第3章 彗星の港と仮面の来訪者
サイレント・アーク号は宇宙の流れに乗り、光の川を抜けてゆっくり速度を落とした。艦窓の外には、彗星の尾が紡ぐ虹色の霞と、宇宙港の浮遊都市が星霜の中に浮かんでいる。
「ここが《ポルタ・コメタ》だ。」
トゥーレの声にルキアは顔を上げる。
その都市は、大小無数の浮遊台が絡み合い、船や生命体、人影が入り乱れる不思議な場所だった。軌道の彼方には青いもやに包まれた巨大な惑星が見える。
「港・・・?」
「宇宙を旅する者が集い、別れる場所だ。君のような“星界の徒”も、きっと他にいる。」
サイレント・アーク号がゆっくりと着艦すると、船体に走る光脈が優しい拍動を奏でた。ハッチが開き、無重力と重力が滑らかに交差する廊下を通って、ルキアとトゥーレは港のプラットフォームへ降り立った。
街には多様な人々がいた。透明な殻に覆われたクラゲのような知性体、何本もの脚で歩く生き物、気難しげなヒト型の老女までも。船員、商人、詩人、魔術師。万物の光景がそこにあった。
ルキアは、少しだけ怖くなった。
彼の手の中には、まだ薄く輝く《魂の書》がある。
「ここで自分の《星名》を知れ。」
そう告げ、トゥーレは一冊の皮のノートを渡した。「出会ったもの・見たもの・感じたもの――何でもいい。君のことばで刻め。」
ただそのとき、港の一角がざわめいた。人混みを裂くように、漆黒の仮面を被った謎の存在がゆっくりと歩いてきた。仮面の下からは赤い光がちらちらと覗く。
「…何者?」
ルキアは声を低くするが、仮面の人物は山猫のような俊敏さで近づき、低い声でささやいた。
「――名を持たぬものよ、お前もまた“招かれし者”か。」
彼の《魂の書》が、勝手に震えた。仮面の人物は、ルキアの手の書に触れ、音のない囁きを書き込んだ。
「我ら“星影の徒”は、影と光の狭間を旅する者。お前の名前、ここ《ポルタ・コメタ》で見いだせるかもしれぬ。」
仮面の人物はそっと小さな星形の石を置いて立ち去った。その足跡は、地面に銀色の筋を残した。
「ルキア、大切なのは怖れぬことだ。
星々は、それぞれの“本当の名”で呼ばれる時、力を与えられる。」
トゥーレは静かに語る。
ルキアは港の雑踏を見渡し、自分がなぜここに現れ、何のために生まれ直したのか、魂に問いかける。
新しい出会い――
まだ見ぬ自分――
宇宙の深淵のどこかに、きっと答えがあるのだろう。
そんな予感と小さな決意を胸に、ルキアは生まれて初めて、一人で港の街へと踏み出した。
その歩みの先に、どんな名と、どんな運命が待ち受けているのかも知らずに。