第8章 闇食いの兆し
宙庭に新たな名の芽が根を下ろしたその瞬間、空の彼方に黒い渦のような影が立ち現れた。闇は淡い銀光を、冷たい手で掻き消すように飲み込んでゆく。その中心から、低く不快な唸り声が、木々も鳥も静めてしまう。
「みんな下がって!」
トゥーレが素早く子どもたちを後ろへ誘導した。その眼差しは鋭く、アーデルも身を挺して小さな輪を守る。
ルキアの胸の奥に、何か重いものが食い込んでくる。
―名を与えたことで、闇はより強くこの場所へ呼び寄せられてしまったのだろうか。
闇の中から、ぼんやりと人の形を成す影が現れる。声も名もないその存在は、不気味に両手を宙へ伸ばしてきた。
触れられた木々は、たちまち名前を忘れ、しおれてゆく。
「ノクス、お前の“名”を、寄越せ。」
影の口から、かすれた声がもれる。
それは今まで出会った何者とも違う、“名”を奪われて存在の輪郭を失った旧き星の魂だった。
「ぼくの名は、誰にも渡さない!」
ルキアの魂の書が激しく光を放つ。と同時に、新たな名を授かったばかりの子どもたちからも淡い光があふれ、影へと立ち向かう。
アーデルとトゥーレはルキアの両側に立ち、三つの異なる名の響きを合わせて放った。
「影に飲まれようとも、名を灯し続けよ――!」
闇が渦を巻き、叫び声とともに後退し始める。
しかし強い憎悪の気配が残響し、影は最後にひとつだけ言葉を残した。
「お前の“核”を、この宙庭で必ず見つけ出す……」
影が消えたあと、子どもたちは小さく震えながらも、確かな名とその温かさに涙を浮かべていた。
ルキアは安堵と、そしてかすかな不安を覚えた。自分の名が力を持ち、同時に危うさも背負っていることを。
アーデルが静かに語る。
「名は希望と同時に、狙われる弱さにもなる。でも、誰かと分かち合い、尊ぶことで“守り”にも“光”にもなるんだ。」
トゥーレが宙庭の彼方を指さした。
「宙庭の奥に、名を刻む最初の碑がある。闇と対峙し、星の名を真に刻む者だけが、次の宇宙の扉へ進めるはずだ。」
宙庭に残る名の輝きと、影の気配――
決意を新たにし、ルキアたちは新たなる旅路へと歩み出した。
だがその足元には、未だ知らぬ“闇食い”の謎と、名に秘められた自分自身の真実が横たわっていた。