新たな道具
蒼龍と瑠宇は、栞姫の目覚めから二日後、再び謁見の間へ呼び出されていた。
高い天井、磨き込まれた板張りの床に、二人の足音だけが静かに響く。
広間の襖が音もなく開くと、ふたりは同時に膝をつき、深く頭を垂れた。
「顔をあげよ」
正面に鎮座する藩主・芦原典膳。その傍らには、まだ顔色に青白さを残しながらも、生気を宿した瞳でこちらを見つめる栞姫が控えていた。
濃紺に薄紅の刺繍を施した正絹の小袖をまとい、顔色の青さを感じさせない静かな微笑をたたえている。
典膳は威厳を保ったまま、二人に語りかけた。
「蒼龍、瑠宇。よくぞ、栞を救ってくれた。藩主としてのみならず、父として、心より礼を申す」
続いて、栞姫も端然とした声で頭を下げた。
「蒼龍様、瑠宇様。此度のこと深く感謝申し上げます」
二人はあらためて深く礼を返す。
典膳はしばし二人を見つめたのち、口元を引き締めた。
「して、労に報いるため、何か褒美を取らせよう。望みのものを申してみよ」
蒼龍と瑠宇は一瞬、視線を交わした。
瑠宇の胸裏には、幻覚の中で聞いた黒火兵たちの言葉――『霊潮域、月影谷』という地名が鮮明によみがえっていた。
蒼龍は慎重に言葉を選んで典膳に告げた。
「典膳様、褒美というには恐れ多いのですが、ひとつお願いがございます」
「申してみよ」
典膳が頷くと、蒼龍は静かに続けた。
「恐れながら、月影谷への立ち入り、並びに鎮潮柱の調査をお許し願いたいと存じます」
謁見の間に、目に見えない緊張が満ちた。
典膳の眉間に皺が寄る。
「……何故、そのような場所を望む?」
「実は、今我らが追っている者たちが、月影谷に向かったとする情報を得ました。その者たちが、栞姫様をこの度の窮地に追いやった元凶である可能性がございます」
典膳の眉が険しく寄せられ、瞳に怒りが浮かんだ。
「何だと? 姫をそのような目に遭わせた者たちだと? その者どもは誰だ、名を申せ!」
蒼龍は落ち着いた声で言葉を継いだ。
「申し訳ありませんが、詳細な名までは掴めておりません。ただ分かっているのは、その背後には四大企業のうちいずれかが絡んでいるということだけでございます」
典膳の顔から血の気が引き、苦々しい表情を浮かべた。
現在、この世を実質的に牛耳る四大企業――黒火重工、青磁テック、白菊重薬、黄昏通信――。いまや、彼らは藩政ですら口を挟む存在であり、逆らった藩はことごとく粛清、あるいは藩主の更迭を余儀なくされてきた。典膳自身もまた、四大企業の横暴に長年耐え忍び、煮え湯を飲まされてきた一人だった。
典膳は拳を膝に置いたまま、しばし無言で考え込み小さく唸った。
やがて、低く苦い声で言った。
「……四大企業か。ふん……」
彼は苦い顔でふたりを見た。
「我が藩も、あやつらには煮え湯を飲まされておる。だが正面切って抗えば、次におぬしらが会う藩主は違う顔になっておることだろう……だが」
彼はふと口元にわずかな笑みを浮かべた。
「蒼龍、瑠宇。お前たちが藩命によらぬ私的な探索として行くのであれば、好きにすればよい。憂さ晴らしにはなるだろう」
そう言うと、典膳は続けた。
「よい、月影谷への立ち入りを許可する。さらに、必要な道具は蔵から持ち出してよい」
蒼龍と瑠宇は深々と頭を下げた。
「御意、深く感謝申し上げます」
二人が退出しようとしたその時、栞姫が静かに声をかけた。
「蒼龍様、瑠宇様。もし次に城下へ参られる折には……ぜひ、蒼龍庵へ伺わせていただきたく存じます」
栞姫は、微笑みを崩さぬまま、しっかりとした声で言った。その笑顔は、まるで春の朝日そのものだった。
蒼龍はまるで孫を見るかのようににこりと笑い、瑠宇は顔が一気に熱くなるのを感じた。
案内役に導かれ、二人は城の蔵へ向かった。蔵の前には、見張りが立ち、ふたりを迎えた。
「殿の命により、蔵を開放する。必要なものを選べ」
厳重な錠前を外し、蔵の扉が重々しく開かれると、そこは異様な光景だった。膨大な道具、武具、霊具がきちんと整理され、壁一面にずらりと並んでいる。宝物庫とも軍器庫とも言えぬ異空間に、瑠宇は思わず息を呑んだ。
蒼龍は手早く、目利きの鋭さで選び始めた。やがて、一つの箱を見つけた。
それは、黒漆塗りの小さな箱だった。蓋を開けると、艶やかな黒鉄の鎖が収められていた。鎖には細かい霊気の紋様が刻まれ、淡く光を帯びている。
「……霊鉄鎖。敵の霊気に反応し、自動で絡みつく拘束具だ。符を織り込んであるから、刃も術も通さない」
一方、瑠宇の手が止まったのは、一挺の火縄銃だった。
『連発火縄銃』。通常の火縄銃と違い、複数の砲身を束ね、引き金操作で連続して放つことができる。
「……これだ」
瑠宇はそっとそれを手に取り、肩掛け袋に収めた。
「師匠、準備は整いました」
蒼龍はうなずき、霊鉄鎖を懐に収めた。
「行くぞ、瑠宇。月影谷へ」
二人は遠く霞む月影谷の方向へと、視線を向けた。




