第19話「初心に帰って」
昼休みの教室で、わたくしは多数の生徒に囲まれて、代わる代わるに声をかけられていました。
「一年生のうちに精霊と契約をされてしまうなんて……! さすがミラース様!」
「先日の神事、伝統的でありながら、革新的でした……!」
「私たちも、ミラース様のようになりたいです!」
わたくしの周囲でそう言っている女子生徒たちは、お披露目会以降、わたくしと距離を置いていた者たちばかり。
掌返しに呆れるが、しかたない。このどうしようもない子達は、わたくしが導いてあげなければいけないのだから。
「ええ、よろしくてよ」
教室は黄色い歓声で埋め尽くされた。
ここではもう、アイドルなどという言葉を発するものは居なかった。
放課後には選抜者たちとの練習や、大司教様との打ち合わせもある。路傍の石を思い出す暇など、わたくしにはない。
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放課後、いつもの練習時間には短いが手持ちのノート代わりの羊皮紙や、問題集を切らした私たちは、キリがいいのでここまでにすることにした。
「じゃ、今日はここまでにしよ」
「おう、ありがとな」
広げていた筆記用具や教科書を、鞄の中にしまっていると、
自分の分は適当に鞄に突っ込んだマド君が、立ち上がって言った。
「あ、プロデューサー」
「?」
「その……何かあったら、オレに言えよ」
照れくさそうにそう言った彼に、私は微笑む。
「……うん。ありがとう。私は大丈夫だから」
「そうか、じゃあな! また明日!」
言いつつ教室を後にした彼に、手を振る。
「また明日〜!」
彼を見送った後、すぐには帰る気になれずに、椅子にもたれかかる。
「心配させちゃったか」
ぼんやりと天井を見る。浮かんでくるのは、暇になってしまった今の時間、どうしよう、であった。テスト勉強はあるが、それに関しては特に問題ない。
歴史とかマナーとか刺繍とか、明らかにこの世界独自だなってもの以外はどうにかなるので、余裕もある。
「確かに、何かやってる方が、性にあってるんだよね……」
何かって何してれば良いんだろう。とふと思う。
「はっ、年末行事の次を見越しての準備とか……!?」
私は慌てて、スケジュールを書き留めていた羊皮紙をみる。
年末が終わったらすぐ冬休みじゃん! そこで部活で動けるように準備しておくのはいいかも! 何をしよう、は決まらないけど、まずは他の人の空きを確認しておくのも悪くない。
私は思い立って、校舎を周ることにした。
「ちょうどいいところに来た! 意見が聞きたい!」
音楽室前。背後からたくさんの羊皮紙の束を持っていたポジック先生によって、音楽室へと連れ込まれる。
近くの椅子に座らされ、どかどかっと机に羊皮紙が広げられた。丸まった羊皮紙の束は、どれも楽譜らしい。
これは? と聞く前に、ポジック先生が語り出した。
「年末に向けて新曲の作曲を依頼されているなか、自分の曲の意見をくれ、という知り合いが多くてな……」
「えと、私、楽譜みただけじゃ音楽の良さをわからないので……」
(これは、ちょっと次の〜とか相談できる感じではなさそう……)
と、咄嗟の判断で、控えめに逃げる算段を立ててみたものの、私が演奏しよう。といって準備室の方から楽器を引っ張り出してくるポジック先生。
私は諦めて曲を聴くことにした。
数曲、どれも曲調も違うのに、先生の技量で恐ろしい完成度で演奏される曲を堪能する。
堪能しつつ、なんて答えよう……! と必死に頭を回転させ、なんとか感想を絞りだす。
先生は何度か頷いた。
「うん、助かった。私の意見も加えて、形にしてしまおう」
先生はそう言って、おそらく楽譜の感想だろうものを素早く書き留め始める。
「ああ、それと……何か悩んでいるのか? 私に話しても、音楽以外なら解決しないだろうが……話してみるか?」
先生は楽譜から顔を上げずに、ガリガリと書き込んでいる。
ドキリとした。相談に来たというよりは、スケジュールの空きを確認しただけだ。しかし、自分の中の何か琴線に触れたような感覚。
「いえ、お気遣いありがとうございます」
話したくなかったわけではない。でも結局、何を話したいのか、自分でもわからなかった私は、申し出を断った。
「そうか。話したくなったら、また来るといい。今日の礼くらいのことはしよう」
ポジック先生が穏やかな笑みを見せ、私はお礼を言って音楽室を出た。
ついで、顔を出したのは明確な名前があるわけではないが、マナー室、と生徒の間で言われている教室だ。
ここではマナーやダンスの他、先生を中心に輪を作り、刺繍などを行っている。
そして、普段はマナーやダンスのために広くあけられている教室が、今は服飾店の作業室と見紛うほどに布や作りかけのドレスや祭事服などで埋もれていた。
布類の森からすっと出てきたポジック先生に声をかけられた。
「あら〜。どうかしましたか?」
「いえ、少し通りがかったもので……あの、教室の惨状は……?」
「年末行事が近づくと、一定数、ようやく衣装に関して思い出す人たちが居まして〜。私のところに来る依頼を、刺繍部のみんなに手伝ってもらっているの~」
ああ、と納得する。仕事の進め方なんかでも、長期休みの宿題なんかでも。直前になって慌てだす人っているよなと。今世でも漏れなくそうらしい。
今は急に衣装やドレスが欲しい、と思った人らが相談に来ているのだろう。服飾店にいけば、と思うのだが、恐らくそっちはそっちでパンク寸前で、藁にも縋る思いで、個人に依頼しにくる人らがいるのだろうと推察する……。
(口調は柔らかいけど、そこはかとなく、なんでぎりぎりまでため込んだんだ、って怒りを感じる……)
何となく、ポジック先生が忙しそうにしていたことから、暇な訳ないだろうなと思ってはいたが、予想以上らしい。
「あ! すみません、私も、年末の試験があるので、これで……!」
「そお? 勉強、頑張ってね~」
これ以上居ると邪魔になる……だけで無く、手伝って、ということを切り出される気がした。切り出されると断りづらいので、心苦しいが早々に撤退した。
そろそろ良い時間か、今日はもう寮へと帰ろうかなと思っていると、職員室の前でラリーダ先生に声をかけられた。
「あ、オースターさん。まだ校舎に居ましたか」
「ラリーダ先生。お疲れ様です」
「今、帰りですか?」
「え? はい」
「なら、お茶していきませんか」
突然の申し出に、私は一瞬固まるが、お茶をいただく理由もないので、断ろうかなと言葉を選ぶ。
「えっと……」
「私たちは同じ推し活仲間。少しお話をしませんか?」
有無を言わせぬ先生の態度に、私は先生の厚意を受けることにした。
職員室の隅、休憩用のソファなのか、そこに案内されて座るよう促される。
「オースターさん、何かお話したいことが、あるんじゃないですか?」
「そう、ですね……」
優しい言葉に、私はぽつぽつと思いついたことを話し出した。
喋るつもりは正直なかったのだが、一度喋り出すと、堰を切ったように言葉が出てきた。
この前の選抜試験で選ばれなかったことが悔しかった。
みんなで一緒に年末にライブをしたかった。
今年はもう、何もできないことが、寂しいと感じている……。
語り終えると、自分はそんなことを考えていたんだ、と少し冷静になる。
「それだけ、全力で向かい合ってこれたんですね」
先生の言葉に、ハッとした。
そうだ。事の発端は、全力で当たりたかったのだ。前世でも経験し、今世で記憶を思い出すまでに経験していたように、何にも全力を出せずに終わるのが、怖かった。
全力で向かい合って、楽しみたかったんだ。
「シャーディさん。あなたの神事は、全て終わってしまいましたか?」
「いえ、終わってません」
断言できる。ライブのステージにはもう立てないが、ステージに立つだけが、ライブではない。
「結構。……私はまた、あの村で味わったような一体感をみんなで分かち合いたいと思ってます」
先生は私に顔を寄せ、いたずらっぽく耳打ちした。
「だから、活動を続けてくださいね。私はあなたのことも推してるんですよ」
「先生……」
胸のうちに、したいことが溢れてくる。この世界でライブの楽しみを知った私だったが、本当はもっと楽しみたいことだってあったのだ。
「はい。次はもっと……もっと楽しみたいと思います。全力で」
そう、自然と答えられていた。
「ふふふ、それは楽しみですね」
2人で笑いあって、少しだけ冷めてしまったお茶を楽しんだ。
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PCの不調はいったんドライバのクリーンインストールで難を逃れたんですが、
たまにchromeで固まったりする、ゲームしても固まらなかったりするのに、なぜ……




