第5話「秘密兵器は糸(電)伝話とスライムレコード」
次の日は矢のように過ぎ、あっという間に放課後になった。
アセ様、プル君、マド君を呼んで、自習室にまた集まる。
自習室の前に机を繋げて並べ、大きな台を作った私は、そこに持ち込んだ物を並べた。
「音響機材のサンプルになりそうな物を持ってきました! その名も糸で……糸伝話とスライムレコード盤です」
「……?」
と、3人は糸で繋がった2つの紙コップとレコード盤もどきを見て、戸惑いの表情を浮かべた。
なお、これを準備するために徹夜した模様。若さって…イイネ! まぁ、そのせいで今日の授業はだいぶウトウトしてた訳なんだけど……。
この糸電話……もとい、糸伝話、一番大変だったのは紙コップの部分、というのは内緒である。この世界にはまだ紙コップなんてものはないので。紙も厚紙的なものしかないのは、逆に加工しやすくて助かったんだけどね……それと、紙は意外とお値段が高い! 私のお小遣いが……。
レコードも頑張った! 特にレコード盤の方。音を出す方は紙と串をナイフで加工して作れたし、回転部分はろくろを拝借して事なきを得たが、肝心の音を記録するレコード盤の素材がわからなかったのだ。
そこで、前世でネットで見た動画を思い出し、チョコでレコード盤を作る、というのに着目した。そこから素材を検討したところ、スライムが適していそう、と判断した。ありがとう、で〇じろう先生!
乾燥して固くなったスライムを平皿を使って水で戻して柔らかくし、録音。録音作業は朝起きてからやった。(なお、この国ではスライムは寒天のような乾燥させた保存食として利用されている)
「はい、どうぞ」
私は糸伝話の片方を持ち、3人の方に突き出す。アセ様が代表で受け取ったので、私は長い糸を持ちながら、ゆっくり離れた。
「この糸がピンと張るように離れてください。あと、簡単に壊れるので、そっとお願いします!」
「わかった」
とりあえず言われた通りに、という感じで恐る恐る紙コップを持って糸を張る。
「じゃ、これに耳を近づけてみてください!」
3人がコップに耳を近づけたのを確認しつつ、私は手元の紙コップに口を近づけ、少し小さい声を出した。
「アセ様、聞こえますー?」
「き、聞こえるぞ!?」
アセ様はカップから顔を上げてこちらに声を張り上げた。
「聞こえているか? プロデューサー」
!? み、耳がとろける!? 耳元で聞こえるアセ様のささやき声に、私は咄嗟にコップから耳を離した。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもないです!」
辛うじて致命傷で済んだ……耳まで赤くなっているのを自覚しつつ、私は何とか取り繕った。
「なぁ! オレもやってみたい!」
「お、おらもいいか?」
2人に糸伝話を楽しんでもらう。
一通り楽しんだ後、プル君が糸伝話をこちらに持ってきた。
「これ、どんな原理なんだべ?」
「糸で音の振動を伝えてるんだよ。音の振動を伝えやすくするために、糸をピンと張るの。受け手の方も紙みたいな振動しやすい素材じゃないとダメかな」
「なるほどなぁ……」
興味深そうに糸がついた紙コップを色々な角度から眺めるプル君。
アセ様とマド君はもう一方の道具に興味が移ったらしい。我慢できないマド君が、好奇心旺盛な目でレコード盤を指さした。
「なぁ、こっちはなんだ?」
「えっと、レコード……簡単に言うと、蓄音機です!」
全員の目がこちらに集まった。驚きの目だ。
「ちくおん……?」
「録音と音声の再生ができます! 精度はよくないけど」
今度は全員の目が、疑うような視線になって、レコード盤に集中する。
「これが?」
確かに紙コップに竹串っていうとても原始的な見てくれで、さらに私の加工精度も相まって小学生の夏休みの工作みたいですけど、ちゃんと動きますよ!
「まぁ、動かしてみたらわかります!」
そういって、私はろくろ部分に手をかけた。一定のスピードで回るように調整しながら、ろくろを動かす。それに合わせて上に乗せたスライムでできたレコード盤が回転し始めた。
『……~♪』
サビの部分だけだが、ライブで歌ったのと同じ私の歌が流れ始める。音量は小さめ。増幅できないので……。
「歌が……!」
「マジかよ、この変な道具が歌ってるのか?」
「人の声が、こんな簡単な道具から……!?」
3者3様に驚き、食い入るように見つめる。
「……盤の凹凸から、串で振動を拾って、振動を音に変えてんのかぁ……!」
特にプル君の反応がよかった。レコード盤の串部分をキラキラした目で、穴が開くほどに見ている。何度もろくろを回してみたり、スピーカー代わりとなる紙コップを見て頷いたりしていた。
「……」
一方で、アセ様はものすごく怖い顔でレコード盤を見ている。
「これは……特許を申請した方がいいな」
「えっ……」
夏休みの工作のこれが……? わ、私のお手製感たっぷりのこれが、国に提出される…?
「このような道具は見たことがない。真似される……だけならまだいいが、没収され、独占されれば道具作りや今後の活動に影響するのでは?」
「うぇ、確かに……」
提出なんて嫌、という気持ちでいっぱいだったが、それ以上の嫌な気持ちで塗りつぶされる。前世でもそういった権利はややこしかったし、こちらでもそこは変わらないだろう。
「申請して済むなら申請してしまいますか……」
「なら、急いだ方がいいな。申請はプロデューサーの名前で私がしておこう。保証人に私の名前があれば、無碍にはされまい」
アセ様がレコード盤を持ち上げ、プル君にも声をかける。
「申請提出用の試作品が求められるはず。これは借りていく。……プルはもう一つ同じものを用意してくれるか?」
「んだな! 構造もわがったし、さっそく用意する。すぐでぎる」
「お。面白そうだな。オレもプルの奴を手伝うぜ」
私を置いてどんどん話が進んでいく。
ま、待って! まだ本題じゃないの! アイドル活動について何も……何も進んでないの! と思ったが、流れを切るのもアレなので、3人が自習室を出て行ったあと、私は一抹の寂しさを感じつつ、黙って道具の片付けをすることにした。
さらに翌日。放課後の教室前の廊下で、自習室に移動しようとしていたアセ様とマド君に声をかけた。
「急でごめん。今日はお休みでいいかな!?」
両手を合わせて2人にそう言うと、彼らは疑問を口にしてきた。
プル君は道具を作るので今日は欠席する、と昼休みに連絡を受けていたので除外とする。
そのあと、先生に準備ができたから今日にでも補習をしないかと声をかけられ、今2人に報告するに至る。
「構わない……が、理由を聞いても?」
「まだろくに始まってもないのに、もう休むのかよ?」
「うぐ……申し訳ない……!」
痛いところをついてくるね!
私はしっかり理由を説明することにした。
「今日は神事の補習があってね……」
「はぁ? 神事って補習なんてあんのかよ。プロデューサー、何やらかしたんだ」
「ライブを……やらかしまして……」
へへへ、と頭をかく私。
そうだよね、私も神事の補習っておかしな字面だなと思うよ! でも、自分の成績にかかわるからやらない訳にもいかない。神事は人間都合ではなく精霊都合なので、普通は成績が悪くても留年はしないのだろうが、先日のライブを私の功績と認めてもらえないと、下手すると留年に繋がる。
「ということは、再びライブをするのか?」
「そうだね。前回やったのをもう一回する予定」
アセ様の疑問に答えると、アセ様は少し考えた様子を見て、すぐに提案してきた。
「ふむ。すぐにプル-デンスに声をかけよう。ライブを見た方が、道具をどう使うのか、掴めるだろう」
「お、いいじゃん。アイドルっての、よくわかんねーし。オレも見るわ」
え、みんなで私のライブを鑑賞する流れ!?
「え!? ライブ、見に来るの!?」
「なんだよ、嫌なのか? お前、自分が嫌がるものを人にやらせようってのかよ」
マド君に指摘され、固まる。いや、違……わなくもないような。それを言われると痛い!
「嫌じゃないけど、人に見られるってなると、恥ずかしいなって……」
しおらしく言ってみて、抵抗してみるも、
「神事は大抵、人に見られるもんだろ……」
とマド君に一蹴された! アセ様も頷いており、退く気は一切なさそうだ。私は仕方なく、担任の先生に見学者が増えることを伝えにいくことにした。
先生からはあっさりとOKを貰えた。
催事場でにこやかに笑顔を浮かべる先生に促される。
「それではオースターさん、お願いしますね」
私は先生の前で、髪型を香油で整え、前回同様髪色と眼の色を変えた。また控室で着替えてくると、替え玉を疑われたりするかもしれないからね。しっかりと同一人物ですよ、とアピールしておく。
先生は興味深そうに私の髪型や目の色を見る。
「香油をそのように使うのは初めて見ました。面白いアイデアですね。それに魔法で髪色と眼の色を変えるとは……なぜ、変えたのですか?」
「注目を集める必要があったので、変えた方がいいと判断したんです。あとは私だってばれないように」
「はぁ、なるほど。そのせいで補習になってしまった訳ですね……」
おっしゃる通りです。目的があって目立つ必要はあるけど、私個人は目立ちたくないっていう矛盾した気持ちがね……。
気を取り直して催事場の台に上がろうとしたところ、見学者として観客席にいる3人が目に入った。別段普通に座っているだけの3人だったが、私は非常に気になった。
「プルーデンス、用意はいいか?」
「ばっちりだ!」
アセ様、何してるんですか!? それ、レコード盤ですよね!? プル君が用意したっぽいレコード盤。それでライブを記録しようとしてる!
「どうかしましたか? 始めてください」
「は、はい!」
固まっていると、先生に促されてしまった。
く……止めろとは言いづらい……ええい、ままよ!
「みんな~! 全力で楽しんでいってね!」
拡声魔法で声をだし、催事場に響かせる。
私はつとめてそちらを気にしないように、前回同様、全力でライブを敢行した。
精霊たちが集まる観客席は、あっという間にいっぱいになり、溢れた魔力で催事場が揺れ始める。
私は彼らが楽しめるよう、精一杯歌い、踊った。
「ありがと~! みんな、また聞いてね!」
数分はあっという間だったが、私は全身から汗をかくほど疲労して、催事場から降りる。精霊たちは熱気冷めやらぬという感じで魔法を無軌道に溢れさせていた。
先生が激しい拍手をしながら、私を出迎え、その後ろには、男子3人も続いている。
「素晴らしい! 改めてみると、良く精霊様を観察していますね。反応に合わせて歌と踊りでアピールする。思いついてもなかなかできることではありません。これは画期的ですよ!」
熱に浮かされたように語る先生。反応を見るに、補習は無事にクリアできたようだ。
「惜しくも契約とはいかなかったようですが……これだけ精霊様から反応を得られているのです。文句なしの結果といえるでしょう」
「契約、ですか?」
「はい。これは上級生に授業で教えているのですが……一定以上精霊様に気に入られた人物は、精霊様から契約を申し込まれます。それを受け入れることで、さらに精霊様の力を得られやすくなるのです」
へぇ……そんなのがあったんだ。スポンサー契約みたいなもの……? 確かに精霊から契約を貰えなかったのは惜しい気もするけど、契約なんてしていたら目立ちそうだからいいか……。現状、これ以上目立つ予定はない。
「プロデューサー、お疲れ様。これが、目指すべき姿なのだな。しっかりと胸の内に刻みつけるとしよう」
アセ様、レコード盤に物理的に刻みつけてましたよね? 私のライブ……。く、これから練習のたびにあれが再生されたりするんだろうか……それって中々の羞恥プレイなんじゃ……!?
アセ様が大事そうに抱えているレコード盤を取り上げたくなる気持ちを何とか抑える。
「すげぇ……! これがライブか、プロデューサー!」
私の心情は知らない様子で、マド君が尊敬のまなざしを向けてくる。
「マイクとスピーカーは客席を囲むように配置するだな……どこからでも音が届くように」
催事場を見つつ、これから作ろうとしている魔道具についてイメージを膨らませている様子のプル君。百聞は一見に如かずというけど、うまく一見させてあげられたかな?
「剣舞とは全然違ぇ。強い、ライブ……」
マド君は早速、自分の目指す形を想像しているようだ。でもマド君、ライブは強くしなくていいからね……。
3人にそれぞれ刺激を与えられたのかな。なら、今回のライブは成功でいいよね。