第14話「新しい風、新しい時代」
人だかりとなっている中庭の中央には、人が数人立てるような台座が用意され、その上にミラース嬢の他、数人の男性が立っている。
生徒会長であるルミナス王子、副生徒会長のロウ・クローザー、同じく生徒会員のギル・サーパーという生徒がいた。二人はそれぞれ、宰相の息子と、現騎士団長の息子として注目度や知名度が高い生徒であったはず。
そんな未来の重役そうなメンバーが集まっていることに、私は少なからず嫌な予感を覚えた。
「皆様、お集まりいただきありがとう」
ほほ笑むミラース嬢は、一度全体を見渡し、語りかけた。
「本題に入る前に、まずは一つ、見ていただきたいものがあります」
ミラース嬢が片手で合図を送ると、離れて待機していた吹奏楽部が演奏を始めた。
落ち着いた旋律に合わせて歌いだすメンバーたち。ミラース嬢の歌声は、一人でも充分上手いと思えたが、男子数人がハミングなどを駆使して、ミラース嬢を立てる形で音楽を集約しているようだ。
「歌うまぁ……」
先日よりも洗練された様子の歌声。それともう一つ、気づいたことがある。
「ダンスはしないんですね。歌手路線なんだ」
明確に差を分けてきた。それでいて、十分武器になっていると感じる。私、自分の歌は人並みくらいだと思っているし、そこをついてしっかりと差別化してきたのだ。
私たちのように個性を出すような衣装ではなく、先日のような派手でもなく、あえて抑えた統一感のある服装に、歌を主軸にしたグループ。そういった印象を受ける。
「ダンスはかなり激しく運動するからな……。余計な危険を排除したいのではないか?」
アセ様の言葉にはっとする私。貴人に怪我をさせない。それって確かに、常識といえば常識なような?
「もしかして王子に歌って踊らせるのって結構非常識だったりします?」
「私は末弟で継承権も低いので気にしないが、上になるほど面倒になるかもしれないな……怪我以外に、伝統にうるさいのもいる」
アセ様がやんわりとそんな風に言った。
なるほど。だいぶ非常識だったらしい。武術の方にも芸の方にも舞踊とかあるからいける! くらいの気持ちでした。反省はするけど修正はしないけども。
「……わたくしは神事に取り組むグループ「シャインルート」の立ち上げを行います。そして皆さんの活動に根付いて行きたいと思います」
と、思考が脱線しているところ、曲が終わり、拍手とミラース嬢の声が耳に入る。
「今日お集まりいただいたのは、今、お見せしたわたくしたちが作る新しい神事のため」
ゆったりと会場に響く声。歌で関心を集めた彼女は会場を掌握していた。
「先日のお披露目会にて、わたくしは自身の見識の狭さを自覚しました」
ちょっとあざとく感じたが、しおらしい様子を見せるミラース嬢。
「そこで、神事という伝統に、新しい風が必要と考えました」
集まった生徒たちが、新しい風? と疑問を浮かべる。
「わたくしはここにいる生徒会員の皆様と共に、この手法を広げ、学園全体のスキルアップへの道をご用意いしたい」
生徒たちに、さらにどよめきが広がった。
どうも、ミラース嬢は私たちを出汁にして、神事のアイドル化、あるいは歌手化を一気に進めるつもりらしい。
そのために他の人を集め、援助をする、ということのようだ。自分たちも活動しつつ、事務所の立ち上げをする、ってイメージなのだろう。
目ざとい。それに動きが早い。私たちの方には開拓者である、っていうアドバンテージくらいしかない。しかし、そのアドバンテージも、人脈と資金で大規模に動かれたらどうだろう?
「聖女として負けたから、点数稼ぎって感じかな?」
口さがない女子生徒らが、そんなことを話し合っていた。
勝ち負けっていうのが、既におかしいと思うんだけどな……。けど、これらの反応があるということは、興味や注目度は高いということだろう。
事実、かなり前のめりに話を聞いている生徒は多数いる。
さらに、向こうには王子といったこの国の中枢に近い人物が多数在籍している。それだけで、信憑性が増し、ルミナス嬢たちの敷く道が、王道であると格付けされてしまう。
「本当に新しい時代が始まったのかも。うかうかしてられないね……」
ミラース嬢と目が合う。彼女の宣戦布告を、私はしっかりと受け止めた。
部室に戻ったアセ様と私は、早速みんなと情報共有をする。
「そりゃ、ようは戦争ってことだろ? 正面からぶつかるしかねぇ!」
マド君が威勢を上げた。気持ちはわかる。わかるんだけど……。
「本当に戦争だっていうなら、正面からなんて戦えないんだよ」
「はー? なんでだよ」
「一番は規模の大きさ、かなぁ」
先ほども感じた、一目でわかるくらいの問題で、はっきりとした差である。
「私たちって今、知名度はあるけど、部活動なんだよね……」
「?」
三人はよくわかってなさそうだ。私はチョークを手に取った。
「簡単に分類すると、神事にはこれだけの準備がいります」
音楽(作曲に歌詞、楽器、演奏)、ダンス(振付)、衣装。と黒板に書く。
「さらに、実際にはこんなことも必要です」
広告(宣伝)、会場設営(音響、観客席の用意、飲食)、グッズ販売。etc…
この世界ではまだ、黒板の後半部分はあまりやっていない。恐らく精霊相手の活動で、人間相手にしていないのもあるし、学園や聖教が積極的に受け持っているから、生徒がやっていない部分ではある。
けど、地方巡礼のような活動では当然これらは学生も行うため、人手がいる。
「広告とグッズ販売はイメージがつかないと思うけど、会場で自分たちが神事をやるために色々と準備するよね? 音楽に歌詞に衣装、今だとレコードみたいな小道具とか」
「そうか……人手が足りない」
図を見ていたアセ様がすぐに気づいた。
そう。我々だと部活動、という小規模活動がせいぜいだけど、人財と資金があるなら部活動からいくつもランクアップして、これらの活動を事業にしてしまえる。
それが精霊への活動として正解、かは別だが、規模が大きいは強い。これまでの神事が武術と魔法の披露だったのは、それが主流だった人がたくさんその流れにいたから。
人が多ければ、その流れを根こそぎ変えるパワーがあるのだ。
「今現状では、先生方の厚意で手伝ってもらってるけど……向こうはそれ以上の人手を投入できると予想が付くんだよね」
何せ、相手は王子とその婚約者。厚意だけで動いてもらっている私たちとでは、動員できる人手の質と量が違い過ぎる。右を向けと言って、全員に右を向かせるくらい権力があるわけだし。
「って言ってもよ、神事を行うのは結局神使……オレたちで言うならアイドルだけだろ? そんなに数は変わんねーじゃん」
マド君が異を唱える。
まぁね、現状の発表だと、ミラース嬢と王子、その取り巻きである2人がグループメンバーみたいだから、確かに当面気を付けるべき相手の数は同じに見える。
プル君も情報を咀嚼しているようで反応が薄いが、大筋マド君よりかな?
「2人とも、戦で考えてみろ。兵士の数と実力が同じなら、あとは何で勝負が付く?」
アセ様がマド君たちに問いかけ、マド君が自信ありげに答えた。
「そりゃ、運要素みたいなのを除けば、戦略と地形と……あとは兵站だろ」
「あっ、兵站! 向ごうは人手っつー兵站がある」
プル君がぽんと手を叩く。2人もようやく気づいてくれたようだ。
「衣装の用意も曲の用意も、向こうは数を熟せる……つまり、打って出れる回数が多い」
お腹いっぱいの兵士が長く戦えるように、向こうは余力を持ってイベントに当たれる。これが大きい。私たちは一つのイベントを熟すのにも全力でいっぱいいっぱいだ。
言い換えると、攻撃回数を多くできる。私たちが準備している間に、それらを整えられるんだ。
「正解! 向こうは兵站で押す、っていうシンプルで強い戦略を打ち続けられるんだよね。それに、戦略自体の幅も多い」
「そうなのか?」
「数があるからこそ取れる戦略、が当然あるからね……」
逆に少ないから、できる手、みたいなものも当然ある。しかし、多かったらそもそもそんな手に頼らなくていい、ってものばかりである。
「向こうが本格的に動きだしたってことは、今新しい風が吹こうとしている神事において、最大の勢力が誕生したってことだよ。それも、積極的に規模を拡大しようとしてる」
私の言葉に、3人が事態の重さを把握したようで、息を呑んだ。
「……我々も人を増やすか?」
アセ様が現実的にどう手を打つか考え、意見を口にする。
「現実的にはそれも視野に入れるべきだとは思う。けど、まずは私たちの安定が先かな。確実に手一杯になっちゃう」
同意できる考えではあるが、受け皿がない、が現状だった。
1人、2人くらいの仲間を増やすのはともかくとして、アイドルになりたい人を援助します! みたいな活動をしようとしたら、私のキャパをオーバーしている。この活動は私なりに、推したい人を直に見てやっているつもりだしね。そこをブレさせたくもない。
現状だって手が足りないという感じなのに、さらに増やして……というのはこちらの最大の武器であるクオリティを維持できなくなる悪手だ。
「結局、やることは変わらないってことか」
「ちょっと驚かせちゃったけど、そういうこと! 私たちはいつでも挑戦者! やることは変わらないよ」
私はそう締めくくった。変に動揺して、今作れている良い流れを崩したくない。
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