第18話「溢れる思い」
「ごめんなさい……完全に、戦略ミスでした」
選抜試験の後日、私は部室に集まってみんなの前で謝罪した。
「プロデューサーのせいではない。最終的に、私たちもそれでいいと判断したからな」
「だな。正直慢心してたのもある。この調子なら、選ばれて当然ってな」
「おらたち、でぎるごどはやったさ」
みんなの反応は、思った以上に好意的だった。
「みんな……」
私は言葉に詰まった。感謝の気持ちと申し訳なさに、何を言えばいいかわからなくなる。
「皆さんのパフォーマンスは、とても素晴らしいものでした。教師の間でも、あなた方の実力に疑いはなくミラース嬢のものと比べても遜色はない、と高評価をしています」
申し訳なさそうな顔のラリーダ先生がそう付け加えてくれた。
おお、そうなんだ。と嬉しく思う半面、じゃあなんで落ちたんだろう、とも思う。
「ただ……すでに精霊と契約している、という事実が重く受け止められました。」
精霊……! なるほど。うちのチームでは精霊と契約できているのはアセ様だけだ。
その差が大きく出たと。
(あれ。でもそれらしい精霊、あの会場にいたかな……?)
「それでか。こっちはアセが精霊と契約してるもんな」
マド君の言葉に、脱線しかけた思考が戻った。
「契約している、といっても何か言うことを聞いてくれる訳ではないがな……」
アセ様がそう言うと、アセ様の周囲から水の精霊が現れた。水でできた人型がふよふよと浮いて、手を振ってくる。私は軽く手を振り返した。
「意志疎通も難しい。たまにこうして出てくるが、気づけば消えている」
アセ様の周りを楽しそうにふわふわし始める精霊を見つつ、ラリーダ先生が補足した。
「召喚に応じてくれるだけましと思いましょう。精霊によっては、ほとんど召喚に応じない場合もあるようです」
それって契約の意味あるんですかね……? とは思ったが、口には出さなかった。上流の貴族はそれでもステータスにしてるっぽいし。
精霊は「ばいばい」という風に手を振ると、ふっと消えてしまった。
「この調子で、年末の催事には一人で参加か……」
水の精霊を見ていたアセ様が呟く。
「アセ様が年末に不安なく臨めるように、プロデューサーとしてしっかり補佐しますよ!」
「その……すまない。年末の神事に向けて、作法の学び直しがあるようでな……当面、部活の方には出れない」
後ろめたい様子でアセ様がそう言った。
「そうですか……じゃ、何かあれば言ってください」
「わかった。その時はよろしく頼む」
話がまとまると、おずおずとマド君が手を挙げた。
「お、オレは試験に集中させてもらってもいいか……やべぇんだ……」
「手伝おうか?」
部活的にも赤点者がいるとマイナスイメージだ、は言いすぎだけど、勉学を放っておいて部活に集中、は本末転倒だと思うし。
「おう、なるべく自分でも頑張るけど、助けてくれ……」
武術の鍛錬だとか、ダンスの練習など、身体を動かすことには熱意がある彼だったが、勉強に対してはそうではないらしい、弱った様子で言った。
「そしたら、おらは魔道具の制作手伝いをしてもいいか? 年末の神事で大量にって話になったみてぇで、制作とか、設置とか……制作者として王宮と教会の方に呼ばれてんだぁ」
マド君に続いて、プル君もそんなことを言いだした。
「え、すごいね。それって、断れなくない? そっちに集中してもらって大丈夫だよ」
「有能な先輩方がいるし、おらがいなくても、たぶん大丈夫だどは思ってんだげどな。時間貰えるんなら助がる」
アセ様は催事参加の準備、マド君は試験勉強、プル君は催事の準備手伝い。
「みんな忙しくなっちゃったね……」
私は少し考えてから、一人頷く。
「うん、じゃあ当面は部活はお休みにして、年末に集中しようか。本格的な部活動は、年を開けてってことで」
「そうしてくれると、助かる」
「わかった」
「わかっただ」
こうして、私たちのアイドル活動は、一時休止になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夜会が開かれる。
わたくしは会場に集まる人の視線を集めるように、ゆっくりとグランドステアケースを上っていく。
ここに集められたのは選抜試験を突破した各年代の生徒たち。わたくしと同じチームの者や、上の学年で代表になったルミナス王子ら生徒会役員の面々や、隣国の王子であり、一年生ではわたくしと同じく精霊と契約したというアセイア王子。
他にも年末の神事にも関わる学園長や父である理事長、そして教師たちも集められている。
「ふふ、ふふふ……」
思わず笑みがこぼれる。ここにはあの女はいない。
シャーディ・オースター。この場に相応しいのは、選ばれた者だけ。彼女は選ばれなかった。わたくしの精霊が言った通りに。
優越感に浸りつつ、最上段に到達したわたくしは、見上げる人々らに、ゆっくりと語りかけた。
「お集まりいただきありがとうございます」
優雅に一礼し、続きを話し始める。
「この度、わたくしイマージェン・ミラースは、精霊と契約することができました」
わたくしの挨拶に応じるように、ふわりと光を纏いながら、精霊が現れる。先日契約を持ち出してきたわたくしの精霊。
おお、という感嘆の声。続いて、拍手が巻き起こる。
「なんと神々しい」
「見たことのない精霊だ……」
「いったい、どんな属性の?」
拍手に混じって、口々に疑問の声があがる。
わたくしはそれに応えることにした。
「契約精霊の属性は……光にございます」
なんと……!? と集まった人々に動揺が広がる。長い王国の歴史の中で、光の精霊と契約を行った、という人物は少なく、情報がない。
しかし、そのいずれの契約者も、歴史に名を残す偉業を、その精霊と成しているのだ。
「この契約は、王国の節目になることでしょう」
この場の誰しもが、それを期待している。そう感じる視線を私に向けていた。
「年末の催事開催に向けて、私は一つ、提案をさせていただきたいと思います」
そこで、私は一つの提案を行う。
「大司教様と連携し、私は私の代で、長い戦いの歴史に終止符を打ちたいと考えております」
どういうことだ、という疑問が会場に湧く。
「長く王国に封じられし、瘴気の元を断ちたいましょう」
わたくしは力強くそう宣言した。
『良い子だ、ミラース。我がお前を導いてやろう……』
精霊の声が、頭の中に響いた。
この声が、わたくしに真実を与えてくれる。
この声が、わたくしに成功を与えてくれる。
この声が、わたくしに栄光を与えてくれる。
シャーディ・オースターをわたくしの前から排除したように、精霊の導き通りにすれば、どんな成功も約束されているの。
「必ず、期待に応えて見せますわ」
わたくしは精霊に向かって笑顔を向けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あくる日の放課後。
私はいつものように部室にやってきて、大きな声で挨拶した。
「お疲れー!」
誰からも返事はない。普段だったら誰かしら先に来ていて、返事をしてくれるのだが……。
「あ、そうか。部活は休み、って自分で言ったんだっけ……」
つい先日にやり取りしたばかりだったというのに、直前までは忙しくしていたせいですっかり忘れてしまっていた。
ぱんぱんに荷物を詰めたカバンから、新衣装のデザイン画や、新曲の歌詞や試作されたレコードなどを出す。
年末に使う予定だったので、当面はもう、使う場所も理由もないものたち。
「……思えば、忙しくして来たかも」
ふと見上げると、黒板に書きっぱなしになっていた、「目指せ! 年末神事」の文字。
スケジュールを立てた時に自分で書いたものだ。
消した方がいいかな、と思い、黒板消しを手に取る。
文字を消そうとして、手が止まった。
「みんなで、やってみたかったなぁ……」
思わず、ふっと口にでる。視界がぼやけた。
「おーっす。お、プロデューサー、やっぱいたな」
「……」
突然声をかけられ、びっくりして固まっていると、私の顔を覗き込んだマド君が動揺した。
「お、おい泣いてんのか……?」
「え、えぇ? な、なんで……」
言われ、目尻を拭うとわずかに濡れていた。泣いていた? 全然気づかなかった。
いや、嘘。ほんとは気づきたくなかったんだ。
「な、何でもないよ。ちょっと……選抜試験、悔しかったな、って思っただけ」
これも当たり障りはないが、本心とはちょっと違う。
本当は、みんなともっと騒ぎたかったのだ。前世でも、今世でも憧れていた学園生活。それを、もう少し長く味わいたかった。
別にこれで終わりってわけじゃない。でも、同じ年なんてない。
今年の分は、全部、終わってしまった。来年だって、一緒とは限らないのに。
「あー……」
マド君が言葉を選ぶように、頭をかく。
「悔しいけど……来年またやろうぜ。今度はもっとその……準備とかしてさ」
「そうだね! 色々準備して……」
新しいダンスとか、新しい曲とか。何か音楽関係の魔道具や、ステージギミックに関しても用意してもいいかもしれない。
「準備、して……」
それをみんなで練習して、ライブで観客と一緒に楽しんで、思い出を一つ、積み重ねたかった。
その様子を、一番近くで見たかった。
「やっぱり、みんなで一緒がよかったよぉ……」
溢れる涙が止められなかった。
「お、おい……」
マド君があたふたとする。駄目だ。今は自分の感情をコントロールできない。これ以上、彼に迷惑をかけたくなかった。
「ごめん……今日は、帰るね。明日には……普通に戻るから」
私は荷物を適当に取って、部室から飛び出した。
「く……あの女が誰かに守られるようなたまか? そう、思ってたんだけどな……」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
最近はUMPCを使って更新の作業していたんですが、ちょっとグラフィックボード周りでエラーが吐かれたりして散々な気持ち……。おまけに再起動しても症状が直らないとくる……。
当面はアンドロイドタブレットとスマホをモニターに繋いだりして作業をしていこうかと。
更新頻度が早速落ちてしまったので、なるべくそうならないようにしていきたいなと思っています。




