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魔法使いと騎士団長  作者: 九葉(くずは)


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第1話 婚約破棄と追放

「キアーラ・ローゼンベルク。お前との婚約を、ここに破棄する」


王宮の謁見の間に、エドワード様の冷たい声が響き渡った。


私は静かに顔を上げる。目の前には、五年間婚約者として過ごしてきた第二王子エドワード・ヴァレンシュタインが立っていた。金色の髪と青い瞳を持つ彼は、この国で最も美しい王子様と謳われている。


かつて、私はその笑顔に心ときめかせたこともあった。


でも、今はもう何も感じない。


「理由を、お聞かせ願えますか」


私は震える声を必死に抑えて尋ねた。膝が笑っている。でも、ここで倒れるわけにはいかない。最後まで、ローゼンベルク伯爵家の令嬢として、誇り高くありたかった。


エドワード様の隣には、薄紅色のドレスを着た少女が立っていた。侯爵家の令嬢、セシリア・ブランシュ。彼女は私を見て、わざとらしく悲しそうな表情を浮かべている。


(ああ、そういうことね)


全てを理解した。


「お前が魔法使いだからだ」


謁見の間が、静まり返った。


魔法使い。


この国では、その言葉は死刑宣告と同じ意味を持つ。


三百年前、魔法使いたちが引き起こした大災厄。王都の三分の一が焼き尽くされ、数万の人々が命を落とした。以来、ヴァレンシュタイン王国では魔法使いは悪魔の使いとして迫害され、見つかり次第処刑されることになっている。


私は生まれながらにして魔法使いだった。


でも、それを知っているのは亡き母と、ごく一部の使用人だけのはずだった。どれだけ気をつけて、どれだけ注意深く、魔法の痕跡を消してきたか。


「証拠がございますの?」


私は最後の抵抗を試みた。でも、心のどこかでは分かっていた。もう終わりなのだと。


エドワード様は侍従に目配せした。侍従が銀の盆に乗せて差し出したのは、一冊の古い日記帳。母の字で書かれた、私の出生の記録。


「これは......」


「お前の屋敷から見つかった。お前の母親が、お前が魔法使いとして生まれたことを詳細に記している」


血の気が引いた。あの日記は、母が亡くなった時に処分したはずだった。いったい誰が、どうやって。


「キアーラ様は魔法使いなんかじゃありません!」


私の侍女、マリアが叫んだ。彼女は幼い頃から私に仕えてくれている、たった一人の味方だった。


「黙れ、下賎の者が」


エドワード様が冷たく言い放つ。こんな表情、見たことがなかった。


「殿下、どうかお慈悲を」


父が、ローゼンベルク伯爵であるはずの父が、床に額をこすりつけて懇願している。その姿があまりにも惨めで、私は目を逸らした。


「伯爵、あなたは知っていたのですか?」


「い、いえ、まさか! 私は何も!」


父は必死に首を横に振る。嘘だ。父は知っていた。母が亡くなった時、父は私にこう言ったのだ。


『お前の秘密は、私が墓まで持っていく。でも、二度と魔法を使うな。お前は普通の人間として生きるんだ』


なのに今、父は保身のために私を見捨てようとしている。


「キアーラ・ローゼンベルク。お前を国外追放とする」


国王陛下が、玉座から重々しく宣告された。


処刑ではなく追放。それは、ローゼンベルク伯爵家という名家への最後の配慮なのだろう。でも、この国を追われることは、死ぬことと同じだった。


周辺国はすべてヴァレンシュタイン王国の属国か同盟国。魔法使いへの迫害は、この大陸全域で行われている。


「三日以内に、この国を出よ。もしそれまでに国内に留まっていた場合は、処刑する」


「......畏まりました」


私は深く頭を下げた。もう何も言うことはなかった。


謁見の間を出る時、最後に振り返った。エドワード様は、セシリアの肩を抱いて微笑んでいた。彼女が私の日記を見つけて、エドワード様に渡したのだろう。


すべては、彼女が第二王妃になるための策略。


私はただの、邪魔な石ころでしかなかった。


廊下に出ると、マリアが泣きながら私に抱きついてきた。


「キアーラ様、キアーラ様......!」


「マリア、泣かないで。あなたは私の侍女でいてくれて、ありがとう」


私はマリアの頭を優しく撫でた。この子まで巻き込むわけにはいかない。


「でも、もうここまでよ。あなたは実家に帰りなさい。私のことは忘れて」


「そんな、そんなこと......!」


「これは命令です」


私は毅然とした声で言った。マリアの顔がくしゃくしゃに歪む。


「お幸せに、マリア。あなたなら、きっと素敵な人生を歩める」


それだけ言い残して、私は王宮を後にした。


振り返らなかった。振り返ったら、泣いてしまいそうだったから。


ローゼンベルク伯爵家の馬車が、私を屋敷まで送ってくれた。でも、屋敷に着くと、使用人たちの視線が冷たかった。


「魔女だったなんて......」


「気持ち悪い」


「近寄らないで」


ヒソヒソと囁く声が、廊下に響く。昨日まで「キアーラ様」と慕ってくれていた人たちが、今日は私を化け物を見るような目で見ている。


父は、書斎に引きこもったまま出てこなかった。


私は自室に戻り、旅支度を始めた。持っていけるのは最小限の荷物だけ。ドレスも宝石も、もう必要ない。


着替えと、わずかな現金と、母の形見のペンダント。


それだけを鞄に詰めた。


窓の外を見ると、王都の街並みが夕日に染まっていた。生まれてから二十年間、ずっとこの街で生きてきた。


もう二度と、戻ってくることはないだろう。


(私は、何のために生まれてきたんだろう)


込み上げてくるものをこらえて、私は目を閉じた。


母はいつも言っていた。


『キアーラ、あなたの魔法は呪いじゃない。いつか必ず、あなたを必要とする人が現れるわ』


でも、そんな日は来なかった。


魔法は、私から全てを奪っただけだった。


夜が明けると同時に、私は屋敷を出た。誰も見送りには来なかった。父も、使用人たちも。


それでも良かった。


もう、この家には何の未練もない。


王都の門を出る時、門番が嘲笑うように言った。


「魔女め、二度と戻ってくるなよ」


私は何も答えず、ただ前を向いて歩き続けた。


王都を出て、西へと続く街道を進む。西の果てには、「忘れられた森」と呼ばれる深い森がある。そこを抜ければ、隣国への山道があるらしい。


でも、その森には恐ろしい魔物が棲んでいると噂されていた。


(それでもいい)


どうせ、もう失うものは何もない。


街道を半日ほど歩いただろうか。太陽が傾き始めた頃、後ろから馬蹄の音が聞こえてきた。


振り返ると、三人の男たちが馬に乗ってこちらに向かってくる。


「おい、お前、魔女のキアーラ・ローゼンベルクだろ?」


私は立ち止まった。逃げ場はない。


「賞金が出てるんだぜ。魔女を始末すれば、金貨百枚だ」


男たちが剣を抜く。私の心臓が、激しく鳴り始めた。


追放だけでは足りなかった。エドワード様は、私を完全に消し去りたいのだ。証人として。


「待って、私はもう王国を出ようとしてる。どうか見逃して」


「そうはいかねえ。死んでもらうぜ、魔女」


男たちが馬から降りて、私を囲む。


私は両手を上げた。もう、隠す必要はない。


どうせ死ぬなら、最後くらい、本当の自分として戦いたい。


「私を殺そうっていうなら......」


手のひらに、青白い光が灯る。二十年間、必死に封印してきた魔法。


「覚悟してもらうわ」


魔法陣が地面に広がる。男たちの顔が、恐怖に歪んだ。


でも、次の瞬間。


何も起きなかった。


魔法陣が、消えた。


「な、何......?」


私は愕然とする。魔法が、発動しない。


長年使っていなかったせいで、制御できなくなっているのか。それとも、心が折れてしまったせいで、魔力そのものが失われてしまったのか。


「なんだ、魔法も使えねえのかよ!」


男たちが嘲笑いながら近づいてくる。


私は走り出した。街道を外れて、森の中へ。


「待てえ!」


背後から怒号が響く。でも、私は走り続けた。枝が顔を引っ掻き、根に足を取られて何度も転びそうになる。


それでも、走るしかなかった。


やがて、足が木の根に引っかかり、私は地面に倒れ込んだ。


「はあ、はあ......」


息が、上がる。もう、体が動かない。


「見つけたぞ、魔女!」


男たちが追いついてきた。剣が、夕日を反射して鈍く光る。


(ああ、ここで終わりなのね)


私は目を閉じた。


母さん、ごめんなさい。あなたが言っていた、私を必要とする人には、会えなかった。


剣が振り下ろされる気配がした。


でも、衝撃は来なかった。


代わりに聞こえたのは、金属がぶつかり合う鋭い音。


「......え?」


目を開けると、私の目の前に、黒いマントを纏った男性が立っていた。


彼は片手の剣で、三人の男たちの攻撃を易々と受け止めていた。


「この森は、辺境伯の管理下にある。勝手に入り込んで、人を襲うとは、命知らずな奴らだ」


低く、でも威圧感のある声。


男性が剣を一閃させると、三人の男たちの剣が弾き飛ばされた。


「ひっ......!」


男たちは恐れをなして、馬に飛び乗ると逃げ去っていった。


静寂が戻る。


男性がゆっくりと振り返った。


夕日を背に受けた彼の顔が、ようやく見えた。


銀色の髪と、深い紫色の瞳。傷だらけの顔には、どこか悲しげな表情が浮かんでいた。


「大丈夫か?」


差し出された手を見て、私は呆然とした。


魔女だと分かっているのに、この人は私を助けてくれた。


「あなた、は......」


「辺境伯の騎士団長、アシュレイ・ヴォルフだ」


彼は静かに名乗った。


「この森で何をしている? こんな場所は、魔物が出るぞ」


魔物。そうだった、この森には魔物が。


私が答えに窮していると、遠くから不気味な咆哮が聞こえてきた。


アシュレイの表情が、一瞬険しくなる。


「まずい、魔物の群れだ。立てるか?」


「は、はい」


私は彼の手を取って立ち上がった。その時、彼の手が温かかったことを、今でも覚えている。


「俺についてこい。辺境伯の城まで送る」


「で、でも、私は......」


「事情は後で聞く。今は生き延びることを考えろ」


彼はそう言うと、私の手を引いて走り出した。


暗くなり始めた森の中を、私たちは駆け抜けた。


背後から、無数の足音と咆哮が追ってくる。


でも、彼の手は離れなかった。


(この人は、私を見捨てない)


なぜだか、そう確信できた。


やがて、森の向こうに灯りが見えてきた。石造りの大きな城。


「着いたぞ」


アシュレイが門番に合図を送ると、重い門がゆっくりと開いた。


私たちが中に入ると同時に、門が閉じる。外では魔物たちの怒りの叫びが響いていた。


「助かった......」


私は膝から力が抜けて、その場に座り込んだ。


アシュレイが、私の前にしゃがみ込んだ。


「お前、キアーラ・ローゼンベルクだろう?」


私は驚いて顔を上げた。


「知って、いるんですか......?」


「王都から追放された魔法使いの令嬢。噂は聞いている」


終わった。ここでも、私は拒絶される。


でも、彼の次の言葉は、私の予想を裏切った。


「ようこそ、辺境伯領へ。ここでは、魔法使いは歓迎される」


「......え?」


「辺境伯ヴォルフ公爵は、魔法使いこそがこの国を救うと信じている。だから、迫害された魔法使いたちを、この地で保護しているんだ」


アシュレイは優しく微笑んだ。


その笑顔に、私の凍りついていた何かが、少しだけ溶け始めた。


「安心しろ。ここは、お前の居場所だ」


居場所。


その言葉が、どれほど嬉しかったか。


私は、生まれて初めて、本当に泣いた。

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