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3 夢のような現実

その日、僕はいつもとは違う感覚で目覚めた。

まだ寝ぼけていて、はっきりと感じ取ることはできないが、何かに寄りかかって座っているようで、ここがベットでないことは明らかだった。

それに加え、大自然の中にいると錯覚しそうになるぐらいの草木の良い香りと、心地よい風を感じる。


まるで家の中ではなく、外にいるような。


そう思ったところで、まだ寝ぼけていた意識を覚醒させて、目を見開く。

その瞬間僕は、グチャグチャだった思考が全て吹き飛んでまっさらになるほどの衝撃を受けた。

目の前にはまさに、夢のような信じられない光景が広がっており、思わず勢いよく立ち上がる。

すると、草と程よい硬さの土の感触が足の裏から直接伝わる。どうやら僕は裸足になっているようだったが、そんなことはちっとも気にならないぐらい目の前のその光景に釘付けになっていた。



道路のコンクリートや灰色のビルに木々を少し添えた現代社会じゃみることも出来ない。

ただ目の前にあるのは視界のひらけた美しい草原と、一面の緑の上に自由自在に生えている木や花などの植物たち。夕暮れ時なのか、青い空は赤紫色に染まりかけ、陽の光に当てられた植物が空の色に溶け込むように少し赤みがかって見えた。

視界だけじゃない。ふわりと体に当たる風の感覚も、揺れ動く葉っぱの音も、全て合わせた上でひとつの景色に思える。言葉で表すには勿体無いぐらいの、幻想的な光景。

これが夢でなければなんなのだろうか。





「大丈夫!?どこか怪我とか…痛いところない?」


突然背後から焦ったような女性の声が聞こえてきて、はっとして振り向いた。

するとそこには、明らかに日本人には見えない綺麗な金髪をした少女が立っていた。

「私の声聞こえてる?喋れそう?」

目の前の光景に夢中になっていて全く気づかなかったが、どうやら彼女は僕が目覚めてからずっと声をかけてくれていたみたいだ。全てが突然の出来事で訳も分からなかったが、心配そうな表情で話しかけてくれる彼女をひとまず安心させたくて、その言葉にうなづいた。

「よかった!聞こえてるのね!どこか痛いところは?」

「な、ないです…」

見知らぬ少女が、何故かは分からないけど僕を心配してくれている。彼女は僕の手を取って絶えず話しかけてきた。その手の感覚はあまりにもリアルで、本当に夢なのかと疑ってしまう。なんだ、何が起きているんだ。

「あっごめん。いきなり知らない人に話しかけられて混乱してるよね。私はアイリーン。冒険者で、この平原を歩いてたんだけど、道の真ん中で君が倒れてるのを見つけて、君の目が覚めるまで様子見てたんだ」

アイリーン?冒険者?道の真ん中で倒れてた?僕が?昨日僕は間違いなく家のベットで寝ていたはずだ。そして今見ているこの光景は、夢、なはず。

本当に夢かどうかを確認したくて、自分の頬をつねってみる。…痛い。ということは、やっぱりこれは夢じゃないのか?でも、そう信じざる燃えないかもしれない。夢にしてはあまりにも、現実味がありすぎる。


「そうだ!お腹、空いてない?もう日も落ちそうだし、一旦ご飯でも食べない?あまりたいそうなものは作れないけど…」

混乱している僕を見て、気を使ってそういってくれた。一度状況も整理したいし、ありがたく彼女の提案を受けることにした。









「どう?少しは落ち着いた?」

僕たちは開けた草原から少し離れ、すぐそばにあった森の少し入ったところでキャンプのようなことをしていた。赤みがかっていた空も徐々に暗くなっていき、すっかり夜の空気となった。僕たちは焚き火を挟んで、アイリーンさんが作ってくれた温かいスープを飲んでいた。スープの中には、人参のようなものとよく分からない葉っぱが少しだけ入っていた。

「はい。スープ、ありがとうございます。とても、美味しいです」

「よかったよかった!口にあったみたいで!倒れてたから、少しでもちゃんとしたもの食べて欲しくて作ったんだけど、今手持ちの食料があまりなくて、具が少ないんだ。ごめんね」

「いえ、作っていただいただけでも十分です。温かいものを口にできて安心しました。」

スープのおかげで体が温まっていくのを感じる。わざわざ人に作ってもらったものとはいえ、見知らぬ場所で知らない食べ物を口にするのは少し緊張したが、いらない心配だったみたいだ。


「ところで本題に入るんだけど、どうしてあんなところで倒れてたの?」

「それが、自分でもよく分からなくて…。正直なところ、どうして倒れてたか以前に、ここがどこなのかもわからなくて…」

今に至るまでに、自分なりに色々と考えてみた。僕が最初夢だと思っていたこの場所はどうやら現実で、さらにただの現実ではなく、あれほどあり得ないと思っていた異世界のようだった。

僕も最初はまさかまさかと信じることができずにいた。しかし日本、ましてや現代では絶対に見ることのできないであろう景色に、いかにも異世界人という感じの見た目と名前をしたアイリーンさん。最初に彼女が言っていた冒険者という言葉にこの状況。これだけのことを目の当たりにすれば、逆にここが異世界でないと否定するのは難しかった。

ただ分からないのは、何故僕がいきなり異世界に来てしまったのかと言うことだ。よくある異世界ものだと、転移や転生のきっかけは現実世界での主人公の死や、何者かに召喚されることによって起こるものが多い気がするが、僕はただ家のベットで寝ていただけで、死んだわけでもないし、状況からして召喚されたと言うわけでもないだろう。多分。色々考えてみたが、現実から逃げたいと毎日のように思っていた僕からすれば、この異世界転移は願ってもない話で、実際のところ少しだけこの状況を楽しんでいる自分もいる。


しかし、この状況をアイリーンさんにどう説明すれば良いんだろう。いきなり異世界から来ただのなんだのと言っても分からないだろうし。いくら助けてくれた恩人とはいえ、この世界について分からないことが多い中、あれもこれもと喋ってしまうのは危険かもしれない。記憶喪失で通した方がいいんだろうか?

「そういえばまだ聞いてなかったんだけど、自分の名前は?年齢は?…わかる?」

名前か…名前ぐらいなら答えても問題ないだろう。でも、こういう世界で苗字を持つのは貴族だけだというのも聞いたことがある。ならば苗字は答えず、下の名前と年齢だけ答えることにしよう。

「名前は冬真で、年は16です。ここまでは分かるんですが、それ以外のことが全く…」

「なるほど…。じゃあトーマ君?でいいかな。16かぁ…もっと幼く見えるけど」

そういって彼女は、僕の身なりを見て難しい顔をしている。今の僕は、大した情報も得られない真っ白なTシャツとズボンに裸足。

服装からわかることは少しもなさそうだ。にしても僕が幼く見えるって?一応元の世界では平均ぐらいはあったはずなんだけど、この世界ではそういった基準も違うんだろうか。

「記憶喪失、か。ここアイルズ大陸って言うんだけど、これも聞き覚えない?」

「全くないです」

「そっかぁ…」と彼女は再び眉間に皺を寄せて考え込む。にしてもアイルズ大陸か。全く聞いたことがない。どうやらここが異世界であるのは確実なようだ。


「そうだ!私のこと、まだあまり話してなかったよね」

彼女は思いついたように話を切り替えた。自分のことに夢中で気が回っていなかったが、確かに最初に名前と冒険者だと言うのを聞いただけで、詳しいことや、何故助けてくれたのかはまだ聞いていなかった。

「じゃあ改めて、私はアイリーン。年は19。冒険者として剣士をやってて、一年半ぐらい前かな…?冒険者になろうーって決めて、その時からずっとこの大陸を旅してるんだ」

「そうなんですね…あの、アイリーンさん。どうして、助けてくれたんですか?」

「あぁ、それは…まぁ道のど真ん中に人が倒れてたら無視して置いていけないってのもあるけど、荷物も何も持ってる様子ないし、裸足だし、何か訳ありなのかなと思って、とりあえず近くの街まで運ぼうと思ったんだけど、私1人じゃ無理があるし、人が通るのを待とうとも思ったけど、時間も時間で人が全く通らないから、目が覚めるまで待ってた感じかな」

本当に、この人に助けてもらえてよかったと思う。異世界なんて物騒なイメージだし、もしアイリーンさんに助けられていなかったら、よく分からない動物に襲われたり、あるいは悪人に捕まったりなんてことも十分にあり得たかもしれない。

「助けてくれて本当にありがとうございます。おかげで危ない目に遭わずに済みました。」

「いやいや、全然大丈夫だよ。あそこで見知らぬ顔して行ったりしたら、私も気分悪いしね」

彼女は少し照れくさそうにしながらそう答えた。本当に善意で助けてくれたようで、今少し話しただけでもとても心優しい人なのが分かる。


「それで…私今は、近くの街を目指して歩いてたんだけど、このままここで別れる訳にもいかないでしょ。だからさ、よかったらとりあえず一緒に来ない?詳しいことは、そこについてから決めるってことで、どうかな?」

確かに、異世界に来ておそらくまだ数時間しか経ってない。まだこの場からあまり動いていないし、この世界についても分からないことが多い。まずはついて行って街をみて情報を得た方がいいだろう。どうせこのまま1人じゃ何もできないだろうし。

「では、まだ自分1人じゃ不安なことも多いので、アイリーンさんが良ければ、連れて行ってもらえるとありがたいです」

「よし!じゃあ決まりだね。明日はそこを目標にして出発しよう。あと今日は野営になるんだけど、とりあえず私の寝具使って。疲れてるでしょ、今日は早めに寝て明日に備えよう」

「アイリーンさんは、寝ないんですか?」

「あぁ…私は大丈夫だよ。何も起きないとは思うけど一応見張りしておこうかな。でも私も眠くなったら寝るし、気にしないで寝ていいからね」

「何から何まで、本当にありがとうございます。」

「どういたしまして!今日はゆっくり休んで。おやすみ」


ここはお言葉に甘えて、アイリーンさんの寝具を使わせてもらうことにする。本当に親切な人だ。身元も何も分からない僕の面倒を見てくれて、すごく気を遣ってくれている。

最近は人と関わるのを避けて来たのもあって、久々に人の温かさを見にしみて感じた気がする。僕がどれだけ捻くれていようとも、今日ここで受けた善意を疑うようなことはないだろう。


久々にすっきりとした気分で寝付くことができそうだ。

異世界に来た興奮と緊張でいまだに頭が混乱しているが、現実から逃れることができたという安心感を感じている。そんな小さな安心感を抱えながら僕は貸してもらった毛布に横たわった。

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