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4 眠れない夜

今日はいろんなことが起きすぎて、これ以上ないぐらいに疲れた。体力的にと言うよりは、情報量の多さに。

アイリーンさんのお言葉に甘えて寝る準備をしてみたはいいものの、なかなか寝付くことができなかった。いくら現実の不安から解放されたとはいえ、寝る前にはだらだらと考え事をしてしまうものだ。

夕方感じた心地よい風とは違って、夜の風は少し肌寒い。

この世界の季節は今、なんなのだろう。昼の感じからして少なくとも今は冬でないだろうこということしか分からない。そもそも、元の世界とは季節だって全く違うかもしれない。

ここがどこなのかも、時間も、どんな人間がいるのかも何も分からない。おそらくここは、僕がいた世界とは全く異なっているだろうから。

元の世界での僕はどうなったんだろう、死んでしまっただろうか、それとも存在ごとなかったことになってしまっただろうか。いいか悪いかは分からないが、学校で毎日顔を合わせる友人もいない、幼い頃から付き合いのある友人が1人だけいるが、そいつはきっとあまり気にしないだろう。ただ気になるのは、家族のことだ。いきなり消えて心配するだろうか、そもそも僕のことを覚えているのだろうか…。



なぜだろう。夢にまで見ていた異世界に来たというのに、何故かすっきりしない。これでもう僕を脅かす不安の種は、なくなったはずなのに。

目を閉じて、珍しく羊を数えてみたりして、寝よう寝ようと意識したが一向に眠くなる気配はない。そう意識するほど目が冴えていく気がする。


このままだと眠れそうになかったため、僕はとうとう体を起こした。それにアイリーンさんも気づいてすかさず優しい笑顔で声をかけてくれた。

「やっぱり眠れない?」

アイリーンさんの声からは、優しさが滲み出ている。静かな夜の空気にあった少しだけ小さな優しい声。

「…なんというか、色々考えてしまって」

アイリーンさんから距離をとって固い地面に座り込み、目の前で揺れる炎をじっと見つめる。

「まぁそうだよね。君も私も、今日は大変な1日になったからね。」

確かにそうだ。アイリーンさんは身元不明の僕を拾い、僕は突然異世界へやってきた。今日はあまりにも、いろんなことがありすぎた。


「そうだ。寝る前に少し話をしよう。さっきちょっと話しただけじゃ、話し足りないでしょ。何か聞きたいことあったらなんでも聞いて」

アイリーンさんはそう話を切り出してくれた。そういうことならと僕は沢山の考え事の中からある話題を引っ張り出して聞くことにした。

「アイリーンさんはお一人で旅をされているみたいですが、いつも野営はどうしているんですか?野生動物とかに襲われたりとか、危険じゃないんですか?」

さっきからずっと気になっていたことだ。現代のように夜道が電灯で照らされているわけでもない何もない真っ暗な場所で、たった1人で寝泊まりするなんて明らかに危険だ。異世界であれば魔物がいるイメージもあるけれど、この世界に実際に存在するかはまだ分からないので、あえて野生動物ということにした。記憶喪失だという設定もなのもあって、言葉選びが難しい。

「あぁ、あまり危なくないかな。これがあるからね」

そういって、彼女は得意げな顔で自身のポケットから宝石のように綺麗な見た目のビー玉を取り出した。

「これは結界石って言って、一種の魔道具なんだけど、これを中心として円形の結界を張ってくれて、何かあったときは守ってくれてるんだ。野生動物はもちろん入れないし、魔物なんかはこんなとこには滅多に現れないからね。そこらの攻撃じゃ壊れることもないし、ソロの冒険者には必須のアイテムだね。値段はまぁ…結構張るけど」

いつも明るい表情をしている彼女が、どこか遠い目をして最後にそう呟いた。どうやらかなりの値段がする代物だったようだ。

それよりも結界が張られているなんて全く気づかなかった。周りを見ても、ただ草木が変わらず生えているだけで特に変わった様子もない。僕が不思議に思って周りをキョロキョロと見回していると、すかさずアイリーンさんが答えてくれた。

「今ははっきりと目に見えないけど、実際に触ってみたらきっとわかるよ。こっち来て正面に手を伸ばしてみて」

そう言って彼女は僕を自身の背中側に誘導した。どうやらここが丁度結界の端になっているようだ。

そして言われた通り、正面に向かって恐る恐る手を空中へ伸ばした。


驚いた。

目の前には薄い膜1枚も張られてるようには見えないのに。まるでそこに壁が存在するかのように僕の手を止めた。力強く押してみても、見えない壁はぴくりともしない。円形というからてっきり半円のようになっているのかと思ったが、結界の端であるのに天井が低くなっている感じはない。円柱型のようになっているのだろうか。


魔法なんて、元いた世界ではみることもなかったし、存在すらしていなかった。なんの変哲もなさそうな、たった1つの小さなビー玉が、こんなに不可思議な結界を張ることができるなんて信じられない。

今まで、車やロボットなどの機械をかっこいいと思うことはあったけれど、その仕組みについて積極的に知ろうとは思わなかった。しかし今は、この魔道具がどのようにして作られて、どのような仕組みになっているのか。知りたくてたまらない。それほどまでにこの小さなビー玉に興味が湧いてくる。

「魔法」にはどこまでの可能性があるのだろうか。

思わず目を輝かせて、何もないはずの場所をじっと見つめる。

「不思議でしょ?今は目には見えないんだけど性能は間違いないから、安心して旅ができるんだ」

「でも、結界を張ったまま旅をするわけじゃないですよね。切り替えができるんでしょうか?」

他にも気になったことはいっぱいあったが、細かい魔法の話をされても今の僕には分かりそうになかったので、比較的聞きやすそうな質問をすることにした。

「あぁ、それはね。なんと張りたい時と閉じたい時に、この玉にほんの少しだけ魔力を込めるだけ!だから魔法が苦手な私でも普通に使えるんだ。まぁわかるのはほんとにこれだけで、仕組みがどうとかなんで魔力を込めたら起動するのかとかは、私には分からないんだけど……とにかくすごいんだ。使いすぎるとヒビが入り始めて壊れちゃうとかも聞いたけど、まだまだ全然使えそうだしね」

「そうなんですね…」

なるほど、結界を張っているとき常に魔力を消耗するようなものではなく、魔法が苦手な人でも扱いやすいものがあるのか。ということは、みんながみんな簡単に魔法を扱えるわけではなさそうだ。


「私はあまり使わないんだけど、こうやって魔力をもう一回込めたら……ほらみて、結界が見えるでしょ」

アイリーンさんが結界玉を手で包んだと同時に、何もなかったその場所に紫がかった半透明の薄い壁が現れた。

「すごい…」

そう思わず声に出してしまうぐらい素晴らしかった。さっき触っていたものが可視化されただけ、と言われればそうなのだが、それだけでこの結界玉の素晴らしさを強調させるには十分だった。

「ふふっ、そうでしょ?最初は私も、半信半疑だったの。確かにそこに結界があることは分かるけど、実際攻撃を受けた時、こんな小さな玉1つで本当に大丈夫なのかなって。でも、私も色々経験して身をもってこの結界玉の凄さを知ったことがあってね…


あれは次の街に移動するついでに、ある依頼を受けて魔物の生息地に討伐に行ってた時のことなんだけど。その日の夜、生息地から離れた場所で野営したんだ。その時はまだ結界の効力を信じきれてなかったから、寝ないように必死になって起きてたの。そしたらね、何故だったかはいまだに分からないけれど、魔物が一匹私について来てたみたいで私が無防備になってるその時を狙って攻撃を仕掛けてきたの。背後を狙った攻撃で、当時眠くて感覚も鈍っていた私はそれに気づかなかった。だけどね、その瞬間火花が散ったみたいな、バチバチって感じの大きな音が聞こえたの。私は結界が壊されたんだと思って、焦って振り返ってみてみたら、そこには結界によって行く手を阻まれた魔物がいたんだ。そしてその音は結界が割れた音じゃなくて、魔物の攻撃を跳ね返している音だったの。

結界はその攻撃によって壊れるわけでもなく、ちゃんと機能してたんだ。


その後私はその魔物を倒して、無事安全に旅を進めることができた。音で危険が迫っているかどうかもわかるし、結界も簡単には壊れない。有害な人も、魔物も一切通さない!ほんとあの時はドキドキしたけど、値段以上の効果だったって実感したよ」

彼女は少しはにかんだような笑顔でそういった。

確かに、こんな暗い中たった1人で寝泊まりしなければいけないのに本当に効果があるかも分からないものひとつで過ごすのはさぞかし不安だろう。だが、どうやらその安全性は本人が体験済みのようだ。

でも、

「どうして、結界を見えないようにしているんですか?いくら効果が分かったとはいえ、見えてた方が安心しませんか?」

僕にはそれがよく分からなかった。効果がわかっていたとしても、結界がそこに存在すると目に見えている方がないよりもずっと安心感を得られそうに思えたから。

「まぁ、確かにそれはそうなんだけどさ…」

彼女はふと空を見上げて、話を続けた。

「せっかくの一人旅で、こんな綺麗な景色を自分の目で直接見ることができるのに、結界に遮られてたら少し勿体無いじゃない?そもそも私は、世界のいろんな景色を見たくて、故郷を離れて冒険者になったからさ。昼も夜も、どんな場所でも、全部この目で見てみたいんだ。今のこの景色もさ、昼間見る景色とは違って、少しだけ灯りで照らされた周りの景色とかこの夜空とか、とっても綺麗だと思わない?何かを通して見るんじゃなくて、この目で直接見ることに意味を感じるっていうか…」

そう語るアイリーンさんの瞳は、夜の小さな光に照らされまるで宝石のように輝いて見えた。

そんなアイリーンさんを真似して、自分も空を見上げてみる。

そこには、元の世界とはあまり変わらない綺麗な夜空が広がっていた。違う部分を挙げるとすれば、周りが暗いお陰で空に浮かぶ星がよく見えることだろう。


今日この場所で目が覚めてから、今現在まで、元いた世界とは全く異なる世界を見ていた。

人も、景色も、道具も、料理も、全部。

でも空は、きっと何も変わっていない。どこへ行ったって変わらず綺麗だ。今までは特に空を見ることに何かを感じたことはなかったけれど、今日の空は、変わらないはずなのに、どこか特別に感じられた。

「この空を見ると、すごく安心する。一日中歩いて疲れた後でも、どこへ行っても、いつも変わらず綺麗で。旅をするのももちろん楽しいけど、これを見るのも、毎日の楽しみなんだ。なんか、今日が終わったーって感じでさ」

今ならアイリーンさんの言っていることに、心の底から共感できる。

僕がこの世界に来て感じるのは、興奮や感動ばかりではなかった。

この体がどうやって、どこから来たのか分からない。この世界について、なんの知識もない。始めて見るものに新鮮さを感じる一方で、その景色に、戸惑いや焦りを感じていた。

だからこの夜空を見ることで少しだけ、そういった気持ちが軽くなったような気がした。


「少しは気分転換になったかな?あまり面白い話はできなかったけど、少しでも君の不安が紛れていたら嬉しいな」

そう言って彼女はまた、いつものような明るい笑顔を僕に向けてくれる。僕がこうやって安心できるのも、きっとアイリーンさんが優しい表情で親切に接してくれるおかげだ。

「いえ、結界玉のお話、聞けてよかったです。本当に、ありがとうございます」

「いいのいいの!さっ、明日も早いしそろそろ寝ようか。私も今から寝ようかな。あっ、もちろん結界と私がちゃんと守るから、安全面は大丈夫だから安心してね」

そう言うと、大きなバッグから薄い毛布を取り出して、アイリーンさんは寝る準備を始めた。

それを見て僕も、貸してもらった寝袋の上に再び寝転がった。


そして、もう一度夜空と向き合った後、目を閉じた。

流石に疲れたのか、安心からか、今度はなんだか、さっきよりも眠れそうな気がした。

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