第1章 銀河の涯、今はじまる名もなき旅
星々の囁きが、無限の闇の中からルキアの耳に流れこんでくる。
――ここはどこだ。
瞼を開けると、見知らぬ天井――ではなく、透き通るような宇宙の蒼穹が広がっていた。
ルキア・エルノアは、自分がなぜ生きているのか分からなかった。どうやって、どこからここに来たのか思い出せない。思い出せるのは、病室の窓の外で霞んでいく地球の夕日と、脈打つ心臓の微かな痛みだけ。
浮かんでいたのは、瑠璃色のガラス細工のように曲がりくねった宇宙船の内部。重力は微かに感じられるものの、足元に“床”があるというよりは、空間そのものが身体をやさしく支えている。
「目が覚めたのか?」
低く静かな声に、ルキアは振り向く。
立っていたのは、銀色のケープを羽織った青年だった。歳は多分、二十歳くらい。瞳は黒曜石のように深い。名前もわからない彼の背後では、外宇宙の彼方で小さな彗星が尾を引いていた。
「君の名は?」
青年は正面に座り、ルキアの目を覗き込む。
「……ルキア。ルキア・エルノア。」
答えると、宇宙船の壁がかすかに光を帯びて脈動した。まるでこの宇宙船そのものが彼の存在を認めたかのように。
「ここは《サイレント・アーク号》。お前は選ばれてここへ来た。産まれ変わるために。」
産まれ変わる――。
その響きに、ルキアの心の奥底にざわめきが生じる。
「僕が――死んだ、ということ?」
「そう。けれどそれは終わりじゃない。お前は《星界の徒》として、新たなる運命を歩むのだ。」
青年――彼の名はトゥーレ。名乗る間もなく、しなやかな手で案内され、ルキアは船内の中心部に連れて行かれる。そこには無数のクリスタルに輝く地図球体が浮かび、宇宙全体を青白く浮かび上がらせていた。
「これから君の人生は、自分で選べる。命の魔法を使う星も、魂を追う黒い渦も、全てはこの銀河のどこかに潜んでいる。」
ルキアはゆっくりと、周囲に目を巡らせる。
どこまでも深く、どこまでも遠い“宇宙”の旅が、今まさに始まろうとしていた。
「一つだけ、名を持て。自分が何者として生きるかを。」
ルキアは静かに目を閉じた。
薄れゆく過去から、新たな自分へ。その名は、まだ自分の胸の中で繭のように眠っていた。
だが、このサイレント・アーク号にて、彼の新たな生の物語が――今、銀河の涯から始まる。