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異世界貴族アイドル☆プロデューサー! ~地味令嬢の私は、わけあり男子を推して参る~  作者: フセ オオゾラ


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第8話「ライブ、拍手もなく」

「炊き出しを始めますよー! 皆さん、順番に並んでくださいね!」


 一通りの準備が整ったところで、火にかけた大鍋の前で、私は声を張り上げた。


「今更……学生が、来たところで……」


 炊き出しを受け取った男性が、ぽつりと呟いた。それは静かな怒りと、深い諦めが混じっている。


「……」


 私の隣で粥のようなオートミールを配っていたマド君が嫌そう、というか困惑だろうか。そんな顔をしていた。なんで文句言われるんだ、みたいな顔かも。


『どうも、村長は何度も聖教や国に対して、支援要請を依頼していたようです』


 ラリーダ先生の話では、この村はかなり前から要請したものの、放置され、独自に生き残りを図り、自分たちで色々と手を尽くした後のようだった。


(何度も救援をお願いしたのに、誰もこなかった上、待望の救援は、専門家じゃなくて子供が来たんだもんね……)


 村人の気持ちも少しは分かる。


「はい、次の人~」


 と言っても、私らに当たられても困るので、笑顔でさっさと次の人に移行してもらう。

 マド君は私の反応に驚きつつも、倣って同じように対応する。

 そうこうして、半ば作業で炊き出しを終える。涙を流して喜んでいる人も居て、無駄ではなかったと思えた。


「井戸はあるが、生活用水や農業に使う川の方が問題だな」


 片づけをしている最中、アセ様が戻ってきて報告してくれた。アセ様の調査によると、川は瘴気によって濁り、魚も見えないような様子だったそう。


「そうすると作物も……?」

「作物は大打撃を受けている。この村の中だけで消費する分も厳しいようだ」


 なるほど、となると一時的な支援だけでは本当に焼け石に水なのか。

 そういうのも積み重なって、村人の反応も素っ気なかったり、敵対的である、と……。


「……」


 男子たちが不安そうな顔を浮かべている。私はどうすべきか少し考えた。 


「2人はどうしてアイドルになるのかな?」

「プロデューサー?」

「なんでそんなこと聞くんだよ」


 私の唐突な質問に、アセ様とマド君が困惑したような顔をした。プル君もよくわからなそうな顔をする。

 それに、緊張していた。3人はアウェイと言えるような雰囲気で、萎縮していた。私もそうだけど……ここは年長者として、若者にしっかりと道を示さないと!


「こんな時だからこそかな?」


 改めて村の様子を見る。活気がない。生気がない。希望がない。ないないづくしだ。

 今の世界も、別に嫌いって訳じゃない。でも、もっと何も考えずに、好きなことを好きって、推していける世界が、私はいいなと思っている。


「私はね、決まっているよ。ライブの観客を楽しませたいし……一緒に楽しみたいんだ」


 私は、私が目一杯楽しみたい。そのためには、周囲が笑顔じゃないとダメなんだ。

 私一人が楽しくても、共有できなきゃ「推し」じゃない。

 だから、そのためにもまず、目の前の3人を笑顔にできないといけないね。


※※※※※※※※※※※※

 

 すぐに神事を始める、と話がまとまり、祭事服に着替え、祭壇近くで全員が待機していた。

 自分が王子となって初めて、本番と言える祭事に私は少なからず緊張を覚えている。

 それは、本番だからというのもあるが、この村の命運がかかっていると感じる現状にもあった。


「子供らの祭事で、どうにかなるのか……」

「俺たちは国に見捨てられた……」

「最初から、わかっていたことだろう」


 村人の集まりはまばらで、聞こえてくる感じでは否定的な感じだ。


「上手く言葉にしてみんなを励ませればいいんだけどね……」


 身体を動かしていたシャーディが突然そんなことを言った。

 村人のことかと思ったが、シャーディの瞳は、私とマドック、プル-デンスの方を見ている。


『私はね、決まっているよ。ライブの観客を楽しませたいんだ』


 彼女の言葉が思い起こされる。


(それは一体……どれほどの幸せの上に成り立つものだ?) 


 目の前の、今生きるか死ぬかという辛い現実を忘れ、笑顔になれる。

 

(なぜ、神使に……アイドルになるのか……)


 神使になりたい理由もない。学園の規則上、そうであったから以上の理由がない。

 アイドルだって、君にスカウトされたからだ。それくらいしか、私にはない。胸を張って言える理由じゃない。何かのために、などという高尚なものは持ち合わせていない……私は無性に、それが恥ずかしいものだと感じた。


(スカウトされたから……だけでは、ダメなのだな)


 最後の準備に、前髪を整えて、髪色を変えるシャーディ。深呼吸をしてから、私たちに声をかける。


「よぉく見ててね! 私、精一杯やるから!」


 飛び切りの笑顔で祭壇の上にあがる彼女を見送る。


「いっくよー! 全力で楽しんでいこう!」


 拡声魔法で村全体に届くかという声をあげる彼女。

 びっくりした様子の村人が祭壇を見上げた。


「いくべよ」


 プルーデンスが持ち込んだ大型のレコード盤を起動し、そこから音楽が流れ始める。これまで見たこともない段取りに、村人たちが慌てだした。


「あ、あんたら、一体何を……! その奇抜な格好も……!」

「お願いします! この祭事の間だけ、お見逃しいただきたいんです……!」


 村長らしき人間が慌てて祭壇に近づこうとするが、ラリーダ先生が食い止め、頭をさげる。

 その間、ライブが始まった。


「────♪」


 シャーディの神事……彼女がライブと呼ぶそれが、進行していく。

 彼女の渾身の歌と踊りが、周囲に響く。観客席に精霊がぽつり、ぽつりと集まってくる。しかし、学園の時と違って、わっと湧くようなことはない。興味深い? 困惑? そんな感じだろうか。

 それが何故か悔しい。彼女はすごいのだと、もっとわかって欲しいと訴えてしまいたい。

 集まってくる精霊はとどまることを知らない。


「お、おい、精霊たちが……」

「な、なんと……この地には、もう精霊が、いないのかと……!」


 村人たちは驚いていた。ライブではなく、精霊たちの動きに注目している。


「────♪」


 しかし、そんな注目を、シャーディはその歌で、ダンスで奪ってしまった。誰しもが、ライブに釘付けになる。

 気づけば、私は拳を強く握りしめ、彼女のライブに見入っていた。


「楽しませたい……かぁ。はは」


 マドックの呟きが聞こえ、そちらを見れば、マドックもまた、ライブに見入っていた。


「すげーわ。これだけお膳立てされて、奮わない奴がいるか? いたとしたら、そいつは男じゃねぇ」

「マドック……」


 マドックと目が合う。彼の瞳から、普段よりもいっそう、強い意志が見て取れた。


「正直オレはあいつほどできねぇ。でも、負けたくねぇ。あいつがオレに、どんな気持ちで声をかけたか知らねぇけど……」


 拳を強く握りしめた彼は、それを私に向かって突き出す。


「あいつが選んだオレたちの力が、あいつの力になれるんだって、証明したい」

「……!」


 頭を打たれるような気持ちだった。マドックの言葉は、悩む私の心へストンと落ちた。

 私は、彼が突き出した拳に向かって、自分の拳を強くぶつけた。


「そうだな」

「へへっ」


 マドックが不敵に笑う。こんな気持ちは初めてだった。誰かと一緒に、気持ちを共有する。目指すところは一緒だ。


(以前彼女が言っていた……「推す」とはこういう気持ちなのだろうか)

 

 シャーディを見る。祭壇の上の彼女は輝いて見えた。


「──────♪」


 ライブが佳境に入り、より一層力強く歌い上げ、ダンスを締めくくる。


「……拍手は、ないか」


 歌い終わった彼女の呟きが聞こえた。それはきっと、祭壇の裏から見上げていた私たちにしか聞こえない言葉だったろうが、はっきりと聞こえた。

 会場は静まり返っていた。しかし、それは、物足りなかったから、不満だったからではない。彼女へ報いる術が、純粋にわからないのだ。それほど、圧倒されていた。

 そう思う確信がある。何故なら、精霊たちは興奮に震え、魔力の高ぶりが見て取れるほどだった。


「まだまだ続くよ、お楽しみに!」


 そう言ってシャーディは祭壇を駆け下りる。


「うし、次はオレだ!」


 マドックは彼女へ報いる方法を決めたようだ。羨ましいと思った。同時に私も、負けないとも思う。


「次、お願いね!」

「おう、任された!」


 こちらに戻ってきたシャーディが、息を弾ませながら、ぱん! と、マドックの背中を押す。マドックは頬を上気させ、堪えきれない様子で祭壇へと駆け出した。


「いっくぜー! テンションぶち上げていこーぜ!」


 プルーデンスがレコード盤を差し替え、次の曲が流れ始める。マドックが力強く歌い始めた。

 村人たちはもう、困惑しつつも誰もライブを止めようとしておらず、先生に至っては涙を流してライブを見ていた。 


「シャーディ、疲れたのでは……」


 遅まきながらシャーディを労わろうとしたら、既に彼女は精霊側の観客席に回っていた。


(いつの間に……!)


 さらに彼女は、マドックの歌に合わせて手拍子をし、両手を振り上げ左右に振る。


「きゃー! マドくーん!」


 歓声をあげた彼女の声に感化され、精霊たちは段々と思い思いに身体を震わせ、腕を振りライブに合わせて動き始めた。マドックがそれに気づき、顔を赤くしている。


 どん、どん、どん、どん! と祭壇がリズミカルに振動する。

 マドックが、応えるように拳を突き上げ、ダンスと歌に熱を入れていく。


「お、ぉぉぉ……」


 村人たちが、祭壇を、精霊たちの興奮を見て、涙を流した。きっと、初めて見るのだろう。精霊たちの興奮がこの場を支配している。


 マドックはこれまでで一番と言える、会心の出来で歌い上げた。

 虚脱感が襲っているのだろう、やり切った様子だったが、はっとして拳を突き出す。


「まだまだ、楽しんでくれよな!」


 精霊たちが喜ぶようにどん、どん、どん、どん! と祭壇を震わせた。声こそなかったが、強く訴えてくる。もっと欲しい、もっと! という感情。


 息を弾ませてマドックが戻ってくる。


「あいつが前に恥ずかしいとか言ってた気持ち、わかるわ……」

「ああ」


 観客席でのシャーディのことだろうと察しがついた。苦笑を浮かべて答えてやる。


「おい、アセ。次はお前の番だぞ」

「わかっている」


 今更になって、緊張している自分がいた。手に汗を握り、力が抜けそうな足を踏み出そうとして……


「アセ様! ばしっと決めてくださいね!」


 プレッシャーを感じる言葉であったが、マドックがそうされたように、彼女に背を押されると、自分の中のプレッシャーが吹き飛ぶのを感じた。


「任せてくれ!」


 気恥ずかしさと堪えきれない気持ちが口をつき、思わず駆け出す。


「全力で駆け抜けるぞ! 最後まで!」


 その勢いのまま、祭壇上で思いを歌い出した。


(私には力が足りない、しかし、彼女の力になりたい……!)

「アセ様ー!」


 いつの間にか、シャーディはマドックの時のように、精霊たちに混じって観客席の方にいた。シャーディが歓声と笑顔をこちらに向ける。一瞬だが、シャーディを見つめ返す。


(彼女の努力に報いるだけの、力が欲しい……!)


 歌い上げ、踊る。


『────────』


 それに精霊が感応し、『力を貸す』『対価』『契約』といった断片的な内容を伝えてくる。声ではなく、そんな気がする、といったイメージが直接頭の中に入ってくるような感覚。


(力を貸してくれるのか……頼む!)


 そう返答しながらも、歌もダンスも止めない。ダンスを通して、魔力が祭壇へと吸われていくのを感じた。

 観客席一杯となった精霊たちから溢れる魔力が、祭壇を通して空に打ち上げられる。

 内心では驚き、動きが止まりかけていたが、私は歌もダンスも続ける。

 空は快晴であったが、ぱらぱらと雨が降り始める。

 雨が瘴気を押し流し、浄化された空気が村全体を覆い始めた。


「あ、雨だ!」

「これで、次の種蒔きに間に合う……!」

「晴れてるのに……奇跡だ!」


 村人たちが空を見上げて喜び始める。手を取り合って喜ぶものも現れた。


「狐の嫁入りだぁ……!」


 シャーディが何か言っていた気がする。私はもう歌と踊りに必死で、彼女のように注目を集めなおそうなどと考える余裕もなかった。


「───!」


 それでも何とか歌い上げると、村人たちが喜ぶ歓声と、精霊たちの歓喜によって催事場は熱気に包まれていた。


「アセ様!」

「アセ!」

「アセ様~!」


 シャーディ、マドック、プルーデンスが祭壇まで上がってくる。


「おら、感動しただぁ! こんな、こんな……!」


 プルーデンスは村を腕で示した。雨はまだ降り続き、村中も天からの恩恵に笑顔を浮かべている。


「シャーディさん、おらも、おらもアイドルにしでぐれ!」

「……! うん、いいよ! 一緒に頑張ろう!」


 彼女は笑顔で、飛んでもないことを言い出す。


「じゃ、今からしよう!」


 なんというか、浮足立つようなところから、一気に現実にもどされるような言葉だった。

 隣で聞いていた私でさえそう思ったのだから、当人であるプル-デンスはどうだったのだろう。


「い、今か?」


 私が思わず聞き返したのはしょうがないことだと思う。彼女はいつだって突然だ。


「ええ、だって、ほら!」


 シャーディが観客席の集まった精霊たちを指し示す。

 まだ精霊たちの興奮は冷めやらず、どん、どん、どん、どん! と観客席と祭壇を揺らしていた。


「アンコールですって!」


 あんこーる。その意味はわからなかったが、まだ祭事を止めて欲しくない、というのはわかった。精霊たちから、『もっと』『楽しい』といった感情ががんがん送られてくるからだ。


「だから、みんなで一緒に! ……先生~! 次の曲、お願いしますね!」


 そういってラリーダ先生に手を振ると勝手に準備を始めてしまった。ここはもう祭壇場、逃げ場はどこにもない。


「四人って、練習してないだろ!?」


 マドックが悲鳴のような声を上げつつも、ダンスのために適度に距離を取った。


「同じダンスはできるよね!」


 彼女が答えるのと同時に、レコード盤から前奏が流れ始めた。すでに催事場で起こる音の方が大きい気がしたが、何とか曲を聞き、歌詞を思い出す。


「お、お、おら……!?」

「覚悟を決めろ、プル-デンス!」


 隣で青ざめる彼とダンスのために距離を取りつつ、私はそう言ってやることしかできなかった。

 

 雨足が強まる中のライブは、日が落ちるまで続いた。

 息つく間もなく必死に踊り、歌い、疲労でまともに踊れたかもわからなかったりした。しかし、私は笑っていたと思う。マドックも笑っていた。プルーデンスも最初はぎこちなかったが、笑顔でダンスをしていた。

 シャーディの突然始まったアドリブで、精霊に合いの手を入れさせるという驚異の技に驚きながらも、私たち全員、なんとかやり切ったのだ。

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