第7章 星庭の邂逅者たち
《名なき宙庭》は、ただ静かで美しい場所ではなかった。
散策を始めたルキア、トゥーレ、アーデルの三人は、それぞれの思いを胸に新世界の大地に足を踏みしめていた。
絹雲のような浮島を渡ると、そこには不思議な光景が広がっていた――
透明な木々に実る星型の果実、歌うように集う無数の小動物、誰かの足跡が点々と続いている。
「この星庭にも、旅人がいたようだね」
アーデルがしゃがみこみ、蒼い葉を指先でなぞる。その葉には見知らぬ紋様――まるで言葉のような、名の欠片のような――が刻まれていた。
進むごとに、宙庭の空気にざわめきが増していく。
遠くから、軽やかな足音と笑い声が響いてきた。ルキアたちがそちらに目を向けると、雲の実を摘みながら遊んでいる子どもたちの一団が現れた。
だが、彼らの顔はぼんやりと霞み、輪郭が曖昧になる。声も心にかすかにしか入ってこない。
「名が…ないんだ」
ルキアは思わずつぶやいた。
トゥーレがうなずく。「名なきものは、この世界では“輪郭”を保てない。でも心だけは、きっと残っている。」
子どもたちはルキアたちに気付き、近寄ってきた。ひとりの少女が、ルキアの魂の書を見上げる。
—ページが震え、淡い光が生まれる。
「もし、よければ…」 少女の声が小さく響く。「一緒に遊んでほしい。わたしたち、ここで誰かに“名”をつけてほしいの。」
言葉に戸惑うルキア。
名を与えること――それはこの世界に責任と影響をもたらすこと。
アーデルがそっと寄り添った。「ルキア、この子たちに名の“片鱗”を贈ることは、君の“ノクス”の力を試すことにもなるかもしれない。」
ルキアは子どもたちの瞳の中に、自分のかつての不安と希望を見る。
彼はゆっくりとうなずき、魂の書を開いた。
「――教えて、君の心に浮かぶ色や音を」
少女や子どもたちは、次々に心の奥のイメージを語った。月のひかり。虹色の風。星くずの歌。
ルキアはその“かけら”を織り合わせ、小さな、でも確かな名をいくつも紡いでいく。
すると、子どもたちの輪郭が少しずつはっきりし始め、宙庭の木々がそれを祝福するように音を立てた。
新たな名の誕生に、宇宙蝶が舞い、人々の心に優しい光が満ちていく。
ルキア・ノクスの“名”が、他者のために小さく芽吹いた瞬間だった。
だがそのとき、宙庭の彼方から黒い雲が流れてくる。
光と名の誕生に引き寄せられた、“名を喰らう闇”の気配――
「闇が迫ってきている!」
トゥーレが叫ぶ。
名なき宙庭での小さな奇跡に、予期せぬ新たな試練が迫っていた。