第11話「波乱(を起こす)のお披露目会!」
お披露目会当日。
学園のダンスホールには人が集まっていた。全学年の生徒が集まれるほど広いホールに、私と同学年の生徒が一堂に会している。
学校側の催しであるため、その準備、運営のために、見慣れた先生ら数人と、見慣れない上級生がいる。生徒会役員をしているルミナス王子とその取り巻きをしている生徒らが中心っぽい。
その生徒会メンバーたちが会場設営や軽い食事の準備に勤しむメイドや執事に指示を飛ばしていた。
私はあとの用事が迫っているが、まだ制服姿で、ダンスホール全体を見て回っている。
「何か、用かな?」
「あ、いえ! お邪魔してすみません。先輩らの仕事ぶりを見学していただけで……」
会場の下見と、純粋に先輩らは何してるんだろ、くらいの気持ちで見ていたら、王子に声をかけられてしまった。
余所行きそうな笑顔を向けられ、私も外行きな表情で取り繕う。
「そうか。君も来年は私の代わりをしているかもな。しかし、今日は皆のためにこのパーティを行っている。向こうでゆっくり楽しんでくれ」
そう言って人が集まる方をさししめす王子は踵を返した。
それとなく邪魔をしないようにって釘を刺された感じかな? まぁ、言われずとも仕事中の人を邪魔したくないので、大人しく従い、下見はほどほどに切り上げる。
「それでは、これより、イマージェン・ミラース嬢による次代の神事について、発表を行いたいと思います」
拡声魔法を使った先生の一人が告げ、注目が集まる。期待に好奇、品定め。そんな生徒らの喧騒がゆっくりと広がる。
「次代の、かぁ。なかなか大きく出たなぁ」
私はダンスホールの喧騒に紛れ、小さく呟く。
照明が光量を落とし、グランドステアケース(ホールの大階段のこと)の上部を照らした。
「───♪」
美麗な歌声を響かせながら、大階段をゆっくりと降りてくるミラース嬢。踊り場に降り立った彼女はそう、大物歌手みたいな派手な恰好だった。
吹奏楽部がそれに合わせてゆったりと音楽を奏で始める。
ミラース嬢がゆっくり降りてくるのは単純に衣装が重かったりバランスのせいかもなんて場違いなことを思う。
「……」
空中に現れた精霊がちらほらと集まって、ミラース嬢の様子を、身体を左右に揺らしながら楽し気に見ている。
でも何だろう、私が求めるエンタメな感じじゃないような。指さしながら笑ってるやつとかいるし……。
「ああ、なんて素敵なの……!」
「イマージェン様……」
一方で、ダンスホールに集まった生徒たちは歌声と衣装に見入っている。精霊との反応とちぐはぐな気がするんだよね。
芸をして、笑って欲しい、観客から笑顔が貰えるって感じではなく、本人は真剣にやっているけど、滑稽に見えるから観客に笑われている、みたいな……。
どっちも観客を笑顔にしているから、問題ないと言えばそうなんだけど、意味合いが致命的に違うなという感じを受ける。
「確かに、似ているところもあるが……実際見ると似て非なるものだな。これが流派、門派の違いか」
「目指すとこも違ってんだな? 見た目や行動を寄せても、思想もおらたちと違う」
「ああ。なんか違うなって思ってたけどよ、そういうことか」
3人とも、違いを感じ取ったようだ。
「そうだね。目指すところが違うんだから、お互い頑張ろう、でいいんじゃないかな。それはそれとして、同じではない、ってはっきり見てもらおうか」
はっきり言えば、ミラース嬢のやっていることは「すごい私を見て」なのだ。
それ自体は悪いことではないし、私の理想は正しい! と論じる訳でもない。ただ、私が求めた推し活というエンタメは、そことは繋がらないってだけだ。だって、推し活は疑似的とはいえ、コミュニケーションだからね。
私たちはこれ以上の見学は切り上げ、男女に別れて用意された化粧直しなどに使われる小部屋に向かう。
催事服に着替えて、髪を整え、髪色と目の色を魔法で変える。
「未来の推し活のため……今はここの観客を楽しませよう!」
私はそう、鏡の中の自分に向かってそう言った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ふぅ」
わたくしは額の汗を拭いたくなったが、衣装が重いため諦めた。
それを察した友人の一人が、そっと近づいて来てわたくしの額をハンカチで拭う。
「素晴らしい神事でした。イマージェン様。精霊たちも喜んでいるご様子」
「ありがとう」
離れた友人に礼を良い、天井に集まった精霊たちが体を揺らして歓喜しているのを見て、私は安堵した。
生徒らの反応も、わたくしを称えるものに染まっている。
「王子もきっと……」
わたくしは婚約者の姿を探す。褒めてもらいたい、感想を聞きたい。彼と話したい……そんな風に思っていると、
「みんなー! 今日は楽しんでいこう!」
と、見慣れない服装の女生徒、さらには見慣れない服装をした男子生徒たちが大階段前で声を張り上げた。
「何なの?」
水を差された気持ちでいると、女生徒が再び何かを言い出した。
「私たちは、チーム「ウィングス」! 新しい形の神事について考えてきました! 今日はここで、その一部をお見せしたいと思います!」
そして、どこからともなく曲が聞こえてくる。わたくしが用意した吹奏楽部の面々は、困惑した様子で楽器から手を離していた。
そこから導き出されるのは一つ。慌てて周囲を見渡すと、音を奏でる大型の魔道具が目に入った。
「まさか……!」
今すぐ駆け寄って、奴らを止めなくては! そう思うも、衣装が重く、駆け出すことはできない。仕方なく、近くにいる先生に話をしに向かう。
「な、何ですか。この催しは!」
慌ててラリーダ先生に声をかけましたが、先生は落ち着いた、さも当然といった様子で返答してきました。
「何って……情報交換ですよ。地方で成績を残した子らの」
「生徒会としても、学園よりそのように聞いている。何か問題か?」
ルミナス王子がわたくしの様子に気づき、話しかけてくる。わたくしは、何と答えたものかと躊躇ってしまう。
「いえ……それは……」
「君のお披露目は大事だ。しかし、他の者の成果もあるなら、確認は必要だろう」
ルミナス王子がわたくしに近づき、手をそっと取ってくださいました。
「それに、君が聖女であることは揺るがないだろう? ジェーン」
耳打ちされて、わたくしの動転していた心がだんだんと落ち着いてくるのを感じます。
「ええ、そうです。わたくしが聖教が認めた、聖女であることは揺るぎません」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
準備万端の私たちはダンスホールの大階段前で拡声魔法を使って声を張り上げる。
「私たちは、チーム「ウィングス」! 新しい形の神事について考えてきました! 今日はここで、その一部をお見せしたいと思います!」
突然話しかけられ、会場の雰囲気は盛り上がるというよりも困惑気味だ。関心もミラース嬢のことが尾を引いていて、こちらに対しては低い。
「何?」
「何が始まるんだ」
「神事がなんだって?」
私はその反応を見て、ちょっと方針を変えることにした。
ダンスをするために階段前に集まったアセ様、プル君、マド君に声をかける。
「みんな、観客が戸惑ってるから、最初の曲は序盤が落ち着いてて、後半盛り上がるB曲に変更。大丈夫だよね?」
実は直前の打ち合わせで、ガツンとしたテンポの曲をぶつけて話題にする!
みたいな話でまとまっていたのだが、ちょっとそれでいけそうな熱量がない気がするのだ。というか、注目されてもいない。まだこちらのことに気づいてない人も多い。
何か始まっているよ、という前振りが必要で、観客がこちらに気づいた時には美味しいところが終わっている、というのは避けたい。
「会場の雰囲気に合わせるのか? こちらは問題ないが……」
「な、なんとかぁ!」
「オレは問題なし!」
みんなの返答を聞き、私は先生にハンドサインを送った。
ラリーダ先生はレコード盤を操作しようとしていたが、急に曲目を変更しようとしている私に気づき、あたふたする。見かねたポジック先生がレコード盤を素早く操作した。
ライブ曲が大型のレコード盤から流れ始め、注目が集まる。
「何かしら……この曲?」
音はどこから? と注目が集まると同時に、生徒たちが私たちに気づき始めた。前奏が終わったのに合わせ、私たちは一斉に歌い出す。
「これ……ミラース様の真似?」
「しかし、同じというには……」
「とても、楽しそう……」
時に否定的な意見も混じる感想も、歌とダンスが始まるとなりを潜めた。
「~~~♪」
緩やかなテンポ。ダンスもそれに合わせて、ゆったりと大きく見せつつもキレを出す。
「!」
曲調が変わって一気にアップテンポになった所で、歌とダンスも変化する。
「きゃ~!!」
ラリーダ先生が私たちに手を振って歓声を上げる。私はそれに飛び切りの笑顔で返した。
となりでレコード盤の様子を見ていたポジック先生も、びっくりしていた。数人の男子生徒も私の笑顔に驚く。これは、神使が観客にアピールすることがないからかな?
アセ様が素早く私のアピールに追従し、注目している女生徒の一人にウィンクを飛ばした。その生徒は頬を赤らめ、腰砕けになり、友人に支えられる。
プル君がぎこちないながらも笑顔を振りまき、女生徒が応援を返す。
マド君がかっこよくダンスを決めると、「かわいい!」という声が聞こえ、思わず「かっこいい」って言え! と返していたが、「かわいい~!」とさらに返されていた。
生徒らが、ライブの楽しみ方を私たちのライブを通して理解していく。手拍子をしたり、声援を送ったり、こちらを見て欲しいとおねだりしたり。
私たちは、それらに対して、ダンスと歌を披露し、笑顔を返し、時にはもっと反応を、と身振り手振りで煽ったりして答える。
「こ、こんな……」
ミラース嬢が顔を青ざめさせる。
ルミナス王子も無言でライブに見入っている。
「…………」
曲が盛り上がり、歌とダンスも佳境に入る。
私たちは踊り場へと一気に駆け上がり、クライマックスに向けてさらにテンポアップした。
「み、見て! 精霊が……!」
一人の観客がそう言ったのを全員が天井を見る。すると、高い天井付近には、精霊たちが集まり、ぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「精霊が……次々に集まって来ている……」
ルミナス王子は、その光景に驚いていた。ミラース嬢も呆気にとられ、精霊たちを見上げている。
精霊が、精霊を呼ぶ。そんな言葉が誰しもの頭に浮かぶような光景。
ライブ中の私たちは、そんな様子を見ている余裕もなく、ただ無心に駆け抜けることに集中した。
「こ、これが、本物の力……?」
ミラース嬢の呟きが、熱狂に包まれるホールの中に消えた。
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