人を捕らえる衛兵を呼ぶため、息を吸い――。
――そこで、コンスタンティンの顔色が変わった。青く絶望にくれた表情から、赤く怒りをたたえた表情へ。
「ええい、かくなる上は――!」
言葉とともに、コンスタンティンは両手を掲げた。
神官服の長い袖が、ばさりと振られた。
「――土よ。愚者を繋ぎ止めし大地の鎖よ――」
土魔法の詠唱。
土魔法は、他の魔法同様、土を生成したり、動かしたりできる代表的な魔法である。しかし、それだけではない、ある特徴があった。
そう、その熟練者になれば――。
「――土魔法は、重力を操れるのだ!」
――ふわり、と一同の足が宙に浮かんだ。
それぞれが上げる驚きの声に、コンスタンティンは歪んだ笑みを浮かべた。
「ここにいる全員が亡き者になれば、なんの問題もないっ!」
コンスタンティンの言葉が終わる頃には、彼自身を除く全員が、高い天井付近まで浮かび上げられていた。
必死に手足を動かしても空中では手がかり足がかりがなく、無意味に空をかくことしかできない。
「これは、まずい――」
「父上っ」
「何か対策を」
「この高さから落ちたら……」
ウィリアム、ニコラウス、イヴァン、ベラが、それぞれ何かを求めて声を上げた。
しかし、手がかり足がかりがない状況は変わらず、彼らにはとれる手段がなく――。
「床に叩きつけられて死ぬが良いっ!」
コンスタンティンは叫ぶと同時に、上げた手を振り下ろした。
瞬間、通常の何倍もの重力が襲いかかり、全員の身体が一気に降下した。
一瞬にも満たない間に、床が目の前に迫り――。
「――アビー! やりなさい!」
「――風よ!」
アビゲイルの詠唱により、風が吹き上がった。
その突風がクッションとなり、一同はぎりぎりのところで、床に叩きつけられる衝撃など一切なく、柔らかく着地することに成功した。
「な、なんだと!?」
「――何度やっても、同じことですわ」
コンスタンティンの叫びに、凛とした声が応えた。
その声の主は――。
「だ、誰だ!?」
姿を探せど見当たらない新しい人物の登場に、コンスタンティンは声を荒らげた。
その言葉を受けて。
アビゲイルが、スカートにかくし持っていた、あるものを取り出した。それは、青色で、手のひらに収まるサイズの――。
猫の姿の、ただのぬいぐるみだった。
「ベラ」
「――時よ」
名を呼ぶ声に応えたベラの時魔法により、ただのぬいぐるみは跡形もなく消え去り――同時に、青いドレスをまとった令嬢が――クローディアが姿を現していた。
「クロエ!」
ニコラウスが驚いて上げたクローディアを呼ぶ声に、彼女はにっこりと笑みを返した。
「クローディア、ただいま参上いたしましたわ」
彼女は、自信をみなぎらせた声で、そう名乗りを上げた。
突如、姿を現したクローディア。
それを可能にしたのは――。
ベラの時魔法により、変身薬の効果を巻き戻した際、ただのぬいぐるみから元の姿に戻った時に――変身薬もまた、使用前の状態に戻っていたのだ。
そして、クローディアは病気で動けないと偽り、その変身薬を使ってぬいぐるみに姿を変えて、帰国する二人に密かに付いて来ていたのだった。
そして、再度ベラの時魔法で、元の姿に戻った――という訳だった。
当然、アビゲイルとベラは共犯であった。
つまり、これが――。
「――これが、『よほどのイレギュラー』の正体ですよ」
イヴァンが、誰ともなく呟いた。
彼は、出立前に部屋を確認したアレクセイの報告により、クローディアの不在を認識していた。また、エレーナも、アビゲイルのスカートに不審な物があることを見抜いてイヴァンに報告しようとしていた。
これらの情報から、イヴァンは、クローディアの企みを把握していたのだ。
「さあ、覚悟はよろしくて?」
そして、クローディアは――。
いつの間にか取り出した左手の扇で、口元を隠し――。
コンスタンティンへと右手の人差し指を突きつけていた。
「悪巧みは、悪役令嬢の得意分野でしてよ! 黒幕が最後に開き直ることなど、百も承知の上ですわ! さあ、決着をつけましょう!」




