鎮潮柱
蒼龍と瑠宇は樹陰に身を隠し、息をひそめて柱を見上げた。
手には地図、黒火の野営地で奪取した箱にあったその地図は、月影谷の底へ走る獣道と、鎮潮柱を示す印が描かれた紙だった。
果たしてそこは月影谷の底の底、開けた場所に苔むした岩壁が立ちはだかっていた。
その中央に、黒曜石の塔が突き刺さるように伸びている。
谷の斜面に溶け込むその巨柱は、遠目には地形の一部にしか見えない。近づけば、荒々しい岩肌の下に、黒い鏡面と銀色の護符板が螺旋を描きながら埋め込まれているのが分かった。
鎮潮柱――
地下三百尋でうねる霊潮にまで達し、護符板一〇八枚で流速と圧力を調整する装置である。
霊潮は大地の動脈――高濃度霊気の大河。満月や地震に合わせて激流となり、地表へ噴けば山も町も吹き飛ぶ。柱が折れれば、霊潮は柱根を井戸の栓のように吸い込み、渦を開いて噴き上げる。過去、霊潮渦が都市を壊滅させた記録は三度――いずれも護符板の脱落、もしくは人為的な破壊が原因だった。
柱の足元には、踏み荒らされた痕跡があった。重い足取り。深く刻まれた靴の跡。金属を引きずったような跡。足跡の向きと重さを照らし合わせれば、義肢兵が先行しているのは明らかだった。
「黒火の連中……間違いないですね」
瑠宇が地面を指差す。
「すでに、内部に潜ったか」
蒼龍が険しい顔で言った。
鎮潮柱の根本に回り込むと、そこに小さな凹みが見つかった。
ふつうなら見落とすような溝だが、踏み慣れた足跡が集中していた。
「ここだな。だが、塞がっている」
蒼龍が手で押してみるが、びくともしない。
柱に張り付けられた護符パネルが、結界のように隙間を封じている。
瑠宇は護符の並びを食い入るように見た。
次第に、彼の眉がぴくりと動く。
「群符……これ、群符に似ています」
「ほう?」
「板全体が一枚の封鎖符です。継ぎ目を誤動作させれば開きます」
細い紙に素早く記号を重ね、開錠用の群符片を作る。
それを板と板の継ぎ目へ滑らせると、鈍い脈動が指先に伝わった。
板が一枚、滑るように沈み込み、掌一つ分の裂け目が柱に開いた。
しばらく霊気が逆流する音が続き、隙間は人ひとり通れる幅に落ち着いた。
蒼龍が刀の柄に手を置く。
「先行するぞ。義肢兵は奥で霊潮層をこじ開けている」
「了解です。閉じられる前に戻る印を残します」
瑠宇は柱の外壁に簡易の道標符を貼り、二人は闇へ滑り込んだ。
内側は斜めに切り立つ階梯――螺旋護符が刻まれた石の梯子が深部へ続く。
冷えた霊気が肺に刺さり、耳奥で鼓動が重くなる。
遠く、金属の足音と低い号令が反響していた。
蒼龍はうなずき、剣に手を添える。
二人は、その闇の中へと吸い込まれるように進んでいった。




