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影札商売  作者: To-Marigi
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歪・二式・鏡返し

蒼白い光が、玄作の周囲で脈打っていた。

彼は二人に背中を向け、机に向かい、狂気じみた集中で筆を走らせている。

その背中に一枚の符が貼られていた。遠目からでもわかる、異様に緻密な護符だった。


「……接続符……か?」


蒼龍が低く呟いた。


「間違いない、何かと自身を繋ぐための符だ。ただ……何と接続している?」


瑠宇は答えられなかった。

ただ空気が、肌を刺すように重い。

目に映る世界は、霧が満ちたようにぼやけ、異様な圧力が地面から湧き上がっている。


「……まさか」


蒼龍が険しい顔つきで地面を見やる。

青白い霊気の流れが、玄作の足元から螺旋を描いて昇っていた。

それはまるで、地の底から直接玄作へと繋がっているかのようだった。


(霊潮……?)


瑠宇も気づいた。

この霊気の濃さ、このうねり。

この地中三百尋の底に眠る莫大な霊気――

それに玄作は、自身を直結させていた。


「まずい」


蒼龍が短く言った。


「そんなこと、人の身に制御できるはずがない」


玄作の身体が青白く輝き、紙のように透けかけて見えた。

呼吸も浅く、汗が滝のように流れている。

それでも玄作は筆を止めなかった。

その目には、もはやなにも映っていない。


「護符を……完成させる……護符を……霊気が足りん……もっともっとだ…美しい九色の雲」


うわごとのように呟きながら、ただ護符を描き続ける。

よく見ると彼は、震える左手に一冊の帳面を握りしめている。

ぼろぼろに擦り切れた表紙。

よく見れば、かつてこの地で活動したであろう護符研究班の印がかすかに刻まれていた。


蒼龍は鋭く目を細めた。


(あれは……実験記録帳だ)


玄作は帳面を睨みつけながら、右手の筆を猛然と走らせていた。

そのページに描かれているのは、見たことのないない複雑な図形――

そして、その中央に記された文字を、瑠宇は読み取った。


「……二式……鏡返し……?」

「止めねば、ここ一帯が鎮潮柱ごと吹き飛ぶぞ」


蒼龍は鞘から刀を抜いた。

刃が微かに霊気を帯び、蒼白い光を反射する。


瑠宇も火縄銃を構えた。

腰には霊合がぶら下がり、準備は万全だった。


「私が玄作の注意を引く。瑠宇、お前は帳面を狙え」

「承知しました」


互いに短く頷き合う。

そして二人は、蠢く霊気の渦へ向かって一歩を踏み出した。


霊気が唸りを上げ、玄作の身体を渦のように包み込んでいた。

彼はなおも左手に帳面を握りしめ、右手の筆を止めない。


(あれを……破壊する)


蒼龍は冷静に目標を定めた。

ただ、玄作本人を傷つけるわけにはいかない。

あくまで帳面、あるいは書きかけの護符を狙う――それが作戦だった。


「行くぞ」

蒼龍が短く告げた。


瑠宇は火縄銃を低く構えた。

銃口には新たな霊合弾が込められている。


一陣の霊気が吹き荒れる中、蒼龍が先んじて駆けた。

剣を水平に構え、霊気の渦の隙間を縫うように駆け寄る。


「おおおおおっ!」


玄作が小さく呻いた。

反応したかと思いきや、護符に視線を落としたまま、周囲の霊気が自動的に反応した。

弾かれるように、蒼龍の刃が霊気の障壁に阻まれる。


「っ……!」


蒼龍は即座に後退。

すかさず瑠宇が二の矢を放った。


火縄銃から放たれた弾丸が、蒼白い障壁に着弾する。

霊気が弾け、障壁にわずかな揺らぎが生まれた。


「師匠、今です!」


瑠宇の声に応じ、蒼龍が再び飛び込む。

剣閃が障壁の歪みに食い込み、微かに切り裂いた。


しかしその瞬間――玄作が護符に何かを書き加えた。

周囲の霊気が更に濃く、荒れ狂う。


(……間に合わないか!?)


瑠宇は霊合弾を再装填しながら、次の一手を考えた。

護符の完成が先か、自分たちが破壊するのが先か――。


「護符ではなく、帳面だ!」

蒼龍が叫んだ。その言葉に瑠宇は狙いを修正する。

玄作の左手――帳面を握るその手首に、銃口を向けた。


次の瞬間、霊合弾が放たれた。

銃声とともに、弾丸は一直線に帳面を目指す。


だが――玄作の周囲に、新たな護符が青白く浮かび上がった。

弾丸は空中で弾かれ、霧散する。


(防御用の符……!)


蒼龍は動じなかった。

逆に瑠宇の射撃で霊気に一瞬の乱れが生じた隙を見逃さない。


鍔鳴りを響かせ、霊鉄鎖を解き放つ。

鎖の先に結んだ護符が、青白い光を纏いながら玄作の帳面を目掛けて飛ぶ。


「──封!」


蒼龍が短く叫び、鎖の護符が弾ける。


刹那、玄作の左手から帳面が跳ね飛び、地面に叩きつけられた。


「よし!」


瑠宇が駆け寄り、転がった帳面に銃口を向けた。

蒼龍が刀を掲げ、霊気を払う。


二人の攻撃が重なる。


銃弾と剣閃。

その衝撃で、帳面は破れ、霊気に晒されてボロボロに焼き崩れていった。


「────!」


玄作が叫んだ。

彼の動きが、初めて止まった。


筆を握る手が一瞬止まるが震えながらも護符の追記を続けていた。

だが、その筆跡は次第に精緻さに欠け乱れ、符の構成は先ほどまであった背筋が凍るほどの美しさとはかけ離れ途中から世俗的な構成となった歪な符となった。


それでも書きあがった歪・二式・鏡返しは玄作の背中にある接続符から流れ続ける霊潮の圧倒的な霊気により自我を持つかのように発動し、低く呻くように光を放つ。

それはまるで、霊潮と繋がろうと蠢く生き物のようだった。


護符の中央から、細い霊気の糸が玄作の身体へと伸びていく。

青白い光が玄作の肌に染み込み、筋肉の輪郭が異様に隆起していく。


「帳面を奪えばと思ったが、こやつ書き上げおった。しかし、中途半端だ制御できていない……!」


蒼龍が声を荒げた。


本来ならあらゆる事象を鏡のように反射すると言われた符は、ただ霊気を呼び込み、玄作自身に流し込むだけの欠陥品となっていた。


玄作の顔は苦悶に歪み、白目を剥きながらもなお筆を止めない。

空間が歪み、地響きのような霊潮のうねりが辺りを満たし始める。


「このままじゃ……暴走する!」


瑠宇が拳銃を握り直し、蒼龍も刀を構えた。


彼らの前にはすでに理性を失った玄作が立ちはだかっていた。



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