表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

第2章 銀の書と闇の囁き


ルキアが自分の名を口にしたとき、不思議な温もりが胸の奥に灯った。その灯火は、彼自身の存在を確かにここに刻みつける、小さな証だった。


サイレント・アーク号は静かに航行している。

船内に響く音は、遠い恒星の震えた歌声か、それとも宇宙の鼓動か。ルキアは通路を歩きながら、異世界転生の実感をじわじわと味わい始めていた。


「トゥーレ、僕は何をすればいい?」


問いかけると、トゥーレは小さく微笑み、甲板の奥にルキアを導いた。そこには無数の本が浮かぶ、まるで図書館のような空間があった。書物たちは重力に縛られず、ゆっくりと空中を泳いでいる。


「ここは《銀の書庫》だ。

船で過ごす間、お前は何でも学べる。星界語、銀河魔法、そして…自分自身の力。」


「ぼくの…力?」


トゥーレは、銀の皮革に包まれた古い書をひとつ手に取り、ルキアに差し出す。その表紙には、見覚えのない星座と、彼の名が刻まれていた。


「この書は、《魂の書》。お前の過去と未来の記録だ。」


おそるおそる、それを開いた瞬間、ページの間から闇色の霧がゆらめく。なつかしい病室の風景、絶望の中でぎゅっと握りしめた小さな希望、そして…見知らぬ夜空へと旅立つ自分の姿が現れる。


「恐れるな。影はお前の一部だ。」


船体がかすかに軋む。途端に銀の書庫全体に暗いざわめきが広がっていく。本たちがそれぞれ言葉にならない音で警告を告げる。


「何が起こってるの?」


ルキアが声をひそめると、壁の向こうからかすかな囁きが通路を伝ってやってきた。


『……ソラ、トブ。 ワタシノ、ナモナキ、ココロ……』


「これは、外宇宙の“影”だ。サイレント・アーク号はしばしば、流れ星とともに未だ名もない魂に出会う。」


トゥーレの目が鋭く細くなった。


「影に負けず、自分の名前を確かめることが大事だ。」


ルキアはページを強く握る。そのとき、船の端に何かが激しくぶつかる音が響いた。書庫を漂う本たちが指し示す先、艦窓の向こうで、真っ黒なうねりが光を呑み込むように動いている。


「決断だ、ルキア。

その魂の書に、自分の“願い”を書き記せ。新たな世界を歩むために。」


ルキアは一瞬戸惑うが、思い切って銀色のインク筆を取り、震える手で書き始めた。


「ぼくは――この宇宙のどこかに、自分の心で見つけた名前を残したい。」


淡い銀光が、彼の指先から溢れだす。それは影を照らし、書庫に優しい明かりを満たした。


『名もなき魂』が、どこか遠くで微かに、微笑んだような気がした。


――銀河の船は再び静かに、次の運命の星域へと進み始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ