第1話「命短し推しせよ乙女」
推しッ! 推さずにはいられないッ!!
その出会いはまさに衝撃だった。ショックで前世の記憶を思い出すほどだ。
聖王国における神事は、国の政として最重要視されるイベント。
学園に設置された祭壇。そこで精霊に、ここで習った魔法、武術を披露する神事と呼ばれるイベント。精霊たちに気に入ってもらうために、生徒は必死になって習ったことを披露していた。
私は自分の番を待ちつつ、ほかの生徒が祭壇の上で一人、磨いた芸(技術)を見せる様を観て、思う。
これってアイドルのライブじゃん! こうして私は前世を思い出した。
「ふふ、ふふふ……」
そうと決まれば、今すぐ動かねば。教室の隅っこで本を読んでいる役は終わり。
乙女の命は短い。具体的には2年半。学園を卒業すれば、親の決めた相手と結婚するのが普通なのだから。推しを推すにも時間がない!
さらにはこの世界にはネットもテレビもない。自分が見たい、やりたい娯楽は、自分で作ってしゃぶりつくすしかない。そう、今世の記憶が語っている。
耐えられない。物足りない。変わりたい。過去(前世)と現在(今世)の自分がそう言っている。
だから、私は勢いのままに飛び出し、宣言した。
「あなたをスカウトさせてください!」
その生徒は、憂いを帯びたようなクラスメイトの美少年だった。たった今、精霊への武芸の披露を終え、祭壇から校舎へと続く、渡り廊下の途中。
深い闇をたたえたような瞳。黒というよりは紺色の髪をした、影のある顔の美少年に、私はそう言い切った。
「えと、君は?」
困惑しつつも、そう問いかけてくる美少年。
勢いで行き過ぎたとハッとするが、言ってしまったのだから後には引けない。私は今更感じる緊張に耐えて、遅まきながらスカートをつまんでカーテシーをして見せる。
「突然失礼いたしました。キュアノース王子。私はシャーデー・オースターと申します」
「オースター……ああ、同じクラスの。スカウト、とはなんだろう」
イケメンは顔だけでなく記憶力もいいらしい。少し考える様子から、すぐに私の名前を思い出してくれたみたいだ。
困惑するのはわかる。アセイア・キュアノース王子は隣国・キュアノース王国からの留学生だ。スカウト、という言葉を使うなら、それはどこかの派閥へのスカウトか、仕事に関するものと相場が決まっている。
そして、彼はそれを受ける訳にはいかないとも。困惑は、いつのまにか警戒と、こちらを探るような鋭いものへと変化していた。
「それはもちろん。ライブ……いえ、神事のための神使として」
「神使の?」
一度消えかけた彼の困惑はさらに深まった。
他国の王子である彼には、この国の神事は関係ないことだ。伝統文化に触れることで、この国の文化や政を知ってもらう、という意図はあれど、それ以上国は立ち入らせないし、彼もまた、立ち入る理由もないためそれに従っている。
つまり、やってもやらなくてもいい実技。
(やってもやらなくても、半々くらい。だからこそ、チャンスはある……)
私の思惑通り、彼はそれを考え、それらを天秤にかけているのだろう。
「君とは、初対面……ではないにしろ、お互いよく知らないはずだよね?」
(脈ありとみた!)
意図を探る言葉は、興味ありのサインと受け取る。彼は他国とはいえ自分とは身分の違う存在。今こうしている間も、君は失礼だと一言断じて教室に戻ってもいいはず。
「その通りです。しかし、私は知っている」
あなたの今の実力と、あなたが持つ、ポテンシャルを!!
しかし、具体的に何をとは言わない。彼には興味を持ってほしいから。
「知っている? 何を……」
警戒心が浮かんでいる。しかし、私はそれを気にしなかった。彼の問いには答えず、顔を伏せる。
考えた末、アセイア様が切り出す。
「僕は君を知らない。だから……」
「では! 私の実力を知ってもらえれば、検討していただけますか?」
断られそうな気配を、彼の言葉と共に切って捨てる。もちろん特大に失礼だけど、今更失点を重ねたところで減るもんじゃないしね!
「……そう、だね。君の神事を見て、回答をしよう」
「ありがとうございます」
逡巡の後、彼から言質を得られ、私は満足。私は一礼して、
「では、私の番が近いので、ぜひご堪能ください」
顔をあげ、彼の目を真っすぐに見た。彼は私の目を見て、真意を覗くかのように見つめ返してくる。
「私のライブを!」
「ライブ……?」
怪訝そうな顔をしたが、私はそれに答えなかった。見てくれるならわかるはずだから。
私は踵を返して、祭壇……の準備室へと戻った。校舎へ向かう足を止め、祭壇に戻ろうとするアセイア様の足音を聞きながら。
祭壇の準備室。着替えや服装の最終チェック、自分の培った技術の復習などに使われるここは、現世だったら控室みたいなつくりをした広い一室で、数人が使えるように、化粧台やロッカー、ソファが用意されている。今は私以外の生徒はみんな本番のために出払っていた。
私は化粧台の前の一つに座り、顔を両手で覆っている。
「ぉぉぉぉ……勢いであんなことを言ったけど……できるの、私!」
今日まで異世界で15年分の経験をした私が、弱音を吐く。
それに対して、社会人経験もした、20数年生きた前世の私は、やるっきゃない! と言っている気がした。
私は化粧を変えるために、香油の入った小壺を手に、自分自身に宣言する。
「どうせやるなら全力で……やらなかった後悔じゃなく、やって後悔!」
あの時に全力でやりたかった。そういった気持ちが前世ではいつの時代にもあった。
中学、高校、大学、社会人。私は隅で大人しく本を読んだり勉強や仕事をしているタイプだった。それが悪いなんてことはない。
ただ、大人になって思ったのは、あの時、クラスや同期のみんなのように全力になれたらな、だった。部活動や勉強、友達との青春、異性との恋。そんな考えになったのは、大人になって、経済的な余裕が生まれ、好きなアニメのイベントや、アイドルのライブに行くようになってから。
その後、なるべく全力でそれらを堪能した私は、仕事との疲労も相まって身体を壊し、自力で立てなくなった私は、死に際も思ったのだ。もっと早く、全力で、楽しめたなら。
やらなかった後悔は、失敗した後悔よりも心に残っている。
だから今世では、クラスの隅で大人しく本を読み、勉強だけしているのはもうやめる。
鏡に映る、目を隠すほどの長さのブラウン色のぱっつん前髪に手をやる。髪を切ったりする時間はないので、香油を使ってヘアワックス代わりに髪型を弄る。前髪を横にすいて、額と目が見えるようにした。長い後ろ髪は結んだりしないでそのままにしておく。
「いい目をしてるよ。全力で楽しませよう」
鏡に映る、覚悟と、不安と、期待が混じった瞳。
私は髪色を光の魔法を使って明るく変化させる。目もそれに合わせて彩度を変えた。衣装に関しては学校指定の神事用の祭事服であるためどうにかするのは断念する……が、スカートは気持ち短め、ソックスをくるぶし近くまで落としてアレンジしてしまう。
「よし! 推し道とは、死ぬことと見つけたり!」
鏡の前でぐっと拳を握る。
(どうせ、このままなら生きたまま死んでいるようなもの。失敗しても社会的に死ぬくらい、大差ない!)
大差あるよ、と、今世の記憶が抵抗した気がするけど気にしない!
祭壇はもう、神事の終わりを示すような盛り下がり具合だった。
観客席(?)にいる精霊からは飽きている様子がありありと伝わってくるし、生徒はもうほとんど自分の番を終え、気になる注目生徒も見終わり、校舎へと戻っている。生徒の今日までの成長を採点するため、担任や専門科目の教師が残っているが、疲労も見えるし事務的な感じがひしひし伝わってくる。でも解散しないのは、最後の出番である私の神事を、とりあえずは確認しよう、という義務感からだ。
ちょうどいい。失敗したってこれなら、王子へ失言したくらいの失点で済む! 私はそう前向きに捉えて、祭壇へと駆け出した。
ちょっとした階段を駆け上がり、四角広い舞台にあがった所で、隅へ移動、高速連続バク転からの伸身宙返りを、精霊たちがいる観客席に向かってぶちかます!
声を魔法を使って拡大し、祭壇に残っている精霊と、全員に聞こえるよう、私は問いかけた。
「みんなー! 盛り上がってるー!?」
精霊と口は聞けない。見た目も人型をしているが、半透明だし子供くらいのサイズだし、浮いたり壁や床を通り抜けたり、その精霊が司る属性に応じて色とりどりで、人間とは色々違う。でも、感情がないわけじゃない。そう思う。
だって今、精霊は確実に唖然として固まり、私に注目している。眼とかないが、明らかに身体がこちらを向いているし、思い思いにしていた動きが止まっている。
私はポーズをとって、リズムを取り、歌と踊りを始めた。曲目は好きだったアイドルもののゲーム曲。輝く星になることを強く誓った名曲だ。私の今の覚悟にぴったりな!
「~~♪」
音楽の力は借りられない。自分の歌唱力に自信はないが贅沢なんて言ってられない。必死に笑顔を浮かべて踊りつつ、私は頭を巡らせる。
得意だが微力な光魔法で、自分の体にエフェクトをつける。踊りに合わせて光を飛ばし、精霊たちの気を引く。花火みたいにキラキラした光を打ち上げて、足りない歌唱力とダンスの演技力を補う。
「!」
だんだんと精霊たちが、好きに身体を揺らし始める。私は曲の振りに合わせながら、反応のいい精霊を狙い撃ちして、手を振り、ウィンクを飛ばし、気づいているぞとアピールする。
それらに気づいた精霊が、私に向かってもっともっとと手を振り、飛び回り始める。
「~~!!」
曲の盛り上がる頃には、精霊たち同士に熱が伝播し、飛び跳ね回る。歌のリズムに応じて身体をゆすったり、私の光魔法を真似て、色々な属性の魔法が打ち上がったりした。まばら気味だった精霊専用の観客席が、いつの間にかいっぱいになっている。
ふと、唖然とした様子の生徒や、教師たちに混ざってアセイア様が目に入った。彼とばっちりと目が合い、私は勢いでバチンとウィンクをかましてやる。
「!」
彼の反応を楽しむ暇はなかったので、私は曲の残りに集中しつつ、最後まで歌と踊りをやり切った。最後に特大の花火みたいな光魔法をステージに上げて、その隙に姿をくらます。
「ごめんね! アンコールは今日はなし!」
私はそう声をかけ、まだ精霊たちが熱狂している最中に、撤退することにした。
生徒や教師が押し掛ける前に、私は準備室で社会人の時に身に着けたはや着替えでかっちした制服姿になり、香油は落とせないが髪型と髪色を戻して地味クラスメイトに戻った。
いまだ冷めやらぬ様子の祭壇の精霊たちと、それを鎮めようとする教師や生徒たちをしり目に、私はこっそりと学園の校舎へと続く廊下をこそこそと歩く。
そこで声をかけられた。
「まさか、本当に君が……?」
待ち伏せていたのはアセイア様だ。私の方を見て、半信半疑といった様子だったので、一瞬だけ、前髪を横にすき、目と髪色をさっきの明るさにした。
「!」
気づいてもらえた様子なので、元に戻す。
「どうでしょう。ご納得いただけましたか?」
回答を待つと、背後から、ばたばたした足音が聞こえる。振り返ると生徒と教師たちが、慌てて駆けてきていた。
「探せ探せ! まだ近くにいるはず……!」
「これは聖王国始まって以来の……!」
なんて言葉が聞こえてくる。
あまりの勢いにびっくりして固まると、肩を掴まれ、アセイア様に抱き寄せられた。そのおかげで、集団に激突せずに済む。
集団が通り過ぎると、アセイア様は私の肩を掴んだまま、
「正直、想像以上だった。スカウト、是非受けたいと思う」
熱に浮くようなアセイア様の顔が、すぐそばにある。私は息を飲んだ。
「今後、君の事はなんと呼べば? シャーデー……いや、シャディ、の方がいいかな?」
「ぴ!?」
な、なんて顔面火力に、背筋に響くスウィートボイス……! いけません、いけませんよ王子! 顔面偏差値つよつよ罪すぎる……!
「ぴ?」
私はそれとなく彼から離れ、小さく咳払いして自分のペースを取り戻す。
「んん……いえ、はい。P、またはプロデューサーとお呼びください」
「プロデューサー?」
私は真面目な顔を作って首をかしげるアセイア様に説明する。
「はい。一線は必要かと思います。先生……ではありませんが、そういった役目上の敬称のようなものと思っていただければ」
「そうか……僕のことは、アセイアと呼んでくれ」
「えっと……」
無理でしょ! そんな慣れ慣れしくしたら、その日のうちに村八分どころか、クラスの隠れファンクラブの子に刺されるに決まってる!
「アセイア様、と」
「……」
さっきのライブと比べるとはるかにぎこちない笑顔で、僅かに抵抗してみたが、だめらしい。向こうのアルカイックスマイルは一切譲らない空気を感じる。
「では、アセ様と」
「……うん、ではそのように」
少し考えた様子のアセ様だったが、納得はしてもらえたらしい。
くそう。でも、もしかしてこれって、黙ってたら最初のアセイア様で通ったのかな。私が圧に弱かっただけかな?!
「しかし、一つ聞いてもいいだろうか。なぜ、僕に声をかけた?」
「なんでって……短い学園生活、全力で駆け抜けないと損じゃないですか」
私はそう言って笑う。アセ様は驚いた様子を見せた。
その瞬間、前世の記憶を思い出すまで、早く過ぎて、一日が長い、と思っていた学園生活が、矢のように過ぎ去ることが決まった瞬間だった。
そして、私が推しを推して推しまくる新生活の幕開けだった。
不定期更新予定