6 エドネの街と冒険者ギルド
僕たちは街に入るために必要な身分確認を受けるため、冒険者や商人が並ぶ列に並んだ。
しかし列は思いのほかスムーズに進んでいき、あっという間に僕らの番になった。
「2人ですね。では、身分を確認できるものを提示してださい」
衛兵にそう言われ、アイリーンさんには衛兵に冒険者としての身分証を見せたが、当然僕は身分を証明できるようなものを持っていないので、ここはアイリーンさんに助けてもらうことになった。
「あの、そちらの少年の確認は…」
「あー、それは少し事情があって」
アイリーンさんは衛兵に僕のことを衛兵に簡単に説明した。
ここに来るまでの道で僕が倒れていたことと、荷物も何も持っておらず、おまけに記憶喪失で身分を証明できることがないこと。念の為医者に見せたいため、街の医者について教えてほしいと伝えた。
「うーん。少々お待ちください。確認してきます」
衛兵はずいぶん難しい顔をして迷っていたが、自分だけで判断できそうにないと思ったのか上司に確認をとりに行った。
しばらく経つと衛兵が戻ってきた。
「事情はわかりました。街へ入ってもらって大丈夫です。ただし、身分証が手に入るまでは、身分の確認が取れているあなたが保証人としてこの少年を監視し、君は必ず1人行動をとらないというのが条件です。少しでも問題行動がみられた場合は、保証人のあなたにも責任をとってもらい、お二人とも必要な処分を受けてもらいます。これに了承していただけるのなら、街へ入ることを許可します」
「わかりました。彼の身分は私が保証し、何かあれば私が責任を取ることを約束します」
「では、街へ入っていただいて大丈夫です。それと、この紙に街の医者がいる場所を書いてあるので受け取ってください」
衛兵が一枚の紙をアイリーンさんに手渡した。
「助かります。ありがとうございます」
「エドネの街へようこそ、この町で良い旅ができることを祈っています」
衛兵の人の柔軟な対応とアイリーンさんのおかげにより、僕は街へ入れてもらえることとなった。
街の警備は思っていたよりもかなりしっかりとしているようだ。まあ、国としては犯罪者や悪人を中に入れるわけにはいかないため、これくらいは当たり前のことなのだろう。いや、これでも入れてくれるだけ優しい方なのかもしれない。
僕が悪事を働くことは絶対にないが、僕が何かしてしまった場合アイリーンさんも一緒に責任を負うことになるというのを聞いたからには、絶対に気を緩められない。
しかし、よくよく考えてみれば僕がアイリーンさんを騙している可能性だってなくはないのに、あまり深く考えずに僕の身分の保証を受け入れてくれている。会ったばかりなのにも関わらず、それぐらい信用されているのだと思うと、何だか嬉しい気がする。
「良かったぁ。無事街に入れてくれるみたい」
「ありがとうございます。くれぐれも変な行動は取らないように気をつけます」
「気にしないで、まだ会ってあまり経ってないけど、君がそんなことする人だとは思ってないから。さっ、早く街に入ろう」
そう言って、アイリーンさんは突然僕の手を取った。いきなりのことに僕は驚いたが、気にせずにアイリーンさんは僕の手を引きながら小走りで分厚い城壁をくぐり抜けた。自然と僕の足も進み、門の外へと走り出す。そして僕はついに、街にその足を踏み入れた。
「ここがエドネかぁ。噂通り賑わってるなぁ」
壁の先に広がっていた光景は、僕がここまで膨らませてきた期待を裏切らない素晴らしいものだった。
目の前には石畳の大通りが真っ直ぐに続いており、そこには多くの人が行き交っている。道の両端には屋台や店がずらりと並んでいて、それぞれの店に人が集まりどの店も繁盛しているように見える。さっきまでは遠くの方に聞こえていた賑やかな声もより鮮明になって耳に入ってくる。
そして大通りのさらにその先には、おそらくこの国の城であろう立派な建物がうっすらと見えている。
鳥肌が立つほどの衝撃で、もはやすごいという単純な感想しか出てこない。
僕が感動で立ち尽くしていると、アイリーンさんが声をかけてきた。
「さっき衛兵の人にお教えてもらった医者の所に行きたいところなんだけど、ちょっと先に行かなきゃいけないところがあるからついてきてもらってもいい?すぐ終わるから」
呆然と目の前の景色を見つめていた僕は、その言葉を聞いてハッと我にかえった。
「もちろん。全然大丈夫です。どこにいくんですか?」
「冒険者ギルドだよ。あっ、冒険者ギルドっていうのは私みたいな冒険者がたくさん所属する国を跨いだ大きな組織のことね。この街にそのギルドの支部があって、そこにちょっと用事があるの」
冒険者ギルドか、これも異世界といえば、といったイメージがあるが実際のところはどんな組織であるかはまだ分からない。
「冒険者は国の外で活動することが多いから、ギルドの建物もここみたいに国の端にあることが多いの。すぐに着くからついてきて」
事前に建物の場所を知っているのか、アイリーンさんは迷いなくギルドのある方向へと歩いていく。両端に並んでいる店を通り過ぎながら、僕もそれについていく。
道のりは複雑ではなく、通りをただを真っ直ぐに歩いていくと、右手側に年季の入った木造の建物が見えたところでアイリーンさん足を止めた。どうやらここが冒険者ギルドのようだ。
「ここがこの街の冒険者ギルドみたいだね。」
「場所、知ってたんですか?」
「いや、でもさっきの大通りからこの旗のある建物がみえたからさ、ここだろうなと思って」
そういってアイリーンさんが建物の入り口あたりを指を刺した。そこにはおそらくギルドのシンボルであろうロゴの入った大きな旗があった。建物は街の入り口からもあまり離れておらず、たしかに旗のおかげでわかる人には冒険者ギルドの建物だとわかりそうだ。だから、アイリーンさんは迷わずここまで歩いていたのかと納得する。
「じゃあ入ろっか。色々気になるかもしれないけど、室内だからってどっかいかないで、ちゃんとついてきてね」
そこまで僕は幼く思われているのかと少し複雑に思ったが、アイリーンさんの言葉に素直に頷いた。
ギルドに入ってみると、中には頑丈そうな鎧に剣を身につけた屈強な剣士、いかにもそれっぽいローブを着ている魔法使い、他にも相応の格好をした冒険者たちがたくさんいた。一人一人が強そうな雰囲気を纏っていて、僕なんかが入ってもいい場所ではないんじゃないかと緊張してしまう。もっとも、他の冒険者は僕達のことを気にしてもいないが。
そんな中アイリーンさんは入って真っ先に正面にあった受付へと向かった。
「こんにちは、依頼を完了したのでこれとこれ、お願いします」
アイリーンさんはバックから一枚の紙と袋を取り出し、目の前の机に置いた。
「かしこまりました。内容を確認するので、しばらくこの場でお待ちください」
受付の女性が、笑顔で荷物と紙を受け取り、裏へ下がっていった。その間にアイリーンさんはギルドの用事について教えてくれた。
「これがさっき言ってた用事、冒険者も生きていくにはお金が必要でさ、そのお金を稼ぐためにギルドから依頼を受けるの。依頼内容は、例えばポーションの作成に必要な薬草をとったり、魔物を狩ったり、各国の治安維持への協力だったりいろいろあるんだ。それで、私の用事っていうのはギルドにその依頼達成の報告にいくこと」
冒険者といえば、依頼もつきものだ。依頼を受けて報酬を受け取り、冒険者のランクを上げていく。ここら辺は僕の想像とあまり違いなさそうだ。
「依頼はどこのギルドでも共通なんですか?」
「それは、ものによるかな。冒険者ギルド共通の依頼もあれば、その地域特有の依頼もある。今回私が受けたのは、ギルド共通の薬草採取の依頼。今回採ってきたやつはいろんな地域に生えてるから共通の依頼になってて、別の街のギルドでも報酬が受け取れるの。お金も欲しいし、こうやって道中でできそうな依頼とかはこまめに受けるようにしてるんだ」
「なるほど、そうなんですね」
別ギルドでの依頼は受けられないものだと思っていたが、実際は便利な仕組みになっていたことに感心する。
話しながら待っていると、先ほどの女性が戻ってきた。
「確認できましたので、これにて依頼完了です。こちら報酬になります」
そういって女の人が差し出したのは、さっきよりも一回りほど小さい袋だった。おそらくこの中に依頼の報酬、お金が入っているのだろう。
「ありがとうございます。じゃあ、用事も済んだし行こっか」
「わかりました」
思っていたよりも滞在時間は短く、用事が終わってすぐに僕たちはギルドを後にした。
「お腹も空いたしそろそろご飯をと思ったけど、それよりも1番大事な用事があったね」
「何ですか?」
さっき言っていた医師のもとへいくことだろうか。
「何ですかってトーマ君、自分の足見てみなよ」
少し呆れたようにそう言われ、何かと思って自分の足元を見る。
そうだった。今思い出した。
「あー、もしかして靴のことですか」
「そうだよ。まさか忘れてたの!?」
「いや、何だか慣れてしまって」
「いやいや、忘れないでしょ。まぁとにかく買いに行こう。多分近くに売ってるだろうから」
つい周りの雰囲気に気を取られて、靴を履いていないことを完全に忘れていた。
しかし、このまま靴下のみで歩いているのは周りの人から見てもおかしいだろうから、素直にアイリーンさんについていくことにした。
そうして僕らは、近くのあった服屋で靴を買った。
アイリーンさんは服も買おうと言ってくれたが、服に関しては今のところ支障も無かったのでここでは靴だけ買ってもらうことにした。お金はあとで返そうとは思っているが、かといって服まで揃えてもらうのは、少し気が引けたからだ。
「靴どう?歩いてて問題ない?」
「はい、大丈夫です。買ってくれてありがとうございます。」
やっぱり靴を履くと全然違う。さっきまでは完全な裸足では無かったものの小さな石ころでも踏めば気になってしまっていたが、今は全くそんな不快さを感じることもなく快適に歩くことができる。
「よかった!じゃあ次はお医者さんのところに…」
と、アイリーンさんが言いかけたところでどこからかぐぅ〜と音が鳴った。
いや、どこからかなんて知らないふりをするのはやめよう。それは紛れもなく僕のお腹が鳴った音だった。
「……すみません」
僕は自分でも驚いて、顔がカッと熱くなっていくのを感じて俯く。
恥ずかしい。
「……」
アイリーンさんも驚いたのか、何も言ってくれない。
今からわざわざ僕のために、医者に行ってくれるところだったというのに。申し訳なさと恥ずかしさで頭がいっぱいになる。
恐る恐る顔を上げると、アイリーンさんは唖然とした表情で僕を見つめていたかと思えば、途端に大きな声で笑い始めた。
「あっはっはっはっ!そっかそっか!お腹が空いたか!実は私もお腹すいてたんだ。じゃあ先にご飯食部に行こっか!」
「そっそこまで笑わなくたって…!」
僕はもっと恥ずかしくなって、少し言い返してしまう。
「ごめんごめん。揶揄ったつもりじゃなくてさ。トーマ君ってまだまだ子供なのにさ、どこか大人びてる感じあったから。そういうところ見れてなんだか嬉しいっていうか意外だったっていうか…」
「アイリーンさんとそこまで歳は変わりません」
「私はまぁ、成人してるから。それに3年って結構大きいんだからね」
アイリーンさんはいまだに笑っていたが、僕は恥ずかしさからムキになってしまう。
しかし昨日もご飯を作ってもらって、今日もご飯を奢ってもらう立場だというのにお腹がなってしまった自分のことが図々しく思えてしまって申し訳なかった。
「まぁ、昨日の夜もそこまで量なかったし、あれだけ歩いたのに今日の朝も食べてないんだから、お腹空くのも当然だよ。私も鳴ってないだけで、すごくお腹すいてるしね。それに、トーマ君って倒れる前までちゃんとご飯食べてたかも怪しいしさ」
「…すいません。僕も音が鳴るほど、お腹が空いているとは思わなくて」
「気にしないでよ。それより美味しいお店探そうか、昨日よりもいっぱい食べさせてあげる!」
恥ずかしくも僕のお腹が減ってしまったため、僕たちの次の行き先は医者、ではなく、ご飯屋さんになったのだった。




