最終話 灰の薔薇は夜明けに咲く
辺境に戻ると、城の人々が総出で迎えてくれた。
「お帰りなさい、キアーラ様!」
「王国を救ったんですってね!」
エリスが泣きながら抱きついてきた。他の使用人たちも、心から喜んでくれている。
辺境伯は温かく微笑んで言った。
「よくやった、キアーラ嬢。いや、もうキアーラでいいだろう。お前は、この領地の誇りだ」
その言葉に、私の目頭が熱くなった。
誇り。
私は誰かの誇りになれたのだ。魔法使いとして、ありのままの自分として。
「辺境伯様、ありがとうございます。でも、私一人の力ではありません」
私はアシュレイを見た。
「アシュレイが一緒だったから、成し遂げられたんです」
「ああ、アシュレイも立派だった」
辺境伯は満足そうに頷いた。
「ところで、二人とも。私に話したいことがあるのではないか?」
私とアシュレイは顔を見合わせた。
「はい」
アシュレイが一歩前に出た。
「辺境伯様。私は、キアーラを妻に迎えたいと思っています」
城中が、静まり返った。
そして次の瞬間、歓声が上がった。
「まあ! ついに!」
「アシュレイ様、おめでとうございます!」
エリスが飛び跳ねて喜んでいる。
辺境伯は穏やかに微笑んだ。
「キアーラ、お前の気持ちは?」
「私も......アシュレイと、ずっと一緒にいたいです」
私は頬を赤らめながら答えた。
「では、決まりだな。近いうちに、婚礼の準備を始めよう」
「ありがとうございます!」
私たちは深く頭を下げた。
その夜、城では祝宴が開かれた。
使用人たちも騎士団の仲間たちも、みんなが心から祝福してくれた。
私は生まれて初めて、こんなに多くの人に囲まれて笑った。
偽りの笑顔ではなく、心からの笑顔で。
「幸せか?」
アシュレイが、私の隣で囁いた。
「ええ。こんなに幸せなこと、初めて」
私は彼の手を握った。
「あなたに出会えて、本当に良かった」
「俺もだ」
アシュレイは優しく微笑んだ。
宴が終わり、私は一人で城の庭に出た。
夜空には、満天の星が輝いている。
「母さん、見てる?」
私は空に向かって囁いた。
「私、幸せになったよ。あなたが言っていた通り、私を必要としてくれる人に出会えた」
風が、優しく頬を撫でた。
母が、笑っている気がした。
「キアーラ」
背後から声がして、振り返ると父が立っていた。
ローゼンベルク伯爵、私の父。
「父上......なぜ、ここに?」
「お前に、謝りたくて」
父は苦しそうな表情で言った。
「私は、お前を見捨てた。保身のために、実の娘を」
私は黙って父を見つめた。
「許してくれとは言わない。でも、一つだけ言わせてくれ」
父は深く頭を下げた。
「お前を、誇りに思う。お前は、私よりもずっと強く、立派だ」
私の胸が、締め付けられた。
怒りも、恨みも、もう残っていなかった。
ただ、哀れみだけがあった。
「父上、顔を上げてください」
私は静かに言った。
「私は、もう許しています。でも、父上と私は、もう別の人生を歩んでいます」
父は顔を上げた。その目には、涙が光っていた。
「そうか......そうだな」
父は寂しそうに微笑んだ。
「幸せになれよ、キアーラ。お前は、それに値する」
「ありがとうございます」
それが、父との最後の会話だった。
父は城を去り、私は新しい家族のもとへ戻った。
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それから一ヶ月後。
辺境伯の城で、私とアシュレイの婚礼が執り行われた。
花で飾られた礼拝堂。集まった人々の温かい視線。
私は純白のドレスを着て、アシュレイの前に立った。
「キアーラ・ローゼンベルク、お前を妻として迎えることを誓うか?」
神父が問う。
「誓います」
アシュレイは力強く答えた。
「お前の魔法も、過去も、すべてを受け入れる。そして、生涯お前を守ることを」
私の目から、涙が溢れた。
「アシュレイ・ヴォルフ、お前を夫として迎えることを誓うか?」
「誓います」
私は震える声で答えた。
「あなたと共に歩み、この力を人々のために使うことを」
「では、誓いの口づけを」
アシュレイは優しく私の頬に手を添えた。
そして、唇を重ねた。
礼拝堂が、歓声と拍手に包まれた。
私たちは、夫婦になった。
披露宴では、驚くべき知らせが届いた。
「王都からの使者が参りました」
エリスが興奮した様子で告げた。
使者が持ってきたのは、国王陛下からの親書だった。
アシュレイがそれを読み上げる。
「『キアーラ・ヴォルフ殿。王国の救世主であるあなたの功績を讃え、ここに魔法使いへの迫害を段階的に廃止することを決定する。また、あなたを王国魔法顧問に任命したい』」
会場が、どよめいた。
「魔法顧問......」
私は信じられない思いだった。
「さらに続きがあります」
使者が言った。
「エドワード第二王子は、自らの過ちを深く反省し、王位継承権を放棄されました。そして、セシリア・ブランシュとの婚約も当然破棄され、彼女は反逆罪で投獄されています」
エドワード様が、王位を捨てた。
それは、彼なりの贖罪なのだろう。
「キアーラ様、受けるのですか?」
エリスが心配そうに聞いた。
私はアシュレイを見た。
「どうする?」
「お前が決めろ。俺は、お前の選択を支持する」
アシュレイは微笑んだ。
私は少し考えてから、答えた。
「使者殿、お伝えください。魔法顧問の件、お受けします」
「本当ですか!」
使者が喜んだ。
「ただし、条件があります」
「条件とは?」
「私は辺境を離れません。ここを拠点として、必要な時だけ王都に赴きます」
私は辺境伯を見た。
「そして、この地で魔法使いのための学院を作りたい。迫害されてきた魔法使いたちが、正しく力を学べる場所を」
辺境伯は嬉しそうに頷いた。
「素晴らしい考えだ。全面的に協力しよう」
「ありがとうございます」
私は使者に向き直った。
「これが私の条件です。国王陛下に、お伝えください」
「畏まりました」
使者は深く頭を下げた。
こうして、私の新しい使命が始まった。
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それから三年の月日が流れた。
辺境の森の一角に、立派な学院が建っていた。
「光の魔法学院」
正門の上に掲げられた看板が、朝日を浴びて輝いている。
私は院長として、この学院を運営している。
かつて迫害されていた魔法使いたちが、今ではここで堂々と学んでいる。
年齢も出身も様々な生徒たち。でも、みんな同じ目的を持っている。
魔法を、正しく使うこと。人々を守り、助けるために。
「キアーラ先生!」
若い生徒が駆け寄ってきた。
「治癒魔法、できるようになりました!」
「見せてごらんなさい」
私は微笑んで言った。
生徒が手をかざすと、傷ついた花が美しく咲き直った。
「素晴らしいわ。その調子よ」
生徒は嬉しそうに頷いて、教室に戻っていった。
「相変わらず、良い先生をしているな」
背後から声がして、振り返ると夫が立っていた。
アシュレイは今でも騎士団長として、この地を守っている。そして、学院の護衛も兼ねている。
「あなたこそ、相変わらず良い夫をしているわ」
私は冗談めかして言った。
「当然だろう」
アシュレイは笑って、私の腰に手を回した。
「ただいま」
「お帰りなさい」
私は彼に寄り添った。
三年前、この人と出会えて本当に良かった。
あの時、森で助けてくれなければ、今の私はなかった。
「そういえば、王都から手紙が来ていたぞ」
「また? 今度は何かしら」
アシュレイが手紙を渡してくれた。
開封すると、それはエドワード様からの手紙だった。
『キアーラ
お元気ですか。突然の手紙、お許しください。
私は今、王都を離れ、東の辺境で医師として働いています。
あなたに教わったことを、ようやく理解し始めました。
大切なのは、地位でも名誉でもなく、誰かのために何ができるか、でした。
私は愚かでした。本当に価値あるものを、自分の手で捨ててしまった。
でも、後悔はしていません。あれがあったから、今の私があるのですから。
あなたの幸せを、心から祈っています。
そして、いつかまた、友人として話せる日が来ることを願って。
エドワード・ヴァレンシュタイン』
私は手紙を折りたたんだ。
「どうする? 返事を書くか?」
「ええ。でも、今日じゃなくていいわ」
私は空を見上げた。
青く澄んだ空。白い雲が、ゆっくりと流れている。
「今日は、もっと大事な用事があるの」
「大事な用事?」
アシュレイが首を傾げた。
私は彼の手を取って、学院の裏手にある丘へと案内した。
そこには、薔薇の庭園が広がっていた。
私が三年かけて育てた、思い出の場所。
様々な色の薔薇が、今を盛りと咲き誇っている。
「綺麗だな」
アシュレイが感嘆の声を上げた。
「ええ。でも、一番綺麗な薔薇は、まだこれからよ」
私は庭園の中央に植えられた、一本の薔薇の木を指した。
灰色の薔薇。
かつて私は、灰を被った薔薇だった。
本当の色を隠し、誰にも見せることができなかった。
でも今は違う。
「見て、アシュレイ」
灰色の薔薇が、ゆっくりと色づき始めた。
灰色が剥がれ落ち、その下から鮮やかな色が現れる。
深紅。
情熱の色。生命の色。
「これが、本当の私の色」
私は微笑んだ。
「長い夜が終わって、ようやく夜明けが来たの」
アシュレイは私を抱きしめた。
「お前は、本当に強く、美しい」
「あなたがいてくれたからよ」
私は彼の胸に顔を埋めた。
「一人じゃ、こんなに強くなれなかった」
「これからも、ずっと一緒だ」
「ええ、ずっと」
私たちは、深紅の薔薇の下で口づけを交わした。
そして、そっと私は彼に囁いた。
「ねえ、アシュレイ。実は、もう一つ大事な話があるの」
「何だ?」
「私たち、親になるのよ」
アシュレイは目を見開いた。
「本当か!?」
「ええ。もうすぐ、三人家族になるわ」
彼の目に、涙が光った。
「ありがとう、キアーラ」
「こちらこそ。あなたと出会えて、あなたの子を授かれて、私は世界一幸せよ」
遠くから、学院の鐘が鳴り響いた。
新しい一日の始まりを告げる鐘。
私たちは手を繋いで、丘を下りた。
生徒たちが、私たちに手を振っている。
辺境伯が、城の窓から微笑んでいる。
エリスが、嬉しそうに駆け寄ってくる。
これが、私の世界。
かつて失ったと思った全てを、今は持っている。
いや、失ったからこそ、本当に大切なものを見つけられたのかもしれない。
「キアーラ」
「ん?」
「愛してる」
アシュレイが囁いた。
「私も、愛してるわ」
私は彼の手を強く握った。
太陽が高く昇り、世界を照らしている。
灰の薔薇は、夜明けに咲いた。
そして今、私の人生に、新しい花が咲こうとしている。
魔法使いとして。
妻として。
そして、母として。
私は、もう誰も恐れない。
自分を偽ることもない。
ありのままの私で、この世界を生きていく。
愛する人たちと共に。
---
**十五年後**
「ママ、見て見て! 治癒魔法ができたよ!」
幼い少女が、嬉しそうに駆け寄ってきた。
銀色の髪と紫色の瞳を持つ、私たちの娘、ルナ。
「すごいわね、ルナ」
私は娘を抱き上げた。
「でも、魔法は何のために使うか、覚えてる?」
「うん! 人を助けるため!」
ルナは元気よく答えた。
「その通り。偉いわ」
私は娘にキスをした。
学院の庭では、かつての生徒たちが教師として、新しい世代に魔法を教えている。
魔法使いへの差別は、まだ完全にはなくなっていない。
でも、確実に変わってきている。
人々は、魔法使いが悪ではないことを、少しずつ理解し始めている。
そして、いつか。
魔法使いも普通の人間も、本当の意味で共存できる世界が来る。
私は、そう信じている。
「キアーラ、そろそろ時間だぞ」
アシュレイが声をかけてきた。
今日は、王都での魔法政策会議に出席する日だ。
「分かったわ。すぐ行く」
私はルナを下ろすと、学院を後にした。
振り返ると、学院の屋上で深紅の旗が風に靡いている。
灰の薔薇の紋章が、誇らしげに描かれている。
これが、私の生きた証。
かつて灰を被っていた薔薇が、今では多くの人に希望を与えている。
「行こうか」
アシュレイが手を差し出した。
「ええ」
私は彼の手を取った。
そして、私たちは新しい未来へと歩き出した。
魔法と共に。
愛と共に。
希望と共に。
灰の薔薇は、永遠に咲き続ける。
夜明けの光の中で。
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