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影札商売  作者: To-Marigi
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代償の兆し

地下神殿は穏やかな静寂に包まれていた。十式・群耀の成功により、荒れ狂っていた霊気は調和され、先ほどまでの狂乱が嘘のように静まり返っている。淡い光が空間全体を優しく照らし、先ほどの戦いの緊張がゆっくりと解け始めていた。


企業の探索隊員たちは、敵味方の区別なく互いに安堵した表情を交わし合い、その奇跡的な符術の力を目の当たりにした余韻に浸っている。佐久間と神谷もまた、符術が持つ本来の可能性と共存への道を静かに考え始めていた。


だが、その穏やかさの中心で符を掲げていた春風の身体が、不意に小さく震え出した。呼吸は浅く乱れ、額には玉のような冷汗が浮かび始めている。


春風は自身の手にした符を見つめ、異変を感じ取りながらも、その事実を受け止めきれずにいた。『群耀』は確かに成功した。しかしその成功の裏側で、今まで感じたことのない巨大な代償が、静かに彼の身体を蝕みつつあった。


春風の手に握られた『群耀』の符がゆっくりと輝きを失い、青白い光が穏やかに消え去っていく。周囲の人々はその美しくも儚い余韻に浸っていたが、瑠宇だけはすぐに春風の異変に気づき、慌てて彼の側に駆け寄った。


「春風、どうした? 顔色が悪いぞ!」


春風は弱々しく笑顔を作ろうとしたが、それはすぐに崩れ去った。彼の膝が崩れかけ、瑠宇は慌てて春風を支えた。


「……すみません、瑠宇兄さん。ちょっと、眩暈が……」

「春風!」


蒼龍も急いで近づき、弟子の肩に手を添えた。春風の全身は冷たく汗ばんでおり、瞳はどこか焦点を失いかけていた。瑠宇は焦燥を抑えられずに問いかけた。


「師匠、一体これは……?」

「群耀は強大な力だ。あれほどの符を操れば、身体への反動も当然大きい。今その反動が春風を蝕んでいるのだろう」

「それは……治療できるものなのですか?」


蒼龍は小さく首を振った。


「これほどの高度な符術を使った反動は、すぐに治癒できるようなものではない。何らかの方法で霊気を再び調和させなければ……」

「僕が群耀を使ったことで……霊気の流れが僕自身にも逆流しているみたいなんです。何とかしないと、このままでは……」


瑠宇は焦燥と恐怖に駆られたが、弟弟子を安心させようと必死で言葉を絞り出した。


「大丈夫だ、春風。何か方法があるはずだ。必ず見つける」


佐久間は唇を噛みしめながら、自らの企業の立場と弟弟子への思いの狭間で深く葛藤していたが、やがて重い口を開いた。


「瑠宇君、師匠、霊気を再調整する方法がないわけではないかもしれない。私たち白菊重薬が研究していた『幽鏡水晶』は、こうした霊気の乱れを一時的に抑制する可能性がある」

「待て、その方法は一時的な処置に過ぎないだろう。我々黄昏通信の鎮潮柱技術で根本的に霊気を安定化させるほうが、長期的には有効だ」


二人の視線がぶつかり合い、再び緊張が広がりかける。その様子を見た蒼龍が強く制した。


「二人とも、今は対立している場合ではない。両方を使え。幽鏡水晶で一時的に逆流を抑え、その間に鎮潮柱で根本から流れを安定化させろ」


佐久間と神谷は互いを見つめ合い、一瞬の葛藤を経て頷き合った。

神谷はしばらく沈黙した後、ため息をついた。


「神谷殿、ここは協力するしかないようですね」

「……やむを得ませんな、佐久間殿。江戸と我々を救った春風君の命が最優先だ」

「仕方あるまい。我々がいがみ合っている間に大切なものを見失うよりはずっといい」


二人の言葉に、企業の探索隊員たちもまた静かに頷き動き始めた。ある者は懐から小ぶりな『幽鏡水晶』を取り出し、またある者は小さな鎮潮柱らしきものを取りだし、春風の周りに設置し始める。企業の枠を超え、目の前にある危機を乗り越えることが何よりも重要だという認識が浸透しつつあった。

やがて神殿中央にふたつの装置が並べられる。春風を中央にして幽鏡水晶と鎮潮柱が対をなし、それぞれが淡い光を放ち始めた。

だがその間にも、春風の苦痛は増していた。彼の身体は徐々に冷たさを増し、震えが強くなっていく。

瑠宇は春風の手を強く握りしめ、必死に語りかけた。


「春風、しっかりしろ!お前が僕らを、江戸を救ったんだ。今度は僕らが必ずお前を助ける!」

「ありがとう……瑠宇兄さん、でも……僕がこの符術を使ったことで、みんなを危険に巻き込んでしまったかもしれない……」

「違うぞ、春風。お前がやったことは正しかった。この危機を脱するために、誰かが犠牲になる必要などない」


春風は師匠の言葉に涙を浮かべながら、微かに頷いた。


「師匠……」


蒼龍は弟子の肩を優しく叩き、その視線を再び佐久間と神谷に向けた。


「企業としての技術を超えて、今こそお前たちが持つ本来の力を合わせるときだ。黄昏通信と白菊重薬の技術を融合し、春風の霊気を安定化できるか?」


佐久間はすぐに頷いた。


「やってみせます。幽鏡水晶と鎮潮柱を統合し、霊気のバランスを再構築できるかもしれない」


神谷もまた迷いなく返した。


「我々黄昏通信も全面的に協力しよう。装置を再調整すれば、春風の霊気の逆流を抑えられるはずだ」

「春風君、霊気の調整を始める。痛むかもしれないが耐えてくれ」


春風は苦痛に耐えながら、力強く頷いた。


「お願いします……!」


佐久間が静かに幽鏡水晶に手をかざす。水晶が蒼白く輝き、春風の身体を包み込むように霊気の乱れを押さえ込み始めた。その直後、神谷が鎮潮柱に符を差し込みながら合図を送った。


「鎮潮柱、起動する!」


鎮潮柱が静かな唸りを上げ、霊気の乱れを吸収してゆっくりと安定化させ始める。しかしその瞬間、神谷の表情が険しく歪んだ。


「……おかしい! 鎮潮柱が霊気をうまく制御できない!」


佐久間も焦りを隠せず叫んだ。


「霊気が強すぎる! 幽鏡水晶だけでは長くは保たないぞ!」


瑠宇は必死で春風を支え、震える手で春風の身体を抱きしめる。


「春風、絶対に負けるな! お前がこの神殿の暴走を止めたんだ、お前自身が助からないはずがない!」

「春風、自分の霊気の流れを感じろ。お前自身の意思が、霊気を導く力になるはずだ」


春風は苦痛に呻きながらも必死に呼吸を整え、自分の中に渦巻く霊気の流れを意識しようとする。


「霊気を、感じる……。僕自身の中で、何かが乱れている……!」

「春風、霊気を乱す原因は『群耀』の反動だ。お前が生み出した群耀は、お前自身の意識と直結している。自らの内面に集中し、乱れた霊気を自分の意識で再び調和させるんだ」


春風は静かに目を閉じ、自らの内面へと深く沈み込んでいく。幽鏡水晶と鎮潮柱の調整によって霊気の暴走を一時的に抑えられていたが、その容体は依然として不安定で、呼吸は荒く震え、意識も途切れがちだった。


瑠宇が弟弟子の腕をしっかりと抱え、焦燥に駆られた瞳を蒼龍に向ける。


「師匠、春風の容態がよくなりません……。このままでは……」

「焦るな。まだ霊気の逆流は収まり切っていない」


その言葉を聞いた佐久間と神谷は、即座に視線を交わし合った。


「幽鏡水晶と鎮潮柱を最大限に使い、何とか抑え込みましょう。それしか方法はない」

「同感だ。この調整が失敗すれば、すべてが終わりだ」


二人が再び霊気の調整を始めようとしたその時――


「あれを!」


瑠宇が鋭く叫び、視線を装置に向けた。その顔には明確な恐怖が浮かんでいた。

地下神殿の装置から、一筋の異様に明るく強力な霊気がゆらりと立ち上り始めていた。まるで何かが目覚めるかのように、装置の蓋が重い音を立ててゆっくりと開いていく。

神谷が息を呑み、呻くように言葉を漏らした。


「まだ装置が生きているのか……?」


装置の中から現れたのは、青白い霊気に包まれた一人の男だった。その男の瞼がゆっくりと震え、静かに目を開いた。


「久遠……!」


蒼龍が低く呻く。その名を聞いた瞬間、地下神殿にいた全員の視線が鋭く久遠に集まった。

久遠は装置の中から静かに上体を起こすと、薄い笑みを浮かべて口を開いた。


「なるほど……私を眠りから目覚めさせたのは、お前たちの符か」


その声には冷たい響きが宿っていた。彼の瞳には冷淡な輝きが宿り、その表情からは敵意が滲み出ている。


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