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影札商売  作者: To-Marigi
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影札所

町の裏通りは昼の喧騒が嘘のように静まり返っている。瓦屋根をつたう水音だけが、石畳に反響していた。

瑠宇は玄作の長屋を離れ、影札所へと向かっていた。


影札所は町のどこにでもあるが、場所を知る者にしか扉の存在は見えない。たとえばこの先にある古本屋も、また長屋の一角も、昼間は普通の店に過ぎない。だが裏口の小さな鉄板に刻まれた暗号を叩けば、地下へ通じる階段が現れる。瑠宇は暗い石段を静かに降りる。


薄暗い通路の先、由緒ありげな壺や油壺が並ぶ薄暗い部屋に出た。右手には大きな机と帳簿。正面の壁には無数の木札が並ぶ。いずれも漆塗りの表面に銀の文字が輝き、淡い光を受けている。これが、依頼の暗号を秘めた影札だ。


「久しぶりだな、蒼瀧庵の若い衆か」


執務台の影から、小柄な身なりの仲介人が顔をのぞかせた。袴に唐草模様の羽織をまとい、眼鏡越しに瑠宇を見つめる。


「ご無沙汰しております」

「今日はちょうど依頼を振ろうとしていたところだ」


仲介人はゆっくりと札立てに手を伸ばす。


「こいつだ。先ほど長屋に向かっただろう。その件だ」


返された札には「護符匠・玄作が持つ霊符素材の奪還/青磁」と記されている。

依頼主は青磁テック──霊符チップとEMP技術を研究する大店だ。町では技術革新の旗手と呼ばれ、実験場には最新鋭の霊気測定機が並ぶ。その一方で、研究データを入手するために裏では影札ネットワークを使い他企業への諜報を行っていると噂も絶えない。


「青磁か。黒火重工ともつながりがあるはずだが…」


瑠宇は札を胸に押し込み、床に膝をついた。


「青磁の札は信頼が重い。達成できると見込まねば、次はない」

「心得ております」


瑠宇は深く頷いた。

(黒火と青磁が協力するとも思えない…互いに奪い合っているのか、それともどこかで手を結んでいるのか、読めないな)


青磁テックの狙いは、玄作の技術と素材の両方を手に入れることかと思ったが、よく影札を見ると玄作の持つ素材だけが狙いのようだった。確かに非常に質の良い青丹ではあったがそこまでしてほしいものだろうか? だが黒火重工が絡んでいる以上、ただの青丹とは思えない。

札を握りしめ、思考を巡らせる。玄作のところにあった影札も気にはなる。4大企業の残り二つ、白菊重薬や黄昏通信も背後で動いているはずだ。情報の一歩先を急がねば、四社の利権争いに巻き込まれ粉微塵にされることは明らかだった。

(まずは玄作の居所を突き止める。少なくとも護符素材と共にいるはずだ)


—蒼龍庵

夜風に乗って朱提灯が揺れる路地を走り、蒼瀧庵の戸を叩く。

蒼瀧が火鉢の前から顔を上げた。


「瑠宇、遅かったね」

「師匠、影札所で青磁の影札を受領しました。玄作殿の持っていた青丹の奪還が依頼内容です」

「札を見せな」


瑠宇は経緯を説明しながら布から影札と玄作の長屋で見つけた筆を取り出し、蒼瀧の前へ差し出す。銀文字が薄暗がりに滲んだ。


「幽絹虫の筆、質のいい青丹……、よもや九式護符…?」

「九式護符?」


蒼瀧は手で筆をもてあそびながら、声を潜める。


「お前にも霊符の基礎は叩き込んでいるだろう。私が普段使う常用符、兵隊が使う軍用符があることは知っているはずだ」

「はい、常用符は書けるようになりました。軍用はまだ無理です」


蒼龍は符の棚から、3枚の符を取り出し畳に並べ、常用、軍用と指さし、残りの一枚を手に取る。書かれている内容は今の瑠宇には理解できないほど緻密に構成され、さぶいぼが立つような符だった。


「そして、これが秘術符、黒火の義肢や青磁のEMPだかなんだかに使われている符がそうだ。区分けは簡単。その辺の町人が適当に使えるのが常用符、免許を持った奴しか使えないのが軍用、そして使い方を知らないと使えないのが秘術符。符は等級が上がるほど効果が強くなるが、同時に扱いは難しくなる。九式護符はその中でも最上、そして禁忌符だ」


蒼龍は符を片付け、禁忌符は持っているだけで死罪だと告げた。


「九式護符は大昔の幕府直轄研究班が時や重さを操り山をも砕け開発した九枚一組の護符群で、一式・時裂から九式・破星まで効能は計り知れぬ。材料は幽絹虫の繭糸でできた筆と、蒼晶石で作った青丹。どちらも霊潮の深さまで潜らないと拾えない。人知を超えた力を帯びるが、使えば霊気の逆流で代償を背負うことになる」

「地下300尋の下に霊潮があることは知っております。しかしそこには幕府が作ったダムがあり、人にはたどり着けないというではないですか。作れもしないものがなぜ禁忌と言われるのですか」


蒼瀧は一瞬、目を細めた。


「その『ダム』とやらは表向きの建前だ。確かに鎮潮柱という柱と護符陣によって霊潮を抑えてはいるが、柱があるということは柱を伝えば霊潮の淵まで達するということだ。そこまでいけばどうにでもなる」


二人の間に重い沈黙が流れた。


「あの老いぼれが本当に九式を作ろうとしているかはまだ分からぬ。蒼晶石も地脈にまで流れ出るものがまれに裏では取引されておる。一度使えば赤子の書いた符でも三途の川に橋を架けられる」


瑠宇は顎に手を置いて蒼龍の話を聞き考えていた。


「師匠のおっしゃる通り、まだ禁忌符が絡んでいるとは限りません。どのみち私たちの影札には青丹を奪還せよとのことです。玄作殿の行き先がわかればおのずと全てわかりましょう」


そう決意すると、瑠宇は深く息をつき、棚から町の地図を取り出した。1日ではまだ遠くには行けてないはずだった。

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