ある精神異常者のギフト
部屋の隅で、のび太は情けない声を上げた。
「ネズミが出たあ!」
のび太の悲鳴が部屋を震わせる。しかし、助けを求めた机の上にいたのは、青いロボットではなく、足をぶらつかせた奇妙な男、anonymouseだった。 「尻尾、生えてこないかな。お前にも」 彼は皮肉っぽく笑う。のび太はむっとしたが、返す言葉が見つからない。部屋の隅の影が濃くなり、古びた外套を纏った**“彼”**が低い声を響かせた。
「(ありもしないもの)を目標としないこと。」
まるで哲学書から抜け出してきたような重厚な響き。のび太は後ずさった。 「な、なんなんだよ君たちは……」 「美辞麗句はいらない」anonymouseが肩をすくめる。「俺はさ、同情より解決策が欲しいんだよ」「真理なんてものはなく、あるのは解釈だけだ。あなたの小さな頭脳に見合った質問をしなさい」 と“彼”は厳格に告げる。「苦悩こそが、精神の最後の解放者なのだ」
理性と皮肉の応酬にのび太がめまいを覚えたその時、押し入れの暗がりから、泥臭くも清らかな声が漏れた。 「おら、ちっともわるくね。清くただしい」 宮沢賢治の童話から迷い込んだようなその無垢な声は、張り詰めた空気をふっと緩ませた。
のび太は頭を抱えた。
「なんで今日は変なやつばっかり来るんだよ……」
anonymouse は笑いながら言った。
「普通に生きてさえいればいいんだよ。その“普通”が一番むずかしいんだけどな。自然を敬うとか、驕らないとか。わかるだろ」
のび太は小さくうなずいた。
わかるような、わからないような。でも、胸の奥が少しだけ軽くなる。
「……変なの」 のび太は涙を拭った。 「みんな勝手なこと言ってるのに、なんか、全部ちょっとだけ正しい気がする」
「それが**“ギフト”**さ」 anonymouseがニヤリと笑った。 「誰も同じことは言わない。でも、全部お前のために響く。」
気がつけば、ネズミの気配は消えていた。いや、最初から恐怖が生み出した幻影だったのかもしれない。 「よし。まずは自分を助けるところから、だな」 のび太がつぶやくと、“彼”は満足げに頷き、anonymouseはひらりと手を振って夕闇に溶けた。
部屋の外では、夕暮れの風が静かに吹いていた。 便利な道具などない。けれど、のび太の胸の奥には、借り物ではない静かで確かな灯がともっていた。




