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影札商売  作者: To-Marigi
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闇に飲まれて

地下神殿は崩壊寸前の悲鳴を上げていた。壁は亀裂を広げ、柱は音を立てて崩れ落ち始めている。先ほどまでわずかに保たれていた調和は完全に崩れ、久遠が放つ霊気の狂乱が、地下空間を無慈悲に揺るがしていた。


中心部では久遠が霊気の奔流を全身から放ち、ゆっくりと腕を広げ、天を仰ぐような狂気じみた笑みを浮かべていた。彼の身体を取り巻く青白い光は、地下神殿全体を呑み込むように蠢いている。


探索隊員たちは統制を失い、白菊と黄昏の垣根を越えた協力関係はもろくも崩れ、隊員の中には恐怖に駆られて逃げ惑う者すら現れ始めていた。


春風は霊気の逆流に苦しみながら意識を失いつつあり、その傍らでは瑠宇が必死に支えていた。蒼龍もまた、久遠の攻撃により深い傷を負い、荒い息を吐きながら、弟子たちを守る力を失いつつあった。


もはや誰の目にも明らかだった。この地下神殿で起きている霊気の暴走が江戸全域を飲み込み、すべてが破滅へと向かっていることが――。


絶望的な状況の中で、瑠宇は呻くように呟いた。


「これが……全てを失うということなのか……」


地下神殿は、希望の最後の欠片すら打ち砕くかのように震え続けていた。

地下神殿の轟音とともに、久遠が静かに足を踏み出す。足元の石畳は彼の霊気に呼応し、細かく砕けて塵となった。


「これで終わりだ。すべての符術は人間を惑わせるだけの呪いに過ぎぬ。今こそ、この愚かな世界を根本から浄化する」


彼の冷たく澄んだ声が響き渡ると同時に、再び強烈な霊気が周囲をなぎ払い、探索隊員たちが次々と吹き飛ばされる。


「うわああっ!」

「もうだめだ……!」


佐久間は必死に隊員たちを鼓舞しようと叫ぶ。


「諦めるな!隊列を崩すな!鎮潮柱を再起動し、霊気を押さえ込め!」


しかし隊員たちはすでに恐怖に支配され、その場から逃げ出す者が続出し、完全に混乱に陥っていた。


「待て! 逃げるな、逃げてもどこにも逃げ場などないぞ!」


神谷もまた、黄昏の隊員を説得しようと必死だったが、久遠が放つ霊気の衝撃波がそれを妨げる。


「無駄だ、神谷。恐怖に染まった人間に、勇気などというものはない!」


久遠の言葉が冷たく響く。瑠宇は意識の薄れかけている春風を守るように抱きしめながら、歯を食いしばっていた。


「久遠、あなたは間違っている!符術は人を救うためにあるはずだ!」

「お前たちは何も学んでいない。符術が人を救ったことなどあったか?我々が符術に求めれば求めるほど、悲劇は深まるだけだ」


蒼龍が傷ついた身体を無理に引きずりながら立ち上がり、弟子を庇うように久遠に対峙する。


「久遠、お前は符術の闇に飲まれただけだ。お前の望む浄化とは、すべてを破壊することに他ならない」

「違う。私の望みは、この虚飾に満ちた世界を原初の状態へ戻すことだけだ。符術のない世界へ……」


その瞬間、彼は再び強大な霊気を放ち、蒼龍を激しく吹き飛ばす。


「師匠っ!」


瑠宇が叫ぶが、蒼龍はその場に膝をつき、血を流しながら呻いた。


「すまぬ、瑠宇……私は弟子を守ることすらできぬ……」


その光景を目にした瑠宇の心は深い絶望と罪悪感に支配され、全身から力が抜けてゆくようだった。


「師匠、僕が……僕がもっと強ければ……!」


一方、意識を失いかけていた春風は必死に薄目を開ける。自分を守る兄弟子たち、必死に戦う師匠の姿がぼんやりと目に映った。


「僕が……やらなきゃいけないのに……僕のせいで……!」


佐久間と神谷はなおも必死に春風の体を支え、霊気の治療を続ける。


「春風君、まだ動くな!君が本当に倒れれば我々の望みも途絶える!」


しかし春風は弱々しく呟くばかりだった。


「でも僕には……僕にはもう……」


久遠が再び霊気の力を爆発させ、地下神殿は再び激しく揺れた。


「終わりだ。すべてを無へと帰す!」


久遠の絶望的なまでの霊気が地下神殿の天井を突き破り、地上へと立ち昇っていった。その凄まじい力を目にし、瑠宇は悲痛な叫びを上げた。


「やめろ、久遠! お前がこんなことをすれば、江戸が消えてしまう!」

「それが私の目的だ。世界は符術に支配され、堕落してしまった。もう遅い」


瑠宇は震える手で、半ば意識を失っている春風を抱きしめ、絶望に打ちひしがれる。


「どうして……どうしてこうなってしまったんだ……」


蒼龍は傷ついた身体で立ち上がり、弟子たちを見つめながら静かに呟いた。


「瑠宇、春風……すまぬ……私は師として、何ひとつお前たちに教えることができなかった……」


神谷も佐久間もまた、すべてが終わったかのような絶望感を抱き、立ち尽くしていた。


地下神殿はもはや希望の欠片すら残っていない、深い闇に飲み込まれていくようだった。

佐久間と神谷は依然として春風の治療を続けていたが、両者の顔色もまた蒼白になり、焦燥感が隠しきれなくなっていた。


「神谷殿、幽鏡水晶と鎮潮柱はもう限界だ……これ以上の酷使は……」

「分かっています、佐久間殿……だが、このまま諦めるわけにはいかない」


二人は互いに顔を見合わせ、微かに頷きあったが、その瞳にはもう希望はほとんど映っていなかった。


久遠は静かな足取りで近づき、その場に跪いている人々を見下ろしながら冷たく告げた。


「符術がもたらしたものがこれだ。絶望と、力を求める愚かな争いだけ……。これが、私が全てを元に戻さねばならぬ理由だ」


蒼龍はゆっくりと顔を上げ、久遠を睨みつけた。


「久遠……。お前の苦しみや怒りは理解する。しかし、だからといってこの世界を壊して良い理由にはならない!」


だが久遠は冷笑を浮かべ、それを遮った。


「今さら、理解などいらぬ。符術をこの世界に広めたお前たちに、その資格はない」


久遠は掌を静かに掲げると、周囲の霊気を集めて新たな符を描き始めた。霊気の嵐はさらに激しくなり、地下神殿が今にも崩れ去りそうなほど揺れた。

久遠の放つ符が完成へと近づき、周囲の霊気が膨れ上がった。彼は冷たい声で静かに呟いた。


「終わりだ。すべてが元に戻る……霊気に飲まれて消え去るがよい」


その瞬間、地下神殿は完全な崩壊を始め、天井の一部が砕け落ちてきた。探索隊員たちは悲鳴を上げ、逃げ惑い、そこにいた誰もが生きる希望を失いつつあった。


瑠宇は最後の力を振り絞り、崩れ落ちる瓦礫から春風を守ろうと懸命に身を挺したが、その目には深い絶望と無力感が宿っていた。


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