第4話「強さ=精霊の数=パワーではない!」
「皆さん。お集まりいただき、ありがとうございます」
放課後の自習室。自習室といっても他の教室と大差ない。私は教壇の方に立ち、前の席に座る3人に声をかけた。
アセ様は良い姿勢で真剣な様子。プル君はアセ様とマド君に挟まれる位置に座って、大きな身体を小さく丸めてびくびくしている。マド君はめんどくさそうに頬杖ついてこちらをみていた。
「色々とお話するので、なんで自分がここに居るの? みたいな疑問は一旦置いてね」
もうマド君辺りは興味なさそうなので、先に釘を刺しておく。
「というわけで、いきなり本題にいきます」
私は一呼吸おいてから、声を張り上げ、手を突き上げた。
「みんなでトップアイドルを作り上げるぞー! おー!」
しん、と静まり帰る自習室。沈黙に耐えかねてか、アセ様が声をあげた。
「……さすがにそれは飛ばしすぎではないか? プロデューサー。私も、トップアイドルは初めて聞いた」
「おほん、そうですね。まずはアイドルとは何か、からにしますか。私は、神事を通して、神使に関して、疑問を覚えました」
私は神事、神使と黒板に書く。
「神事とはなんでしょうか!? はい、マド君」
振り返って、教壇からびしっと指さすと、彼はめんどくさそうにしつつも考え始めた。
「はぁ? ……あれだろ。精霊にオレたちの強さを認めてもらって、力を借りるための儀式だろ」
「半分正解!」
「半分? ほかにあるか?」
マド君が疑問を口にした。
「精霊に認められるってところ。あの儀式は精霊と交信が目的なんだよね」
「同じだろ?」
「違うよー。私たち自身が強くあることは、コミュニケーション手段の一つだってこと」
私は黒板に「精霊」「神事」「コミュニケーションツール」の下に「強さ」と書いた。
「極論を言えば、精霊に気に入られるのに、強くある必要はないんだよ」
精霊に認められる≠強さ、と書く。
マド君が激しく反応した。
「魔物と戦うんだぞ! 弱いままで言い訳ないだろ」
「そう! それはその通り。ただ、そこと精霊と交信、は別の問題なんだよね」
マド君は余計に混乱したような顔をした。アセ様はこの辺りまで話をしていたし、特に問題なく納得しているようだ。プル君は興味がわいてきた様子でこちらを見ている。
「精霊に認められる、これは言い換えると、力を貸して貰うために気に入られるってこと」
精霊の絵を書き、デフォルメした私を書く。続けて、精霊の横に精霊ができることを書いていく。
「精霊ってとっても強いよね? その強い精霊に、強さをアピールする……って、歪だと思わない?」
なぜなら、精霊の方が圧っっっ倒的に強いからである。人間と比べるとアリと像くらい違う。
精霊は魔法で竜巻、津波、地震など災害級の事象を起こすが、人間は魔法を使っても風を起こしたり水や土を動かしたり、物を燃やせたりする程度だ。人間同士の喧嘩なら大けがさせたり、命を脅かすような威力を出せるが、それは結局のところ、人間同士では強い、程度しかない。魔物に通用するかも別の問題になる。
そのため、神事が大事にされているのだ。精霊と交信し、自分の意志を精霊に伝え、その強大な力を振るう。
神使が強いと認められるのは、
自分が強い=それを認める精霊が多い。たくさん力を借りれる=パワー
だからだ。最後が頭悪い感じであるが、事実である。自分を認め、力を貸す精霊が多いほど、世界へ影響力を及ぼすのだ。比喩ではなく物理的に。
なので、本当なら、手っ取り早く強くなるなら、たくさんの精霊に好かれればいいはずなのだ。まぁ、それは人間に例えると、格闘技で世界一になりたい、というのと軍事力で世界一になりたい、くらい中身が違うものだけど。
「私は、そんな神事を変えたいんだよね。そこで! 精霊に認められるためのアプローチを変えるつもり」
黒板の強さ、という文字の上に×を書いて、別アプローチという文字のしたにアイドルと大きく書く。
「それがアイドル! 精霊を楽しませるエンターテイナー。神事を通して精霊を楽しませ、その対価に精霊の力を借りるの」
なんでアイドル? そんなの私の推し活のため! アイドルを増やして、推しを増やしたい。推しを推して推しまくって青春を堪能したい。キラキラした存在を推していたいんだ。
「オレは……強くなって、認められないと、いけないんだ。騎士団を追い出された、親父のために……そのために、力が必要なんだよ!」
「なら、マド君も、そういうアイドルを目指そうよ!」
マド君が困惑し、アセ様が反応した。雰囲気から、こちらの意向に従うものの、不満や疑問がある、という雰囲気が察せられた。
「彼も?」
「うん。アセ様は嫌かもしれないけど……元々アイドルになってもらう人数は増やしたいと思ってたんだよね」
今後アセ様をアイドルとして推していく活動で、勝手にアイドルは増えるかもしれない、と私は思っている。
いや、金になると判断したら、聡い奴は絶対に後追いアイドルになるか、つくる。それは私としては全然ありで、むしろ推し活的には助かる。けど、それは間違いなく、私が求めるレベルにはならないだろう。前世の娯楽に満ちたあらゆる競争の中で磨き上げられた多彩なアイドルたち。そこに匹敵するアイドルが出てくるには、同じくらい時間がかかるんではと懸念していた。それは困る。生きてる間に推し活ができる気がしない。
そのため、強烈に「これがアイドルである!」と周囲に見せつける必要がある。と私は考えていた。
「シャーディーとか言ったか? 勝手に話を進めんなよ! オレはそのアイドル? なんかにはならねぇ!」
マド君は席から立ち上がって言った。
「でも、精霊に認められはしたいんでしょ?」
「そうだよ! なのにさっきから意味わかんねぇ話してよ…!」
話を理解していない訳ではなさそうだ。マド君は認めたくないのだろう。
なので、私も教壇から降りてマド君に近づき、さらに言葉を重ねた。
「あなたの言う、強さって何かな?」
「あぁ!? そりゃ……」
勢いが萎むマド君。私との模擬戦を思い出したのだろう。
「私たちが目指す強さは、精霊に認められることだよ。それが叶わないのであれば、いくらマド君が思い描く理想の強さであっても、意味はない」
「そ、それは……!」
マド君は反論できず、項垂れて拳を握り締める。
「これから、アセ様には説明するつもりだったんですけど……アイドルはエンターテイナー。そう言いましたよね?」
アセ様が頷く。
「そうだな。それだけではない、とも言っていた」
「はい。楽しませるは前提でありつつ、『どう楽しませるか?』はアイドル自身……アセ様に委ねることになります」
「どう楽しませるか、か……難しいな」
「もちろん、プロデューサーとして、精霊を楽しませるために、こういったことをしていこう、というある程度の形は提示します。武術で言うと、型でしょうか」
「決まった形で修練しつつ、戦い方は任せる、と」
やっぱりアセ様は呑み込みがいい。私は笑顔で答えた。
「はい。そうなります……マド君はわかった?」
「……どういうことだよ?」
「精霊を楽しませつつ、強いアイドルを目指そう! ってこと」
マド君は少し考えてから口を開いた。
「……わかんねぇ。でも、お前はオレに勝ったし、強さを示した。だから、当分はオマエの言うこと聞いてやる」
私は笑顔を浮かべて、マド君に手を伸ばす。彼は私の手を取って、握手を交わした。
「そっか。よろしく、マド君! プロデューサーって呼んでね」
「無駄だと思ったら、すぐ辞めるからな! その間だけだ……プロデューサー」
アセ様はそんな私たちを見ながら、思考を巡らせる。
「マドックの目指す形とは別の形を目指すことで、精霊の好みを探る意味合いもあるのか……自分の望む形……」
新アイドルを獲得したことに私は満足していたが、話についてこれていないプル君がおずおずと声をあげた。
「んで、おらは……?」
「ここまで、アイドルって概念を広げるために活動していきたい、って話をしてたと思うんだけど、アイドルって色々と道具が必要なんだよね」
「魔道具でねぇといげねぇ?」
正直、作りたい道具は多岐に渡る。音響関連のマイクやスピーカーはマストとして、ライトや演出用の小道具、可能なら映像用スクリーンなど。この世界に無い物がほとんどのため、到底一人では用意できないだろう。
それと、どれも電源がいる道具である。この世界に、電気をエネルギーとした機械類は存在しない。電気の代わりに魔力を用いたものがほとんどだ。生活に密着した道具や、重要度が高い戦闘用の道具に関しては魔道具が存在して、それらは現代に匹敵しそうなものがある。
が、娯楽に近い道具はほとんど存在していなかった。これは、現代で利用していたものと見比べてみると、バッテリーや電線のような、エネルギーを貯めたり、エネルギーを遠くに伝える道具がないのも理由の一つなんだろうと思う。スマホ、便利だったんだけどなぁ。
「うん。私が欲しいものは、ほとんど魔道具じゃないとダメだと思う」
「なるほどなぁ。例えば、どいな?」
「音声を拡大して……会場全体に声が届いたり、どの位置でも同じくらい聞こえるようにするとか」
身振り手振りを交えて、プル君にマイクやスピーカーについて説明する。
「ふぅん……拡声の魔法を魔道具として色々配置してぇんだな。こりゃ、難問だなぁ」
「えっ!?」
正直、魔法で何でもできるのかなって思ってたよ……。でも、魔法にも明確に法則があるようだし、簡単にはいかないんだね。
「拡声魔法は、肺と喉を魔力で強化して、大きな声を出してるだけだからなぁ……」
「あ、そうか……」
拡声魔法とは振動を強化する魔法ではなく、身体強化魔法なのだ。
そこで気づく。マイクで音を拾った後、スピーカーが勝手に音を出してくれるわけではない。ざっくり言うとマイクが音声を拾ってそれを信号に変え、信号を受け取ったスピーカーが振動に変換して音として出力している。
プル君がうーんと頭を捻る。
「聞いたこともねぇ……そもそも、音ってもんをまいくとすぴぃかぁにどうやって同期させんだぁ?」
「うろ覚えだけど……音って振動でしょ? マイクが拾った振動を信号に変えて、スピーカーに伝えて、信号から音に変換して伝えてたはず」
と、うろ覚えの概念を披露すると、3者3様の反応が返ってきた。
「ん?」
「……んぁ!? 振動を、信号に変換!?」
「はぁ? 何言ってんだよ……」
アセ様の目線は鋭く、プル君は新しい概念が登場して頭を抱えた。マド君は何を言ってるんだという反応。
え、みんなそんな反応なの……。
「……それが本当だとして、信号ってのは送り手と受け手が、どうやって同じもんだって判断すんだ?」
(あ! そうか、信号って電気や機械で変換してたんだよね……?)
うろ覚え……どころか、機械的な仕組みは専門性が高くてさっぱり知らない。今度は私が頭を抱えることになった。
「わ、わかりません……聞きかじっただけなので……」
「私は聞いたこともない、軍事にかかわるような話だ……正直、どこで聞きかじったのか気になる所ではあるが……わからないのでは、プルーデンスも作れないのではないか?」
軍事って大げさな……? でも、わからないと作れない、はその通りですね……うぅ。
でも、マイクとスピーカーがないと、常に拡声魔法を使う、って形で大変だし、アイドル本人のリソースは常に開けておきたい。何か演出に使えるかもしれないから。
それに、いずれは音楽もって考えてるから、道具は必須だと思うんだよね……。歌とか曲を記録したりしたいんですよ……。
私はなけなしの知識を振り絞り思いついたまま口にした。
「あ、でも、振動を見せられますよ! それで何とか、魔道具作りの手掛かりにならないかな、なんて……」
「……」
私は言いつつ、段々と言葉を萎ませる。みんな、何言ってるんだ、こいつって顔で唖然とするのやめてください!
「見せればわかって貰えます! プル君とマド君はちょっと手伝って!」
「なんでオレも!?」
「王子様にお手伝いさせられないでしょ!」
「私は気にしないが……」
教室を出る間際、後ろでアセ様の呟く声が聞こえたが、外聞があるんですよ! と思いつつ封殺した。いまさら? 一応最低限のラインってものがあると思います!
校舎の外で適当な木箱の中に砂を入れてきた私たちは再び自習室に集まる。
マド君は砂を集めさせられたので心底いやそうな顔をして、爪に入った砂を取ろうと奮闘していたが、プル君は特に気にせず、興味深そうに木箱を見ていた。
「これは?」
「砂です!」
どや顔で答える私。質問者のアセ様は、いったいどういうこと? という雰囲気で、プル君とマド君を見たが、2人は首を振ってそれに答えた。
砂は板を使って綺麗に整えておく。これで準備OK!
私は机においた木箱の横に両手をつけて、拡声魔法を使ってわぁぁぁぁ……! と一定量の音を伝えてみた。これでいけるはず……!
「!? 砂に、波の模様が……!」
「こいなこどが!?」
「すげぇ! オレもやってみてぇ!」
男子たちが、砂に現れた模様に驚く。
男の子は好きかもね、こういう実験みたいなの。私は……体力的にきついってわかったので、もういいや。マド君に任せよ。
マド君もうぉぉぉ! とか、わぁぁぁ! とか声を上げて、砂に模様を加える。
「えっと……どうかなぁ?」
「お、おぉぉ……すげぇ……んだども、時間はかかるど……」
だよね……! 私も見せてみたけど、この振動を信号にしろって言われてもさっぱりだよ……!
「うーん……私の方でも、何か参考になりそうなサンプルが用意できないか考えてみるね……」
「おらも色々ど考えでみる。それと……金がかがるぞ?」
「そうだった……そりゃそうだよね……! そっちは費用感がわかったら教えて欲しいな……!」
その日はそれ以上アイドルの話ではなく、魔道具の話に終始してしまったため、大きな収穫はなかった。
うーん。道具ばかりに時間もかけていられないし、今日の夜にでもサンプルを用意するぞ……!