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5 旅の道中

太陽が昇り始めた頃。鳥の囀りが聞こえるとともに目が覚めた。

時間については全く分からないけれど大体5時か6時ぐらいだろうか。アイリーンさんはまだ寝ているようだが、少し早く目が覚めてしまったようだ。


昨夜、アイリーンさんと話したあと、すぐに寝付くことができたが、慣れない環境なのもあってかそのあと何度か目が覚めてしまった。今も早く目が覚めてしまったが、日も出てきたし今からもう一度眠れる気もしなかったので、そのまま起きることにした。外で、しかも異世界で迎える朝、なんだか不思議な気分だ。

早く起きることにしたは良いものの、自分にできそうなことは借りた寝具を畳むぐらいだ。それを終えるとすぐにすることがなくなってしまい、アイリーンさんが起きてくるのを座って待つことにした。


実は寝る前、不安だっとことがもう一つあった。昨日の時点で、これはおそらく夢ではないのだろうと思ってはいたがそれでも心配だった。もしかしたら目が覚めたら、またいつもの現実に戻ってしまうのではないかと。もちろん元の世界に心残りが全くないわけではない。家族のことも心配だ。

でも、それでも、あの先の見えない真っ暗な世界よりも、可能性に満ちて見えるこの世界の方にいたいと思ってしまう。それに、この世界は夢で終わらせるにはあまりにも勿体無い。だから目が覚めるたび、目に入ってきたものが寝る前と全く変わらないのを実感するたび、安心していた。そして今、僕は無事異世界での朝を迎えることができ、今に至る。



色々考えながらしばらくぼーっと待っていると、アイリーンさんが起きてきた。

「おはよう…もう起きてたんだね。まだ全然寝てても大丈夫だったのに」

「おはようございます。少し早く目が覚めてしまって…」

「慣れない野営で、良く眠れなかったでしょ?疲れてただろうに、私の方がいっぱい寝ちゃったみたいだね」

僕よりも遅く起きてしまったことを気にしてか、少し恥ずかしそうにそう言った。僕が起きるのが早すぎたのだから、あまり気にしなくてもいいのに。

「私の準備ができたら出発しようと思うんだけど、トーマ君は大丈夫?準備とか」

「大丈夫です。いつでも行けます」

「わかった!じゃあちょっと待っててね。荷物とかまとめるから」

そういってアイリーンさんは起きて早々に、てきぱきと出発の準備を始めた。そういう僕も何もしないままだとアイリーンさんに少し悪い気がしたので火の消えた焚き火の後片付けを手伝うことにした。



準備はあっという間に終わり、出発準備が整った。

最後にアイリーンさんの持っていた地図で現在地と目的地を確認し、ルートの確認も終えた。

「よし、準備完了!じゃあ今から出発しようと思うんだけど、体調とか大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「休憩も挟むけど、もし何かあったらすぐ言ってね。じゃあ行こうか!」

歩き出した頼もしいアイリーンさんの背中を追って、僕も足を進める。

昨日はまだ実感が湧かなかったが、今はまるで遠足前の小学生のような気分でいる。

そして、とうとう僕は初めて目覚めたこの平原を離れ、アイリーンさんと共に異世界で初めて訪れる街「エドネ」へと出発するのであった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「今から歩いて、向こうの街にはどのくらいに着くんですか?」

道なりに進みながら、未だよく分かっていない目的地について聞くことにした。

「えーっと、そうだね。日が1番高く登るまでには着くかな。多分、3時間と少しぐらい」

歩いて3時間、当たり前だが結構かかるみたいだ。

「もし疲れたりしたらすぐ言ってね。時間に余裕がないわけでもないし、これは旅だからね。時間になんかとらわれなくても全然良いんだから」

昨日から思っていたが、アイリーンさんはかなり楽観的な性格のようだ。無計画という訳ははないが、良い意味でマイペースで、状況に応じた行動をとっている。きっとそんなアイリーンさんだからこそ、一年半も1人で旅を続けられているんだろう。

「僕と会う前から今回の旅を続けているんですよね。何日ぐらいかかっているんですか?」

「えーっと、三日前に前の国を出て、今日が四日目になるかな」

「四日も歩き続けているんですか!?」

さすがは冒険者、ということなのだろうか。四日間も野宿をしながら歩き続けるなんて、決して容易ではないだろうに。これだけでも、いかにアイリーンさんがすごい冒険者なのかわかる。対して僕は、普段から運動どころか外に出ることも滅多にない。今から本当についていけるかどうか心配になってきた。

「でも、流石に一日中歩いてるわけじゃないよ。途中で長めの休憩とか寄り道とかもしてるし、あと私は歩くのが遅めだから、他の冒険者とかだったらもう少し早く着くことができるんだけどね。私はのんびり旅したくて、結構時間がかかっちゃうだけかな」

「三日も四日もかかるのは割と普通のことなんですか?」

「うーん。…そうだね。目的地によっては全然それより多いこともあるよ。でもあまりにも遠い時は、いくつかの街や国を経由して行ったり、商人や冒険者が乗ってる馬車に乗せてもらったりすることが多いかな」

何日も外を歩き続けるなんて僕にはまだ想像するのが難しい話だが、この世界の冒険者からしたら当たり前のことなのだろう。本当に、アイリーンさんから色々な話を聞くたびに実感する。ここは元いた世界とは何もかもが違う。文化も、習慣も、魔法だってある。僕は本当にこの世界で、うまくやっていくことができるのだろうかと再び心配になってくる。



道中休憩を挟みつつ、僕たちは色々な話をしながら街までの長い長い道のりを歩き続けた。

かなりの距離を歩いたが、時々商人を乗せた馬車が通り過ぎていくだけで、あたりに人工の建物が建っている様子はなく、疲れが吹き飛ぶぐらいの美しい緑が広がっているだけだった。新鮮な空気の匂いも鼻腔を通り抜けていき、僕は「空気が美味しい」という言葉を今まさに身をもって体感している。

しかし今までの人生で、これほどまで長い距離を歩いたことはあっただろうか。歩けば歩くほど、だんだんと足が重くなってくる。普段から運動をしてこなかったツケが回って来ているようだ。最も、こんな旅をすることになるなんて思ってもみなかったけれど。



道中でのアイリーンさんの話によると、僕たちが向かっている街は、トルスタンという国の端の街「エドネ」だそうだ。大陸の中央あたりにある小さな国だが、貿易を主としていて、積極的に商人たちが行き来することで賑わっている街なんだそう。アイリーンさんの目的は主に観光で、冒険者ギルドの依頼をこなしつつ、エドネ以外の興味がある街へも行く予定のようだ。街には多くの店が並んでおり、食べ物、服、雑貨など様々な物が売られているそう。商人が集まるだけあって、手に入りにくい珍しい商品もたくさんあるとか。

話を聞いただけでも興奮が抑えきれなくなる。今日僕はこの目で直接見ることができるのだ。異世界の国の生活も、建造物も、人も、食べ物も、全部。これだけの出来事が待っていては、興奮を抑えようにも決して抑えることはできない。

思っても見なかった。平凡で、不安しかないただ無駄な時間を消費するだけの人生を送っていた僕が、こんな機会に恵まれるなんて。たったの16年しか生きていな人生だが、きっと地球でどれくらいの時を生きようと見ることができないものを僕は今から目にすることができるのだ。



ちらほらと僕たち以外の人間や馬車が見られるようになった頃、人工物が一切なかった景色から切り替わり、次第に遠くの方に街を囲む高い壁が見え始めてきた。

歩いている間ずっと、その街につくことを心待ちにしていた。考えれば考えるほど、僕の期待は高まり続ける一方だった。そんなふうに浮かれている自分に、アイリーンさんがふと質問してきた。

「トーマ君、昨日私が言ったこと覚えてる?この街についてから、君のこれからについてを決めようって話」

「もちろん覚えてます」

分からないことだらけのこの世界で、僕がこれからどうするのか。僕も少しはそのことについて考えていた。生きていくにはお金が必要で、お金を得るには職が必要だ。それは、元の世界と同じだろう。そうなると当然、職や住む場所が必要で、自分で決めなければいけなくなる。

「急かそうってわけじゃないんだけど、少し考えたられた?これからどうするのかとか」

「…はい。街を見た上でもう少し考えようとは思っていますが、大体は決めました」

「わかった。じゃあ街に入ったら聞かせてね。まだ会って少ししか経ってないけど、私にできることがあれば手伝わせてほしいしね」

「はい。ありがとうございます」

本当にアイリーンさんには何から何まで助けてもらって、ありがたくも少し申し訳なく感じる。

しかし、まだこの世界の暮らしを目にしたわけでもないので確実にそうするとはまだ言いきれないが、この時すでに、僕の心はほとんど決まっていた。

いや、この道しかないかもしれない。そう思うくらいに。


遠くの方に見えていた城壁がはっきりと見え始め、目の前には大きな入り口がどっしりと構えている。入り口には商人や冒険者と思われる人々の列ができており、それだけこの国が賑わっていることがわかる。

「ちょうどお昼くらいだからかな、1番人が多い時間に来ちゃったみたい。そんな時間はかからないと思うけど、話に聞いた通り賑わってるなー。じゃあ、私たちも並ぼうか」

アイリーンさんはそう言って列に並ぼうとしたが、僕には一つ気になることができてしまった。

「あの、アイリーンさん。入り口でやってるのって身分の確認とかそういうやつですよね。僕は身分を証明できるものを何も持ち合わせていないんですが、どうしましょう」

今まで気にしていなかったが、このままだと入り口で怪しいものと見られて捕まってしまうかもしれない。今までのワクワクした気持ちが一気に冷めていき、最悪な場合まで想像してしまう。こういう時の僕は、ありもしないことを考えて止まれなくなってしまう。

「大丈夫だよ、心配しないで。君の身分は私が保証するから。けど、一応当たり障りのないように説明だけして、街のお医者さんとか教えてもらおう。昨日は倒れてたんだし」

それを聞いて余計な不安も消え、ほっとする。

「ほんとに、本当にありがとうございます。何から何まで助けてもらって」

「いいよ。気にしないで、そもそも街へ誘ったのは私だし、責任は取るよ」

アイリーンさんにはたくさんの恩ができてしまった。どこかで、返す機会があればいいのだけど。



色々あったが、長い道のりを歩いて来た末に、僕たちはようやく目的地へと辿り着いた。

果たして僕はこの街で何を見て、何を得るのだろうか。


いざ、行こうじゃないか。僕が異世界に来て初めて目にする街。「エドネ」に。

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