第17話「選抜試験本番」
「もし、私が別の所で活躍したい、といったらどう思う?」
選抜試験への準備も大詰め、そんな風に考えていた時、アセ様と何でもない雑談する雰囲気で、部活が終わり、人が居なくなった部室で、そんな話を振られた。
「もしかして、スカウトの話があったとかですか?」
最近もプル君とマド君からそんな話聞いたなぁ、と思い、聞き返してみたが、曖昧な笑みを返される。肯定って感じかな?
まぁ、返答が欲しかったわけでもないので、荷物を詰め込んでいた鞄の手を止め、考え始める。最近歌詞だのデザイン画だのがいっぱいで、鞄にどう頑張っても詰め込めきれないんだよね……!
「んー……どうしてもそちらがアセ様の進みたい道である、というのであれば、もちろん送り出します」
「送り出す……のか」
ファンとしてのあり方って、そういうものなのかなって思っている。
もちろん、この路線で進んで欲しい、という気持ちはある。けど、それはアセ様のやりたいことを邪魔までして押し通したいものではないな、と。
どうしても、卒業はあると思っているし。もう二年もすれば、嫌でもこの活動は卒業、何かしら形を変えて続く部分はあるかもしれないが、何もかもがこのままとはいかないだろう、とも思う。
そういった気持ちもあって、私は明るく返した。
「推しのしたいことを後押ししたいですからね。むしろ力を貸しますよ?」
「そうか……」
言った直後、少し苦しそうなアセ様の笑顔に、不安を掻き立てられた。
「あの……」
「今日の話は気にしないでくれ。……お疲れ様。先に失礼する」
「あ……」
アセ様は私が話を続けようとしたのを切り上げ、部室から抜け出してしまった。追おうと思ったものの、まだ片づけてない荷物が目に入る。
溜息一つついて、私は鞄へものを詰める作業に戻った。
「何か、悩んでたんだろうけど……」
どうも私は相談相手として適格ではなかったようだ。
もう一度ちゃんとアセ様と話をした方がいいな、と思いつつ、選抜試験前となったことで、忙しさが増してきた。
それからあっという間に数日が過ぎる。
年末に向けての新衣装、新曲(歌詞含む)、新曲振付、それらの確認とブラッシュアップという仕事ができて、各担当をしてくださっている先生方や、先生が指導している生徒と意見交換などを行うことになり、自分の練習時間も削るような事態になってきたのだ。
「や、やることが……やることが多い……!」
当然、これらの活動は私がやりたくてやっているだけであり、選抜試験と前後して期末試験(座学のテスト)の存在もあるわけで、宿題や自主学習もしなければいけない。自由に使える一人の時間が取れるのは寝る間際の少しくらい、という日常になってきていた。
部活の練習が終わり、一足先に帰ったアセ様を見送って、私は少し残って先生から受け取っていた曲の確認をしようと、レコードと楽譜に手を伸ばしていた。
そんな私にマド君が声をかけてくる。
「プロデューサー、アセの奴と喧嘩でもしたのか?」
と、マド君に指摘されるまで、私はアセ様とまともに話していないと気づかされた。
「えっと、そんなつもりはないけど……」
しかし、言われてみて、明確に避けられて居るわけではないが、簡単な返事以外の声を、ここ2週間くらい聞いていない気がする。
「あれ?」
「自覚ないのか? 確かに忙しそうなのはわかるけどな」
「こご数日で気づいだんでも、アセ様、プロデューサーさ話しかげねぇようにしてるみだいだな」
気のせいだよ、って答えるつもりだったのだが、会話に混ざってきたプル君の一言で、喉元まででかかった言葉を飲み込んだ。
「……2人から言われるってことは、気のせいとかじゃないってことか」
「ほんとに心当たりねーのかよ?」
「いや……うーん?」
心当たりがないわけではないが、アセ様との会話を思い出してみても、彼を怒らせるような会話をしてしまっただろうか、という思いがある。
「無い訳じゃないけど……ほんとにそうか、わかんない」
「そっか。喧嘩したんならプロデューサーの態度が普通ってのもなんか変だもんな」
「時間を見て、ちゃんと話してみるよ」
という会話をしたものの、選抜試験の当日まで、私はアセ様と会話する時間は作れなかった。
そして迎えた選抜試験当日、私たちは、ミラース嬢の実力を思い知ることとなった。
催事場は緊張と興奮の熱気に満ちている。
集まった生徒たちは恰好からしてもう、以前のような画一化した祭事服ではなく、私たちのアイドル衣装を真似たのか、改造祭事服と言って過言ではないような服に着替えている生徒たちも少なくない。(あまりに逸脱したものは先生から注意を受けていた)
早々に出番があった私たちは、チームで選抜試験を受けることができ、練習の成果をしっかりと出したと言えた。
精霊たちは座席にいっぱいになり、歓喜に会場が包まれており、次を期待するかのように身体を揺らしている精霊たちを前に、次に発表を行う生徒たちが可哀そうなくらいに緊張していたくらい。
この結果に、私は充分な手応えを感じていた。
「お疲れ様! 良い感じだったね!」
催事場横に用意された待機室で着替えを終え、いつもの格好に戻った私は、同じく着替え終えた3人と合流して、残りの生徒たちの様子を見るために精霊が集まる方とは別の観客席に向かって移動する。
席について、発表が行われている催事場を見れば、今まさにアイドル風の衣装を着た生徒のグループが、歌と踊りを披露しているところだった。
「予想していた通り、かなり我々に寄せてきているな」
アセ様が発表中の内容を見て感想を呟く。
「だな。歌も同じもん使ってるのもいるな」
「レコードの売り上げがこいな形で出でくるなんてなぁ」
マド君とプル君の言葉に、私は渋い顔をするしかできなかった。
これは私の誤算だった、というか予想できない事態だったのだが、貴族の間ではしっかりとレコードが普及されてきているらしく、お披露目会で披露した曲が短期間のうちに周知され、こうして選抜試験で他の生徒たちに使用されるに至ったのだ。
「今日、これで3曲は見たね」
特に真似を禁止するルールがあるわけでもなく、黙ってみているしかない。剣術だって魔術だって、みんな同じものを使用しているしね……。
皆も選抜試験に残ったり、あるいはそこまででなくとも少しでも良い成績を残そうと、その可能性が高いものになりふり構わず挑んでいるのだとわかる。
「似せるにしても、こうも多いものか……?」
会場から目を離さないアセ様の呟き。それは私も思ったところだ。動画文化も無い世界で、教える人なんていないはずなのだが、振付も歌詞も、上手い下手はあってもしっかりと通しで覚えてきている生徒が多いなと感じる。
私たち以外の誰かが、わざわざ教えている……? まかさね。
「ま、オレたちの出来が劣ってるとは思わないけどな!」
マド君の言葉に同意。今回、自分たちのパフォーマンスは、新アイテムであるマイクとスピーカーを使用して、かなり良くできた。しかし、こうも内容が被ると全体的にインパクトが下がるというか。
その次の発表は、伝統的な魔法や剣技の披露だったが、そのまた次の発表は、アレンジされた私たちのダンスと曲だった。オリジナリティを出そうとしたのかな?
時間的に次が最後か、という発表のタイミング。
「ミラース嬢の出番だね」
ようやくミラース嬢とその取り巻きたちが催事場へと現れる。
舞台にあがって準備する彼女らはマイクとスピーカーを使用するようだ。
マイクもスピーカーも特に告知はしていなかったが、ポジック先生が授業で使っている、という話だったので、授業を真面目に聞いていれば生徒が認知するし、申請さえすれば誰でも使える。
しかし、マイクとスピーカーの良さを理解している生徒が少ないのか、レコードの方は使われても、マイクは私たちと、これから使う彼女らくらいしか使用していない。
「─────♪♪」
ゆっくりと歌い出したミラース嬢。そしてそれに追従する取り巻きたちの音楽に、私は驚愕した。
「ボイスパーカッション……!」
前回はハミングを入れていたが、取り巻きがそれぞれ楽器に見立てたボイスパーカッションを駆使して、メインのミラース嬢、前回はルミナス王子だったが、別の子がハミングで盛り立てるような形で、これまでの讃美歌にはなかったグルーヴと、独特のノリを生み出している。
『──────!』
新しい音楽の誕生に、精霊たちがしっかりと興味を持ち、歓喜を示していた。
彼女らはしっかりとこちらに対策を立てた上で、自分たちの強みを磨く、という方向に舵を取ったのだ。
「……してやられたな。我々は前座にされたのかもしれない」
私たちが集めた精霊たちを喜ばせた上で、さらにその興奮が呼び水となって新たな精霊を呼ぶ。精霊たちが観客席からあふれて、宙に渦を巻いた。
「すごい」
催事場の上空が精霊で溢れる。前回のお披露目会では、ゆっくりと見ていられなかった光景に圧倒されそうだ。
催事場のミラース嬢と目が合う。どうだと言わんばかりの視線に、私は目を逸らさなかった。
「勝利宣言ってことかな。……確かにもう、打つ手はない、か」
私がそう予想した通り、選抜試験の結果は、先生方の厚い推薦により、ミラース嬢たちグループと、精霊との契約者であるアセ様が選抜者と決まった。
お読みいただきありがとうございます。
10万文字程での完結を目指しているので、
残り3万文字程度、頑張って盛り上げていく……いければ……いけたらいい、なぁ……
と思いつつ頑張っていきたいと思います。
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