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影札商売  作者: To-Marigi
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護符匠の長屋

蒼瀧庵の土間に春吉が転がり込んだ。痩せた肩が大きく上下している。


「お前は確か玄作の弟子の春吉とかいったかい」

「尼様、そうです。春吉です」


春吉は三年前に護符匠(ごふしょう)・剣持玄作に拾われた。掃除や買い出しをこなしながら筆づかいを学ぶ見習いだ。師の玄作は町一番の護符匠で、軍役所からも注文が来るほどの腕前を持つ。


「落ち着きな。息を整えな」

瑠宇は銃の手入れを止め、膝でにじって春吉の前に出る。

「それで何があったんです?」


「今朝は師匠の使いで町を回っていました。昼飯に戻ると戸が破られ、中が荒らされておって…」

「白昼堂々、盗人とは世も末だね」


蒼瀧は煙管に火を入れ、真直ぐな煙を吐く。


「隣近所の連中は何をしていたのさ」

「それが…黒火の連中が来たと。戸を押さえられ何も分からなかったそうです」


瑠宇は顎に手を当て首を傾けた。


「黒火さんほどの大店が江戸のしがない護符匠を襲うとは考えにくいですね」


黒火重工は江戸の四大企業の一つで、武器と霊気義肢を扱う。町や政府すら押さえつける強い力を持つが、護符職人ひとりに大勢を差し向けるのは不自然だ。


「瑠宇、春吉と一緒に行きな。私はよねの腹を見てくる。あとで子細を残らず教えるんだよ」

「承知しました。春吉さん、案内を」


--玄作の長屋

昼下がりの路地は静かだった。平屋の並びの中で、玄作の長屋だけ戸板が外れ、土間に青い粉がこぼれている。粉は高価な青丹鉱(せいにこう)、護符用の顔料だ。


「これはひどい」


土足で失礼、と言い室内へ入ると、棚は倒れ、筆筒は割れ、書きかけの符が足跡で潰れていた。硯の水はこぼれ、炭が散っている。


「朝は何もなかったんです。札仕事の納品を済ませ、飯の支度をしようとしたら…」


瑠宇は青丹を指ですくい、陽に透かす。粒は細かく光り、師が使う粉よりもきめが細かい。


「上物だ。師匠の青丹とはまるで違う……」

「師匠が客から預かったものです。掘り当てたばかりのとても良い青丹だと」


室内を一巡し、春樹の作業所だった場所を見物すると、玄作の作業所に移動した。瑠宇は普段、春吉の目に触れない場所であろう、奥の梁下に目をとめる。

黒檀細工の小さな神棚。扉が半開きで、内部に漆塗りの木札が挿してあった。影札所(かげふだどころ)で使われる表に出せない裏仕事の札だ。影札を請け負っていると口外するのはご法度だが、札そのものは隠せない。


「玄作さん、影札も受けていたんですね。黒火さんが動くとなると、残りのお三方――青磁、白菊、黄昏――どこかも絡んでいる」


床に転がった筆筒の中で一本だけ長い筆が残っていた。軸は骨のように白く、穂先は淡い銀色。狼の毛より細く柔らかい。


「上等な筆だ。狼の毛より細い。こんな品、見たことがない」


瑠宇が筆を持ち出し、自分の作業所の片づけをしている春吉に尋ねると、春吉も見たことが無いようで首を横に振った。

瑠宇は筆を慎重に布で包み、粉まみれの床を見回した。


「客から預かったという青丹だけがごっそり抜かれている。しかも黒火さんが動くとなると、ほかのお三方もなにかしら動いているはずです」


「助けられますか」

「師匠が戻るまでに黒火さんと玄作さんの行き先を追います。あなたは身を隠してください」

「わかりました。私は町はずれの湯屋でしばらく身を隠します。後をお願いします」


春吉は深く頭を下げ、必要な荷だけつかむと路地へ走り去った。

残った静けさの中で、瑠宇は銀色の筆を光に透かした。穂先はわずかに白い光を帯びて揺れていた。

用語集

札仕事公に掲示される通常の仕事札。

影札仕事発注元を隠す秘密依頼。木札は漆塗りで銀文字。

護符匠護符を書く職人。玄作は一流。

神棚(影札棚)影札所に登録した人に渡される黒檀の神棚。影札所から依頼があると地脈を通じて影札が届く。

幽絹虫の筆 霊潮域に棲む虫の繭糸で作った筆。九式護符を書くのに必須。瑠宇は正体を知らない。



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