動き出す装置
夜が明け切らぬうちに江戸旧市街へ到着した蒼龍たちは、人気のない廃墟の町並みを抜け、地下神殿跡の入り口へと急いでいた。辺りには霧のように薄く立ち込める霊気が漂い、不穏な空気が静かに満ちている。
地脈が強く交差する場所だけあって、地下へ続く石造りの階段からは、不気味な振動が微かに伝わっていた。壁に刻まれた古びた符文は、久遠が仕掛けた『鏡返し』の影響か、微かに脈打つように青白く輝いている。
蒼龍は階段の奥に目を凝らしながら慎重に進み、その表情は張り詰めた緊張に満ちている。瑠宇と春風も後に続き、冷たい地下の空気を吸い込みながら、迫りくる危機を肌で感じ取っていた。
企業が動き出し、装置の起動も間近に迫っている。この神殿跡で起きることが、江戸の未来を決定づける──その現実が、三人の胸を否応なく圧迫していた。
蒼龍が慎重に階段を下り、地下神殿跡の広間に足を踏み入れると、濃密な霊気が皮膚を刺すようにまとわりついた。瑠宇は顔をしかめ、小さく呻いた。
「師匠、これは……予想より遥かに強力な霊気ですね。少しでも油断したら飲み込まれてしまいそうです」
蒼龍は頷き、険しい表情で周囲を警戒した。
「間違いなくこの場所で間もなく何かが起こる。久遠の仕掛けはもう動き始めているのかもしれぬな」
春風は唾を飲み込み、恐る恐る辺りを見回した。すると彼の視線が、神殿跡の中央に置かれた奇妙な装置に引き寄せられた。装置からは目には見えぬ霊気が渦を巻いて溢れ出し、複雑な流れを作っている。
(この霊気の流れ……どこかで見たような気がする)
春風は目を細め、霊気の流れに集中した。記憶の中にかつて自分が思い描いた白菊重薬の『幽鏡水晶』と、黄昏通信の『鎮潮柱』を組み合わせた概念図が鮮明に蘇った。
「師匠、瑠宇兄さん、この装置の霊気の流れ、以前僕が考えた両社の制御装置を組み合わせたものにに酷似しています!」
「本当か? 幽鏡水晶と鎮潮柱の制御機構が組み合わされた形だと?」
「間違いありません。今、この場所で起きている霊気の動きは、まさにそれです。白菊重薬の幽鏡水晶で霊気を反射・増幅し、黄昏通信の鎮潮柱でその霊気を吸収・蓄積しています。つまり、この装置は両社の技術を久遠さんが独自に完成させた形で使っているんです」
蒼龍の表情が瞬時に険しくなり、装置を見つめたまま小さく呟いた。
「これは厄介だな……久遠がここまで二社の技術を融合させ、完璧な制御装置を作り上げているとは」
「師匠、もしこの装置が起動したら、一体どれほどの被害が出ると思いますか?」
「間違いなく江戸全域が壊滅的な被害を受ける。霊気が無限に増幅され、一気に開放されたとすれば、街そのものが消し飛ぶほど、それこそ鎮潮柱ですら抑えきれないほどの津波を引き起こすだろう」
春風は動揺し、小声で呟いた。
「そんな……もし本当に起動してしまったら、僕らはどうすればいいんでしょう……?」
「慌てるな、春風。我々が今すべきことは、装置を止めるための方法を冷静に考えることだ。この制御方法を最初に思いついたのはお前だ。お前なら必ず何か手立てが見つかるはずだ」
瑠宇も静かに頷き、春風に語りかけた。
「春風も思いつた仕組みなら、君以外止める方法を見つけられるはずもない。ここで僕ができるのは君を全力で守ることだ」
春風は深く息を吸い込み、自分の恐れを押し込めながら考えを巡らせた。
「確かにこの装置は完璧なように見えますが、逆に完璧すぎることが弱点になりうるかもしれません」
蒼龍が興味深げに問いかける。
「完璧すぎるとは、どういうことだ?」
「現在、幽鏡水晶の反射と鎮潮柱の吸収が完全に均しているということは、もしこのどちらか一方の力が僅かでも崩れれば、装置の制御そのものが破綻する可能性があります」
「つまり、あえて一瞬だけ装置の霊気反射か吸収のいずれかを妨害して、暴走を防ぐことができるかもしれないということか?」
春風は力強く頷いた。
「そうです。わずかな狂いでも、この完璧な仕組みは自己崩壊を始めるでしょう。ただ、その調整はほんの一瞬しか猶予がなく、失敗すれば装置は即座に暴走を始めてしまいますが……」
蒼龍は落ち着いて頷き、改めて決意を固めた。
「わかった。それしかないだろう。春風、符を書けその間瑠宇と共にお前を守る」
その時、瑠宇が突然顔を上げ、地下の入り口付近の物音に注意を向けた。
「師匠、誰かが近づいてきます。どうやら、企業の探索隊がすでに到着したようです」
「とうとう企業も来たか……時間がない。この制御装置が企業の手に渡れば、事態はさらに悪化する。我々が先手を打ち、装置を止め破壊するしかない」
春風は唾を飲み込み、強い覚悟を込めて二人を見つめた。
「やりましょう。師匠、瑠宇兄さん、どうか僕を守ってください」
蒼龍は力強く頷き、二人に告げた。
「もちろんだ。お前を必ず守り通す。我々三人の力を合わせれば、必ず乗り越えられる」
三人は互いの視線をしっかりと合わせ、小さく頷いた。装置の霊気のうねりがさらに強まり、霊気の波動が地下神殿全体を震わせ始めていた。
企業側の探索隊も迫る中、江戸の運命を決める瞬間が刻一刻と迫っていた。三人は互いを支え合い、覚悟を決めて、暴走寸前の『鏡返し』装置へと立ち向かう決意を固めたのだった。




