第13話「日常の変化」
投げられたワイングラスが壁にあたり、怒声が響く。
わたくしは少し目線を伏せてそれをやり過ごした。
「レコードの利益も、当家で独占できるはずだったのに、田舎貴族の小娘のものだと!」
夜分遅く、当家の執務室に怒声が響いた。その声の主、わたくしの父であるパジアカ・ミラースは酒精で鼻の頭を真っ赤にしている。
他国の王子であるアセイア王子の言葉を疑うわけではなかったが、レコードの特許について調べたところしっかりと登録簿に記載があった。登録者はシャーディ・オースター。顔も知らなかったが、お披露目会でアイドルと名乗った少女がそうなのだろう。
「無能が! 宮廷魔術師だからと重宝してやったが、当家に泥を塗るなど……!」
子飼いの宮廷魔術師により持ち込まれた、レコードが革新的だと理解した父は、その宮廷魔術師と商会に量産を命じた。
しかし、宮廷魔術師の方は盗作の常習犯であったようだ。息子を使ってまだ学生の宮廷魔術師から、鍵を使って現品を持ち出し、模倣したものであったようだ。それを、まだ特許も取得していない魔道具であると偽り、当家に持ち込んだ。
鍵も現品も、どちらも技術を盗まれた方の宮廷魔術師が手掛けたという話を聞いたので、なんの因果だろうか。
そうとは知らず、父は資産を投じて販売体制を整えたのは良いが、大本の権利はシャーディのもの。当家には商会との契約で利益が入ってくるものの、微々たるものだ。
父は利益の大部分を特許料で入ると見込んでいた。
レコードは構造が簡単らしく、すぐに真似されるだろうと父は予測していた。商会からの利益は目減りするだろうが、特許があれば、一つの商会からではなく、すべての商会から利益を吸い上げることができる。それも、こちらが動くことなく、だ。
そんな利益が成る木である特許を、当家で子飼いの宮廷魔術師から買い取るつもりであったが、そんなものは最初からなかったのである。
一番美味しいところをシャーディと、最初に売りに出すことができる商会に取られたと思っているのだろう。
「お前もだぞ、ジェーン!」
父の怒りはわたくしに向いてきた。怒声に備える。
「お前が聖女になるため、私がいくら積んだと思っている!」
わたくしの「聖女」という称号は、張りぼてだった。それは知っている。
わたくし自身、そこまでの才はないと理解していた。それでも、父に認められるため、婚約者であるルミナス王子に相応しいものであるために努力している。いる、つもりだった。
シャーディ・オースター。彼女の神事を見るまでは。
見たこともない舞いに歌、一瞬で会場を虜にしたカリスマ。洗練された衣装と化粧は、どちらもわたくしに並ぶものはないと自負していたのに、それすらも敗北を喫した。
「アイドルなどというふざけたモノに負けることは許さん! 聖女こそが唯一であると知らしめよ!」
「はい。お父様」
そう答え、わたくしは逃げるように退出した。
自室に戻り、大きな天蓋のベッドに身を投げ出す。
「けど、どうすれば……? わたくしが、聖女に相応しくないのは、わたくしが知っています……彼女に、勝つなんて」
先日のシャーディの姿を思い出す。
大量の精霊に影響を及ぼすシャーディという少女。
父が執着し、わたくしも欲した聖女という肩書に、興味を示さなかった少女……。
「そんなの、精霊と契約でもしない限り……」
精霊と契約すれば、もしかしたら……。
そう思った時、窓が開き、風が流れ込んできた。思わず目を瞑る。
「きゃ……!?」
『契約を望むか。なら、契約を結ぼうではないか』
目を開けると、精霊が目の前にいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
お披露目会から一週間が経ち、日常は目に見えて変化した。
休み時間は前世と比べても生徒らが話に興じていて雑然としているものだが、今日は特に熱が入っているなと感じた。
「やっぱり、我々もアイドルを目指すべきなんじゃ……」
「いや、奇抜すぎないか? これまで通り……」
「結局どちらも後追いなのだから、より新しい形を模索すべき……」
今後の神事についてどうすべきか教室の黒板に何やら描いて議論している男子生徒たちがいたり、
「祭事服、素敵だったね? 私も着てみたい~!」
「どんなお化粧をしてるんだろう。すごくキラキラして見えた……」
「わたし達の服も飾ったりできないかな?」
「先生に聞いてみよ!」
女子生徒が、アイドル衣装や化粧について興味を持ってくれていたり、昨日の話題で持ちきりだ。
ちなみに衣装はともかく、化粧は魔法を使ったりしてるからだね! 私の素のスペックだったり、化粧が高い訳じゃないんだよ……!
色々と喧伝してしまったが、私に関しては特に変化がない。クラスの影が薄い感じの窓際族である。
変装レベルで雰囲気を変えているため、それを私と結びつける者もいないようだ。チーム名で名乗ったのが功を奏したみたい。
声に関しては特に変えていないが、普段大きな声を出さないし、歌っている最中の声と話す声はだいぶ違うので、そちらも気づかれることはなかった。
代わりに、アセ様、プル君、マド君に関しては結構変化があるみたいだ。
アセ様は元々、呪いがある、って噂のせいで遠巻きにされているのだが、現在も遠巻きにされている。しかし、それは呪いのせいではなく、女子らがアセ様を一目見ようと遠巻きにしている感じで、別のクラスの女子が休み時間ごとに覗きに来ていたり、同じクラスの女子がアセ様を気にしてこそこそと話していたりする形に変わった。
「居心地が悪い。無視されている方が平穏に感じる……そう感じるのは、贅沢なのかもしれないが」
そんな愚痴を一瞬だけ私に零しているのを聞いた。一緒にいるとクラスの女子が私を牽制し始めたので、人目があるところではあまりしゃべらないようにしている。
クラスが違うプル君に関しては普段の様子を知らなかったのだが、慌てた様子で助けを求めにきた。
なんでも、クラスでもみくちゃにされるらしい。色々と質問攻めになるのだと。普段は無視とまではいかないが、先日、レコード盤の盗作容疑で捕まった子が正式に退学となり、彼に遠慮してプル君に話しかけて来なかった子らが一気に群がったようだ。
「おらもプロデューサーみだいに変装しておぐべぎだったぁ……」
慣れない人の群れと遠慮ない質問、さらには婚約者や自分の家族構成まで根掘り葉掘り聞かれるようになったようで、すっかりと嫌気がさしてしまっていた。
ただ、それだけではなかったようで、
「おら、宮廷魔導士さ選ばれですぐ、誰がに成果がめられでだんだげど……今回犯人がわがって、おらの功績だって改めて認められたんだぁ。どうも、プロデューサー」
と、嬉しそうに報告してくれた。全然私は何もしていないのだが、純粋にプル君の重荷が一つ取れたのなら嬉しい。
それはそれとして、現状だと人の群れはどうにもできないので、隠れてやり過ごすのはどうか、と対処法を伝授した。
部室は一般公開してるわけではないので、そこに隠れるとか。
「どうも! そうする!」
プル君は嬉しそうに頷いて、その日からさっそく部室を隠れ家にしていた。
マド君にも変化があったみたい。彼はお茶会に招待したい、という女の子に囲まれていた。
「お茶会に参加してくれませんか?」
と3人くらいの女子に一斉に声をかけられていた。
「お、オレは練習があるから!」
と、困ったマド君は逃げ出していた。諦めが悪いのに迫られているらしく、姦しい女子が何人か、マド君をお茶会に誘おうと追いかけ回している。彼は平民なので声をかけやすいらしく、貴族平民問わず、お茶会以外にもデートに誘いたい女子がお手紙を書いて机や靴箱に入れたりされ、(目を離すとすぐパンパンになる)ぐったりとしていた。
「……気が狂う」
と、数日で結構ヤバそうな感じになってきたので困った。
「プル君と一緒に、部室に身を隠したら?」
「そうする……」
一旦はそれで様子見することになった。
日常が変化する中でも、放課後に集まって練習することは止めず、さらに数日過ごしていると、私たちの耳に新しい噂が入ってきた。
「ミラース嬢が新しいことを始めるらしい。中庭を見に行こう」
放課後、男子は人の群れに囲まれることが多いので、人を巻いてから部室に来る。
みんなが揃うのを宿題をしながら待っていた私は、急いだ様子で現れたアセ様に連れられ、人だかりが出来ている中庭に向かった。
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