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影札商売  作者: To-Marigi
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背後の視線

狭い室内で突如として反応を起こした『鏡返し』の試作符は、壁一面に強烈な霊気を放ち、部屋全体を歪ませるように激しく震動させた。瑠宇は符を握りしめ、身構えたままその場から動けずにいた。


符が一斉に共鳴し、霊気が集中し始める。中央の術式装置が不安定に光り、今にも制御を失い暴発するかと思われた。瑠宇は息を呑み、その暴走の様をただ見つめるしかなかった。


だが次の瞬間、符が放つ強烈な霊気が頂点に達したとき、壁の護符に記された符文が突如淡く光り、周囲の霊気を吸い込み始めた。符文が次第に明るく輝き、その光が霊気の波動を静かに打ち消してゆく。


やがて共鳴していた符たちが次々と静かに光を失い、室内に満ちていた異常な霊気も収まり始めた。術式装置は低く唸りながら活動を停止し、部屋は再び元の静けさを取り戻した。


瑠宇は混乱の余韻を引きずる室内を見回しながら、ゆっくりと息を吐いた。暴走寸前で符が自律的に停止する様子を目撃し、その背筋に冷たいものを感じていた。


(黄昏通信は、すでにここまで『鏡返し』を制御できるのか……)


静まり返った部屋を後にし、瑠宇は素早く蒼龍の待つ応接間へと向かった。


応接間に戻った瑠宇は、素早く蒼龍に向き直った。蒼龍は穏やかな表情を保ちながらも、彼の様子に何か異変があったことを敏感に感じ取った。


「どうした瑠宇、何があった?」


瑠宇は小さく息を整え、落ち着きを取り戻してから慎重に口を開いた。


「師匠、『鏡返し』の試作符が置かれている部屋で暴走が起きました。ほんのわずかな刺激で反応が始まり、一時は完全に制御を失いかけました」

「制御を失いかけた……か。しかし、ここには何の騒ぎも伝わってきておらぬ。暴走はどうなったのだ?」

「それが不可解なのです。符が完全に暴走する直前、部屋の護符に描かれていた符文が自律的に霊気を吸収し始めました。その結果、暴走は収まり、符は元の状態へと戻ったのです」

「符が自ら霊気を収めたというのか……」

「はい。まるで霊気を自動的に調整するかのようでした」


蒼龍は僅かに驚きを見せ、静かに目を閉じて深く考え込んだ。しばらく沈黙した後、静かに言った。


「もしかすると、鎮潮柱の技術が応用されているのかもしれぬな。あの柱もまた、霊潮の激しい流れを護符パネルで制御しているものだからな」


瑠宇は蒼龍の言葉を聞いて、はっとして顔を上げた。前回の事件で霊潮域に降り立った際に目にした、黒曜石の巨大な鎮潮柱の姿が脳裏に蘇ったのだ。


「師匠、確かに……。霊潮まで下りた時に見た鎮潮柱にも似たような符文パネルが設置されていました。柱が激しい霊気を吸収し、暴走を防いでいる様子がそっくりです」


蒼龍は静かに頷き、瑠宇の推測を確認するように答えた。


「そうだ。鎮潮柱は元来、霊潮の暴走を防ぐためのものだが、それを九式護符の制御に転用したとなると、黄昏通信は相当高度な制御技術を手に入れつつあることになる」


瑠宇は慎重に考えを巡らせ、蒼龍に問いかけた。


「だとすれば、葛城殿が危惧していたことはやはり的中してしまったということでしょうか。黄昏通信が『鏡返し』を完全に制御した場合、この世への影響は計り知れません」

「黄昏通信はすでにかなりの領域まで達しているようだ。だが完全制御というのは難しいだろう。鎮潮柱ですら、完全とは言えぬ。過去にも暴走した事例がある。完全な制御など存在しない」

「しかし師匠、そうなると余計に危険なのではありませんか?」


蒼龍は頷き、ゆっくりと立ち上がった。


「その通りだ。黄昏通信が完全に制御したなどと慢心すれば『鏡返し』の暴走が今度こそ取り返しのつかない惨事を招く恐れがある。しかも黄昏通信は鎮潮柱の仕組みを利用することで、さらに別の九式護符に手を付けるかもしれぬ」


瑠宇は蒼龍の話を聞き、次第に緊張感を高めていった。


「師匠、私たちはどう動くべきでしょうか?」


「まずは今回得られた情報を整理し、黄昏通信がどこまで制御を完成させているかを正確に見極める必要がある。白菊重薬も同じく『鏡返し』を研究している。互いが相手を牽制しているうちは良いが、どちらかが一方的に制御技術を手にした場合の危険は計り知れない」


蒼龍の言葉に、瑠宇は小さく頷いた。


その時、応接間の外で警備員たちが慌ただしく動き始めた。蒼龍は静かに目を細め、扉の外を警戒するように気配を探った。


「師匠、どうやら私の潜入で警戒を強めているようです」


「だろうな。そろそろ潮時だ。尻に根が生える前に退散するとしよう」


二人は静かに扉を開け、慎重に廊下を進んだ。周囲には結界の符が再配置され、警備はさらに厳重さを増しているようだった。あくまで客人としているため警備に不審がられはしないが、長居は無用だった。出口が近づくにつれ、蒼龍は不意に足を止め、周囲の気配をじっと探った。


「瑠宇……気付いているか?」


瑠宇は一瞬身を固くし、静かに問い返した。


「何か感じますか、師匠?」

「……誰かが我々を監視しているようだ。すでに動きを掴まれているかもしれぬ」


蒼龍の言葉に瑠宇は周囲を改めて注意深く見回したが、はっきりした気配は感じ取れなかった。


「黄昏通信でしょうか、それとも白菊重薬でしょうか?」

「どちらでもありうる。だが一つ確かなことは、私たちが考えているよりも早く、動き出しているということだ」


二人は素早く通路を抜け、施設の出口を目指した。だが、その背後ではひっそりとした影が、冷静に彼らの行動を追い続けていた。


二人が江戸支部を静かに抜け出すと、外はすでに深夜の闇に覆われ、細かな霧雨が降り始めていた。町は眠りにつき、静まり返った路地に二人の足音だけが微かに響いている。

蒼龍は足を止め、背後に視線を向けた。


「師匠……まだ何か?」


蒼龍は冷静な表情のまま、小さく首を振った。


「いや、追ってはこぬようだ。だが、この静けさがかえって気にかかる」

「誰かが監視していたとしたら、次は必ず動いてくるでしょうね」

「『鏡返し』符の完全制御が実現間近である以上、企業同士の均衡はもはや崩れる寸前だ。庵に火の粉がかかるなら払わなければならぬ」


二人は再び歩き出した。霧雨が町並みを静かに包み込む中、背後の路地では密やかな影がゆっくりと動き出した。その存在が蒼龍と瑠宇を、さらなる深い謀略へと誘い込もうとしていることだけは明らかだった──。


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