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悪役令嬢の初恋  作者: 秋乃 透歌
第三章『帰国』

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サンドイッチ

 数日後、必要な調整や準備を終えて、いよいよアビゲイルとベラの出立の日となった。

 時刻は早朝、出立前の最後の打合せをしようと、いつもの談話室にメンバーが集まったところだった。


「ですが、クローディア様は体調がすぐれないそうで、お部屋から出られないのですわぁ。皆様に、どうぞ最後までよろしくお願いします、と伝えるように言われておりますわぁ」

「ぎりぎりまでニコラウス殿下と手紙でやりとりしたり、作戦の詳細を詰めたり、必死に準備をしていましたから。これまでの疲れが出てしまったか――今日を迎えて気が緩んだのでしょう」


 クローディアの病欠を報告するアビゲイルの言葉に、ベラもそう言葉を継いだ。

 二人は、ストロガノフ王国に入国したその日に着ていた、オレンジと紫のドレスを身に着けていた。もっと動きやすい服装にする案もあったのだが、結局いつも通りで行くことにしたのだ。


「体調不良は仕方ありません。幸いクローディアは出立メンバーではなく、王宮での待機組です。――作戦は、予定通り決行します。これから私達で十全に準備をしましょう」


 改めて場を仕切ったイヴァンは、そう言ってメンバーを見渡した。

 イヴァンは、私服と言っても通る、灰色のシャツに黒のスラックス、黒のジャケットを羽織った、ノンネクタイの姿だった。

 イヴァンの言葉に、一同――オリガ、アレクセイ、エレーナ、そしてアビゲイルとベラ――は一様に頷いた。


「ニコラウス殿下との調整は終わっていますね?」

「はい。もちろんですわぁ」


 イヴァンの言葉に、クローディアの代理を務めてアビゲイルが答えた。

 クローディアがニコラウスとの手紙で調整した内容は、遺漏なくアビゲイルとベラに伝えられているのだ。


「クローディア様がニコラウス殿下と手紙で調整した結果をお伝えしますわぁ。ニコラウス殿下との合流時刻は、マノン王国の時間で、本日の十九時ですわぁ。その後、マノン国王陛下とコンスタンティン様の謁見が十九時半からとなっておりますわぁ」

「なるほど。だとすると、多少早くなって待つ分には良いが、遅れてしまうと問題という訳ですね」


 アビゲイルの言葉に頷いて、イヴァンは言った。


「いえ、どちらも正確ではありません」


 ベラが口を開いて訂正した。


「第一に、到着時刻が早すぎる場合、王宮の警備兵に見つかります。予定時刻に合わせて、ニコラウス殿下の配下の方が警備を担当するように調整しています。早すぎるのも遅すぎるのも、都合が悪いのです」


 ベラは続けた。


「第二に、謁見の時間は一時間ほどあります。謁見開始直後に突入しないといけない訳ではないので、王宮内の移動は三十分よりも余裕があります」

「なるほど、良く分かりました」


 イヴァンはそう応えた。


「ニコラウス殿下との合流までは、私が責任を持って送り届けます。合流時刻についても、可能な限り時刻ちょうどになるよう調整しましょう」

「ありがとうございます」


 イヴァンの言葉に、ベラが頭を下げた。


「なお、今回の計画には、ストロガノフ王国の兵士は同行させません。国家間の問題だと思われる訳にはいかないからです。あくまで私的に、イヴァン個人が友人を送り届けただけ、という体裁にしたいのです」

「心得ておりますわぁ。その形でも、十分以上に助かりますわぁ。ありがとうございます」


 アビゲイルの礼に、イヴァンは頷いた。


「ただし、風魔法の馬車については、どうしても専門技能が必要なので、御者を一名同行させます。本当は、私が操縦できれば良かったのですが」

「イヴァン様は闇魔法使いですから。それは仕方のないことかと」

「風魔法使いのわたくしが操縦できれば良かったのですが、空飛ぶ馬車の操作を習得するような時間はなかったのですわぁ」


 イヴァンの妥協に、ベラとアビゲイルがそれぞれ言った。


「まとめると、出立メンバーは、私、アビゲイル、ベラ、御者の四人です。問題ありませんね?」

「はいですわぁ」

「問題ありません」


 イヴァンの確認に、アビゲイルとベラが答えた。


「それから、念の為に確認しますが、合流後の手順についても調整できていますね?」


 イヴァンは、自分の責任が果たされた後のことについても、確認をした。


「はい。合流後は、ニコラウス殿下、わたくし、ベラの三人で王宮内を移動しますわぁ。謁見の間に移動するまでの道中を担当する警備の方も、ニコラウス殿下の配下になっておりますので、見て見ぬふりをしていただきますわぁ」


 まず、移動についてアビゲイルが答えた。


「謁見の間に突入してからは、ニコラウス殿下の火魔法で神殿の衛兵を牽制しつつ、アビゲイル様の風魔法でコンスタンティン様を拘束します。その後、時魔法で神託の前後の映像を投影し、マノン国王陛下に確認していただきます」


 そして、急襲についてベラが答えた。


「生贄の神託が虚偽である証拠さえつかめれば、ストロガノフ王国における帰国禁止と、マノン王国における出国命令は、それぞれ理由を失いますわぁ。晴れて、クローディア様はマノン王国に帰国できることになりますわぁ」

「この作戦の結果が、神託が虚偽であるという証拠がつかめるかどうかが、運命の分かれ道です」


 アビゲイルのまとめに、ベラも言葉を重ねた。


「ねえ、もし証拠がつかめなかったら、どうなるの?」


 深刻な様子で言われたオリガの言葉に、アビゲイルもベラも笑顔を見せた。


「その時は、いかような罰でも受けますわぁ」

「クローディア様を帰国させられないなら、どうなろうと一緒ですから」

「そんな……」


 オリガは言葉を失ったようだったが、イヴァンは感心した。

 その覚悟が、クローディアがイヴァンに示したものと同じものだったからだ。


「素晴らしい友情です。私にも、あなた達のような友人がいてくれれば、と思わずにはいられません」

「お褒めにあずかり光栄ですわぁ」


 心底クローディアをうらやむイヴァンに、アビゲイルは応じた。


「イヴァン様は、わたくし達をニコラウス殿下に引き渡した後は、そのまま風魔法の馬車で帰国されますわね?」

「そのつもりです。よほどのイレギュラーがない限り、ですが」


 アビゲイルの確認に、イヴァンは頷き、注釈のように不測の事態を口にした。


「ベラの時魔法の準備は万全ですか?」

「はい。失敗する訳にはいきませんから――魔法陣を書いた紙は、予備も含めて三枚用意してあります。最悪、魔法陣がなくても、私一人で発動させることもできます。コンスタンティン様がその場にいれば、該当の時間を探すことも、難しくないはずです」

「わかりました」


 時魔法についても、イヴァンとベラが確認しあった。


「作戦が無事に成功した時は――可能であれば失敗した場合も――連絡を下さい。成功した際には、クローディアの帰国に向けた準備を始めます」

「はい。可能な限り早くお伝えしますわぁ。クローディア様のこと、よろしくお願いしますわぁ」


 イヴァンの言葉を、アビゲイルが請け負った。


「馬車が出立してしまえば、その後の連絡はできません。手紙が届く訳ではありませんから」

「出立したら、作戦は何があっても決行、という訳ですわぁ」

「ただし、合流後の行動は――謁見の中止の可能性もないわけではないので――実行メンバーで相談して、ニコラウス殿下が決定します」


 イヴァンの注意に、アビゲイルとベラが言葉を継いだ。


「その他に、確認すべきことはありますか?」


 イヴァンは最後に確認し、誰からも発言がないことを確認すると、よし、と頷いた。


「打合せは以上としましょう。少しの休憩の後、出立しましょう」


 イヴァンの言葉に、一同はほっと息をついた。


「では、軽食を用意しますね」


 エレーナがそう言って、談話室を出て行った。


「なんだか、私まで緊張してきちゃったわ。王宮で待っているだけなのに」


 オリガは、自分の身体を抱いて、そう言った。


「私も、緊張で、昨晩は眠れたのか眠れなかったのか分からないくらいです」

「それはいけませんわぁ。わたくしは、ぐっすり睡眠をとりましたわぁ」


 言葉とは裏腹に眠そうには見えないベラに、アビゲイルは能天気な言葉を返した。


「さすがアビゲイル。大物ね」

「お褒めにあずかり――」

「――そこは、お恥ずかしながらですよ」


 オリガのコメントに、アビゲイルとベラがいつも通りのやりとりで応じた。


「イヴァンは大丈夫?」


 オリガは、婚約者を気遣って声をかけた。


「ええ、問題ありません。普段の仕事の方が、もっと胃が痛くなるような案件や、背筋が凍りつくような事件を扱っていますから。今回の仕事は、マノン王国までの案内役なので、それほど緊張もしていません」


 イヴァンの穏やかそうな言葉に、オリガは小さく頷いた。

 以前であれば肩肘張って絶対に失敗させないようにと気負っていただろう。しかし、今のイヴァンは、集中はしていても緊張はしていない、良いコンディションでいるようだった。


「何よ、イヴァンのくせに、ちょっと……」


 なにやらごにょごにょと言葉を濁したオリガに、すすすと両側からアビゲイルとベラが近寄った。


「かっこいいじゃないの、ですわよね?」

「惚れ直しちゃうじゃないの、ですね?」


 耳元に息を吹きかけるように囁かれた二人の言葉に、オリガはひゃぁと声を上げた。


「二人とも止めなさい! ベラ、あなた本当に緊張しているんでしょうね?」

「もちろんでーす」


 オリガに返されたベラの軽い返事は、本当なのか嘘なのか。

 三人の間に笑いが生まれたので、これはこれで、彼女達なりのリラックスの方法なのかもしれなかった。


「アレクセイ。例のアレは――?」

「用意しました。お手荷物の中に間違いなく」


 イヴァンがアレクセイに声をかけ、指示が無事に完了していることを確認した。


「なんですか?」


 それを聞いていたベラは首を傾げて見せた。


「もしもの時のために、というやつです」

「?」


 その答えになっていない答えに、ベラは頭の上に疑問符を浮かべた。


「みなさんお待たせしました。作戦会議の片手間で食べても良いよう、簡単なものですが」


 そこで、エレーナが談話室に戻り、侍女達が食事を運び入れた。一同は、早速それに手を伸ばした。

 簡単なものとの言葉通り、メニューはサンドイッチだった。

 そして、一口食べたアビゲイルは、ゆっくりと味わうように目を閉じてから――。


「これは――簡単だなんてとんでもないですわぁ!」


 かっと目を見開いたアビゲイルは、例によって談話室に声を響かせた。


「あら、また始まったわね」


 オリガが、慣れた様子でそう言った。


「サンドイッチ――今回作っていただいたBLTサンドイッチは、その名前の通りベーコン、レタス、トマトがパンに挟まれたシンプルな料理ですわぁ」


 アビゲイルは、しかし、とことわった。


「シンプルと言いながら、各素材に何を使うのか、調味料に何を使うのか、細かい調理手順をどうするか、によって味わいの変わる、大変奥深い料理なのですわぁ。そして、今回のBLTサンドイッチは――」


 アビゲイルは、感想に移った。


「何よりもまず、ベーコンが美味しいのですわぁ。これは、妥協することなく良い質のお肉を使い、こだわり抜いた手法で調理したベーコンだけが出せる味わい。噛み締めると染み出す油に至るまで、とっても美味しいのですわぁ」


 アビゲイルは、その一素材についてかなり熱く語った。


「そして、そのベーコンを、カリカリになるまで焼いているのですわぁ。その歯ざわりがアクセントとなり、次の一口が待ち遠しくなるほどですわぁ」


 アビゲイルは、他の素材にも矛先を向けた。


「レタスはパリッとした食感を最優先にして、レタス自体の風味は抑えた品種を使っていますわ。それからトマト――実は、トマトこそがBLTサンドイッチの鍵となる食材だと考える方もいるほど、全体の味の印象を変えてしまうのですが――このトマトはしっかりと新鮮な味があり、ベーコンだけではない味の調和がイメージされるのですわぁ」


 アビゲイルの言葉はさらに続く。


「最後にパンですが、白パンではなく、全粒粉を使った荒々しいパンを使っていますわぁ。そして、一手間を惜しまず、本当に軽くだけトーストしてあるのですわぁ」


 まだまだ彼女の勢いは止まらない。


「そして、その全体を軽く――食材の歯ざわりを押しつぶさず、それでいて持ちやすい程度に――力をかけてなじませ仕上げているのですわぁ」


 ようやくアビゲイルは、まとめに入った。


「全ての食材の、味の調和、口当たりの調和、食べやすさの調和が取れた、まさにバランスこそが最大の魅力と言える一品ですわぁ!」


 言い切ったアビゲイルに、オリガとベラが思わず拍手してしまう。


「エレーナさん。今回のお料理も――」

「はい。大好評でしたと料理長に――この会話も、何度目になるでしょうか。いつも美味しく食べていただき、本当にありがとうございます」

「こちらこそ。ありがとうございましたですわぁ」


 給仕をしたエレーナにとっても、これだけ喜んで食べてもらえるのは侍女冥利に尽きるのだろう。

 アビゲイルとエレーナは、お互いに礼を言い合うのだった。


「イヴァン様――」


 盛り上がる一同とは違い、いつも通りに冷静な声色で、アレクセイがイヴァンに耳打ちした。


「クローディア様ですが――」


 その囁かれたアレクセイの報告に――。


「――やはりそうか」


 イヴァンは、静かに頷いたのだった。


「……」


 そして、その様子を――オリガが見つめていた。



 ◆ ◆ ◆



「皆様、大変お世話になりましたわぁ。短い間でしたが、とても温かい毎日でしたわぁ」

「どうかお元気で。無事に全てが終わったら、必ず連絡します」


 風魔法の馬車に乗り込む前に、アビゲイルとベラは改めて別れの言葉を伝えた。

 無事に証拠がつかめれば、彼女達はマノン王国に帰国することになる。あるいは、証拠をつかむことができなくても、ストロガノフ王国には戻れないだろう。

 いずれにせよ再会は遠く、惜しむ別れは大げさなものではなかった。


「お二人のおかげで、王宮に花が咲いたようでした」


 アレクセイが落ち着いた声色で言った。


「にぎやかに騒ぐくらいしかできませんでしたが。そう言っていただけると、クローディア様に付いてきたことも無駄ではなかったと思えますわぁ」


 アビゲイルがそう応えた。


「諸々が落ち着いたら、ぜひまたお越し下さい」


 エレーナは、目に涙を浮かべながら、そう言った。


「必ずまた会いに来ます。三人でそろって。そうしたらまた、お喋りして下さい」

「はい、是非」


 返されたベラの言葉に、エレーナは力強く頷いた。


「アビゲイル、ベラ。絶対に、また、私も混ぜた女子会をするわよ。約束だからね!」


 オリガもぶんぶんと手を振りながら声を上げた。


「オリガ様、確かにお約束いたしますわぁ。今度はもっとあれやこれやと踏み込んだ話をお聞きしますわぁ」

「再会を楽しみにしています。イヴァン様とお幸せに、オリガ様!」


 アビゲイルとベラは、オリガに応え、それから二人で馬車の客車へと乗り込んでいった。


「では、不在の間を頼みます」

「はい。どうか無事のお戻りを」


 イヴァンの言葉に、アレクセイはいつも通りに主を送り出した。


「イヴァン様、余計なことかもしれませんが、アビゲイル様の――」

「承知しています。いつも細かいところに気付いてくれて、ありがとう」


 何かを伝えかけたエレーナの言葉を途中で遮り、イヴァンは礼を口にした。その反応で、何かが伝わったのだろう、エレーナは深く頭を下げた。


「あっ、イヴァン――」


 アビゲイルとベラに続こうとしていたイヴァンが、オリガの声に振り向いた。


「あのね――」


 オリガは何かを言いかけたが。


「ううん、なんでもない。しっかりね!」


 オリガの激励に笑顔と頷きを返し、イヴァンも馬車へと乗り込んだ。

 そして――。

 御者が立てた鞭の音を合図に。

 風魔法の馬車は、一路、空へと向かうのであった。

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