第16話「2人の王子」
選抜試験に向けて、学校は賑わいを増していくようだった。
今も空き教室や廊下で、私たちのライブとも、ミラース嬢の歌唱とも付かない芸を磨いている生徒を見かける。こういった活動は主に一年生、特に文官を目指す子や平民の子に多く見られた。
派閥ごとの茶会が開かれ、情報交換が盛んに行われているらしい。
上級生や武術、魔術が得意な生徒たちはそれに対して懐疑的だったり、対抗心を強く燃やして、練習に励んでいるようだ。前世の運動部の部活動みたいに、筋力トレーニングや、的に向かって剣を打ち込んだり、魔術を精力的に打ち込んだりしている姿を以前に増して見かけるようになった。
そして、ミラース嬢の推し進めるプロジェクト。
彼女は見どころがありそうな子と茶会という名の面談を行い、自分の傘下にする者を増やしている。同じデザインの祭事服を着て歌唱の練習をしているのをよく見るし、制服姿でも大人しめの徽章を付けるようになった。
ミラース嬢傘下に入った子はエリート意識が強いのか、徽章をつけてない生徒相手にマウントを取って見下したり、練習のためのスペースを家格を持ち出して強引に奪うようなことをしているので、少々険悪な雰囲気を作っていたりした。
門戸を広く開いているように見えて、平民でミラース嬢の傘下に入れた者がいないと聞く。さらに、傘下に入った貴族の生徒らは平民にきつく当たることが多く、平民の生徒は嫌っている生徒も多い。
と、そんな学園の中の雰囲気に当てられた訳ではないが、私たちも練習に精を出している。放課後、部室にぼちぼち集まってきていると、プル君が大荷物で教室にやってきた。
彼が机の上に荷物を乗せ、かぶせていた布を取り去ると、前世でも見た道具が現れ、私は思わず歓声を上げた。
「マイクとスピーカー、完成したんだ!」
「アセ様にお願いして、こっちも特許を取って貰っただよ」
プル君に早速実物を渡される。マイクを手の中で色々な角度から見る。
(あれ、スイッチがない)
このまま使うのかな? と思い、私はマイクに向かって声を出す。
「あー、あー」
が、スピーカーが起動した様子もなく、音が大きくなったりはしない。あれ?
「これ、どうやって使うの?」
「マイクの方さ魔力流してみで」
マイクに魔力を流すと、マイクを通してスピーカーに魔力が伝わるとマイクの音を拾ってスピーカーに流れる。ぷつっ、とスピーカーが周囲の音を僅かに増幅したのが聞こえた。
『あー、あー』
マイクが音を魔力の波長に変換し、その波長をスピーカーが拾って音を増幅した。スピーカーから私の声が大きくなって聞こえる。思ったより大きかったので、小さめの声でテストしてよかった。
「完璧だね!」
私はマイクとスピーカーの出来に満足した。無線式のマイクがいきなり機能しているのはすごい。
個人的には起動のためにスイッチがないのがなんか気になる点であるが、魔力を流して起動する魔道具は基本的に魔力がなければ動かないので、こういったスイッチなしの構造をしていることが多い。問題もないので特に指摘もなし。
「でもいいのが? 学園さ寄贈なんてして」
「うん。個人じゃほぼ使うことないし。あ、プル君への技術料は心配しなくていいよ!」
「どーも。助かる」
特許のおかげで懐が温かいので、こういった開発費に積極的に回せるのは助かる。
プル君が言ってたように、マイクとスピーカーは学園に寄贈する予定だった。
現状だと恐らく学園くらいでしか使わないのと、個人ではほぼ用途がないし、部屋で保管するにも場所を取る。なので、吹奏楽部や音楽の授業など、使用用途が多い学園に渡し、申請すればいつでも貸して貰えるようにするつもりだ。
「寄贈についてだけど…なるべく公平にいきたいからね。便利なものはみんなで使おう!」
元々、ライブ形式の神事が広がってくれればいいと思っていた。
欲しいものが前後してしまったレコードは、流れで流通まで商人の人達が行ってくれるみたいだけど。
「みんなで……わがった!」
嬉しそうに笑うプル君。彼は「人の役に立つ」を目的にアイドルをしているから、こういった形で役立つのは嬉しいのかもしれない。
まだスピーカーの便利さは世に知られていないけれど、今後音楽関係を中心にその便利さが伝わっていけばいいなと思う。
そうして、マイクとスピーカーはポジック先生が大層興味を持っていたのもあり、先生監督の下で音楽準備室で保管をお願いすることにした。申請も通しやすいので助かる。
「練習で使わねーの?」
個人練習していたマド君が練習を切り上げ、私たちに聞いてきた。
「試験では使いたいから、別途時間を設けようか。音楽室じゃないと大きく響いて周りに迷惑かも」
「あー、思ったより大きな音でてたもんな」
前世でも異世界でも、大きな音を出すと迷惑になるのは変わらないのである。
「あれ、そういえばアセ様まだ来てないね?」
「なんか、生徒会のやつに声をかけられてたぞ。茶会の誘いとかじゃね?」
「あー、アセ様、王族だもんね?」
茶会に誘われる、という状況がいまいち想像できなかった私はそこに話を繋げると、マド君が否定した。
「いやいや、最近、いろんなとこから茶会に誘われて面倒なんだよ」
「あ! マド君もか? おらも」
「オレもワタシもアイドルになりたい、って奴らとか、自分たちがこれから作る新しい派閥? なりチームなりに入ってくれとか」
「んだんだ。気滅入んだぁ……」
その様子を思い出したのか、2人はげっそりする。
「そ、そんなことになってたんだ……私、茶会に誘われないからわからなかったよ……」
「んでも、名前ぐれぇは特許の登録簿みれば、わがんだげどな。みんな調べでるんでねぇが? ミラース嬢のどごど宣戦布告するような形になってっから、実は避げられでんのがな」
「それはあるかもな……」
私、もしかして避けられてる疑惑が!? 現状に満足してるし、今下手に話すと正体ばれて面倒そうだと思って、あまり同級生と話せてない、けど……!
密かにショックを受けていると、マド君が聞いてきた。
「茶会でいうならむしろ、プロデューサーが自分で開くんじゃないのか? それで自分の派閥に関して、こうしていきたいとか話するとか?」
「派閥っていう意識がなかったから、その発想はなかったよ……」
私らの活動は茶会開くほどオープンにやってないしね……当面はいいかな……。信頼できる仲間は欲しいが、そうでない人たちは手に余る。
それより、水面下で引き抜きみたいな真似をされていることが気にはなる。
「まぁ、茶会は人手が欲しくなったらにしようか」
「今は要らないって話だったな。それでいいんじゃね?」
今はアセ様に、2人も居る。それでいいと思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「私をミラース嬢の活動に?」
生徒会室に呼び出された私は、生徒会長であり、この国の王子であるルミナスと対峙していた。
「アセイア王子……君には同じ王族として、何かと便宜が図れるのではないかと思ってね」
(便宜……か。確かに国に戻ったところで、私にはその肩書しかないからな)
同じ王族などというが、全く違う。現に、生徒会長である彼と、一般生徒の私とでは大きな隔たりがある。彼は就職先に何かしらの役職を用意する、と言ってきていた。用意する職について何も言及しないあたり、抜け目ないなとも思う。
(何を対価に? と考えるまでもないか)
「お披露目会での神事……君たちはライブと言っていたか。見事だったよ。その実績があれば、ミラース嬢の元に集まった貴族らも文句は言うまい」
(それは、私の持つ、彼女のノウハウが欲しいということではないか)
私は、小さな苛立ちを覚えた。
「ありがたい申し出ですが……」
「いや、みなまで言わなくていい……すぐに答えを出す必要はない。君ならいつでも歓迎する」
あまり長居すれば、不快感が顔にでるかもしれない。私はそう考えて、自分が仮面を被って居られるうちに退散することにした。
「では、これで」
踵を返し、ドアノブに手をかける。すると、背後から小さな呟きが聞こえた。
「君にとって、彼女は掛け替えのないものだろうが、果たして、彼女にとってはどうだろうか?」
「なんと?」
思わず、ノブに手をかけたまま振り向く。ルミナス王子は小さく苦笑して、
「いや、すまない、独り言だ」
と謝罪してきた。私は部屋を出る。
部室に向かう途中、彼女に取って、私は何なのか。ルミナス王子に言われた言葉が、小さく棘となって、私の心を苛んでいた。




