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影札商売  作者: To-Marigi
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藩主・芦原典膳の居城、芦原城。厳かな空気が流れる謁見の間に、蒼龍、瑠宇、そして春風の三人は畳に正座し深々と平伏していた。やわらかな陽光が御簾越しに差し込み、静かな空間をゆるやかに照らしている。


芦原典膳は穏やかに三人を見下ろしつつ、わずかに首を傾げた。


「苦しゅうない面を上げよ。蒼龍よ、久しいな。このところ何か変わったことでもあったか。こちらは公務ばかりで飽き飽きしておるのだ」


蒼龍は、静かに頭を上げると慎重に言葉を紡いだ。


「実は藩主様、またしても符術に絡んだ騒動が起きましてな……。黄昏通信と白菊重薬の対立に巻き込まれ、それを収めるために我々も少々骨を折りました次第にございます」


典膳は蒼龍から話されることの顛末を聞くにつれ、驚きと呆れが入り混じった複雑な表情を浮かべた。


「にわかには信じられん。江戸の危機だと? しかも、お主たちはまた企業とやりあったのか……。以前、玄作の符術騒動の時も同じようなことがあったな。まったく飽きぬ者たちよ」


呆れたようにため息をつきつつも、典膳の顔には隠しきれぬ興奮が浮かんでいるようにも見えた。


「まぁよい。見事収めてくれたのだな。褒めてつかわす」


典膳が「後ほど黄昏通信と白菊重薬の者たちにも話を聞いておけ」と側近に指示を出すと、その隣に静かに座していた栞姫が袖で口元を隠しながら、小さくくすくすと笑った。


「まったく飽きないお人ですね、蒼龍様も瑠宇様も。それに新しく加わった春風様も。いつも面白い話を運んでくださって、城が退屈しません」


栞姫の柔らかな言葉に春風は恐縮しながらも頬を赤らめ、小さく頭を下げた。

典膳はそれを穏やかに見届けた後、改めて声を整え、本題へと移った。


「さて、本日の用件は他でもない。春風、そなたが符術師として正式に認められたことを、ここに示す」


そう言うと典膳は側近から受け取った巻物を静かに手渡した。その巻物には藩主・芦原典膳の正式な印が押され、春風が『符術師』として正式に認められたことを示す免状が記されていた。


「ありがとうございます、藩主様。これから符術を通じ、人々の支えとなれるよう精進いたします」


春風は深く、そして丁寧に頭を下げた。


蒼龍と瑠宇も穏やかに微笑みながら、春風を誇らしげに見つめた。城の外には明るい朝日が差し込み、まるで新しい時代の訪れを告げるように江戸の町並みを鮮やかに照らしていた。


江戸の長屋街、その一角で新たに改装された庵が、朝日に照らされて静かに輝いていた。かつて玄作の庵だった長屋は、春風が符術師として新たな一歩を踏み出す『春風庵』として再び息を吹き返したのである。


「春風、よかったな。立派な庵だ」


蒼龍は満足そうに頷きながら、庵の新しい看板を眺めていた。瑠宇もまた、兄弟子として誇らしげに微笑みかけた。


「大勢集まってくれてよかったな、春風」


町人たちは次々に春風へと祝いの言葉をかけていく。春風はその祝福に照れくさそうに頭をかきながら、何度も頭を下げて礼を返した。

そこへ神谷と佐久間が揃って姿を現した。神谷はいつもの鋭い表情を崩し、佐久間もややばつの悪そうな顔をしながらも、二人とも春風を祝福するために駆けつけていた。


「春風君、庵の完成おめでとう。こうして見ると実に符術師らしい佇まいじゃないか」


神谷の言葉に佐久間も小さく頷いた。


「我々はしばらく謹慎ということになったが、君の新たな門出を祝わずにはおれないと思ってな」


彼らが微笑み合っていると、遠方から蒼龍に声がかかった。蒼龍が声の方を向くと大きな獲物を背負った若い猟師・荒牧が帰ってきた。その背中には、銀色に輝く巨大な狼が括りつけられている。


「荒牧、お前、生きて帰ってきたか! よねは無事に子を産んだぞ! 隣山の銀狼を狩りに出ていったきり、一月も音沙汰なしだったから、よねも赤子も泣き止まん。しかし、てっきりお前は狼の餌になったものかと……」


荒牧は苦笑しながら右手を掲げる。


「いえ、危うく本当に餌になるところでした。それに小指を一本持っていかれた。尼さま、よねの赤子に免じて符術で治してもらえますか?」


蒼龍は少し考えると、くすりと笑い春風を見た。


「春風、初めての客だ。お前が治してやれ」


春風は緊張した面持ちで頷くと、手早く筆を取り符を描いた。符を荒牧の手に当てると、その指先に温かい光が灯り、失われていた小指がみるみる元通りに再生した。

荒牧は不思議そうに小指を何度も曲げ伸ばししながら、驚きの表情を浮かべた。


「……完璧だ。しかし、尼さまでないなら金を払わねばならん。だが、金がない。代わりにこの狼で払えないか」


荒牧が背負った銀狼を指さすと、それを見て蒼龍は思わず豪快に笑った。


「銀狼一匹で足りるかだと? お前、それがどれほどの価値があるか分かっているのか。指一本どころか、体丸ごと符術で再生しても、まだ豪邸の一つや二つは建つぞ。そうだちょうどいい、あそこにいる神谷と佐久間に買い取ってもらえ。春風にはその金から払っておけ。あっはっはっは」


突然名前を呼ばれた二人は、互いの顔を見合わせ苦笑しつつ、興味深げに銀狼を見分した。すぐにその目が光り出し、企業人としての本領を発揮しはじめた。


「これはいい……こんな上物はそう簡単には手に入らない。佐久間殿、ここは我々黄昏通信が買い取ろう」

「待った、神谷殿。白菊重薬こそが符術素材として適切に扱える。ぜひ我々に譲ってもらおう」


二人はすぐに熱心に交渉を始め、値段を釣り上げ合う。その様子を見た瑠宇と蒼龍、春風は顔を見合わせ、思わず噴き出した。

周囲の町人たちもまた楽しげに笑い合いながら、和やかな光景を見守っている。江戸の町には再び穏やかな日常が訪れ、新たな符術師・春風の庵の前には、暖かな陽射しが優しく降り注いでいた。


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