第5章 夜明けに揺れる銀河
ルキア・ノクス——
新しい名を授かったその胸の奥に、いままで味わったことのないほどの静かな力が満ちているのを、ルキアははっきりと感じていた。
選定会を終えて街を出ると、トゥーレは彼の肩を叩き、静かに語った。
「“名”を得たことで、お前の魂は広がった。だが、名は試されるものでもある。これからの旅で本当にその響きを得るかどうかは、お前の生き方次第だ。」
宇宙港を見下ろす浮遊橋の上から、彗星の尾が淡く流れる夜空が広がっていた。それは、夜と朝の狭間に咲いた夢のような景色だった。
「次はどこへ行けばいいの?」
ルキアが問いかけると、トゥーレは沈黙したまま、遠い星を見つめている。
「……“扉”だ。」
不意に、仮面の来訪者が現れた。もう隠れることなく、ルキアたちの前に歩み寄ってくる。
「ルキア・ノクス。お前はすでに《旅人の証》を手にした。だが今宵、星界の大渦――《リュミエール・ゲート》が開かれる。」
仮面の下で赤い双眸がちらつき、どこか深い哀しみが滲んだ。
「その門の向こうには、人がまだ名を知らぬ星。そして、闇よりも深い試練が待つ。名を持つ者しか通れぬ道だ。」
トゥーレはルキアに向き直った。
「決めるのは君自身だ。
この船に戻り、穏やかな旅を続けるか。あるいは、“名”の真価を知るため、未知の世界へ飛び出すか。」
迷いと期待が交差する。
選定会の余韻がまだ残る夜。ルキアは思い出した、かつて自分が病室の窓辺で見た黄昏と――新しい明日をどこまでも求めた心を。
「行くよ。僕は旅を選ぶ。自分の“夜明け”を、この手で掴みたい。」
勇気は小さな炎となって彼の影を照らす。魂の書がぱっと開き、そこから微かな銀色の光が溢れた。
仮面の来訪者が、不意に仮面を外した。
その素顔は、驚くほど幼い少女だった。赤い目はルキアの“ノクス”と同じ深みを持ち、微かな微笑と哀しみの狭間で揺れていた。
「私はアーデル。お前と同じく、かつて星名を得た者。さあ…《リュミエール・ゲート》へ案内しよう。」
サイレント・アーク号の甲板へ、三人は静かに並んで立つ。
星々が朝焼けに染まり、巨大な光輪が宇宙空間に口を開ける。
「この門を越えたら、もう後戻りできない。」
トゥーレがやさしい声で告げる。
ルキアはふっと笑う。
「大丈夫。僕の名は、もうここにある。」
星と魂と闇、すべてを抱えて、ルキアは一歩を踏み出した。
その足音は、やがて新たな銀河と物語へと――静かに、しかし確かに響いていった。