玄作
蒼龍は静かに膝をつき、瀕死の玄作をそっと抱き起こした。
玄作の体は青白く光り、その呼吸はひどく乱れていたが、かすかに胸の上下は続いている。
「──蒼龍……か」
か細い声が、蒼龍の耳に届いた。
瑠宇も駆け寄り、跪く。
玄作の目はうっすらと開かれ、霧がかったような視線で二人を見ていた。
蒼龍が頷くと、玄作は荒い息の合間に続けた。
「わしが……護符匠になった理由を聞きたいか?」
蒼龍も瑠宇も、黙って頷いた。
「子供の頃、あの日……村の空が……九色の雲が空を染めた。村の端で、ぼうっと見上げた……九色に分かれた、きのこの雲……、あのとき側にいた女が、嬉しそうに笑ってな……『きれいだね』と言った。──もう一度見せてやりたかった……」
玄作の声は徐々に弱くなっていく。
「のちに知った……あれは九式護符の残光だと。ならば、自分の手で九式を完成させ再現すると意気込んだ……これがきっかけだ。そして探求し続けた」
痩せた唇が微かに歪む。誰の瞳にも、玄作の命が残り少ないことは明らかだった。
玄作はゆっくりと目を巡らせ、最後に瑠宇を見た。
その視線は、どこか温かいものだった。
「お前の若い衆……良いな……ここまで、来られるとは……、春吉……わしの弟子……筆の運びも、物覚えも、悪くない。だが、霊気を扱えぬ……。一日に、一枚……それもやっとだ……惜しい若者だ」
瑠宇は玄作を心配し蒼龍庵に駆け込んできた春吉の顔が浮かび、胸が締めつけられる思いで、顔を伏せた。
「あやつは護符匠には……なれん。だが、惜しい。潰すには、惜しい。頼みがある……春吉を、しばらくお前の庵の若い衆として預かってくれ。筒の手入れでもいい。霊気を扱えぬなら護符匠にはなれぬ。別の道を示してやりたい」
蒼龍が瑠宇の顔見て頷いた。瑠宇が膝をつき、玄作の手をそっと握る。
「承知しました、玄作殿。必ず、春吉さんに道を作ります」
「わしの硯が……、その辺にあるだろう。春吉に……、教えることはもうない免許皆伝だと……渡してやってくれ」
玄作は満足げに小さく笑い、蒼龍と瑠宇に向かって虚空を手招きするように手を伸ばした。
「この手で……作りたかった……九色の空を……もう一度……」
そのまま──力尽きるように、目を閉じた。
それが最後の言葉だった。
蒼龍は無言で玄作の瞼を下ろし、手を畳んだ。瑠宇もまた、頭を垂れ、黙祷を捧げる。
霊潮の流れは、静かに、絶えることなく続いている。
蒼龍は玄作の亡骸を抱え、流れる青白い光の中へと歩み寄った。
「行こう。──お前の願った、九色の空へ」
瑠宇が静かに頷く。
二人は玄作をそっと霊潮の流れに預けた。
玄作の身体は、青い光の中へと沈んでいき、やがて消えた。
二人は瓦礫の中から玄作の硯を拾い上げ、鎮潮柱へと向かった。
現世に帰る二人の足元では──何事もなかったかのように、霊潮はただ、静かに流れ続けていた。




