悪役令嬢が救った世界でヒロインに転生していた私は、国外追放されたので隣国の危機を『聖女』の力で救います
短編として再掲載しました! よろしくお願いします!
「……はっ!!」
「お嬢様!!」
高熱に魘された私アリア・キャンベラは、見慣れた天蓋と涙に堪えている侍女の顔を視界に入れると大きく息を吐く。
(そうだ。私、お母様とのお茶会中に倒れたんだ)
「お嬢様。旦那様と奥様、そしてお医者様を連れて参りますね」
「うっ、うん。よろしく」
涙を拭いて笑顔で部屋を出ていく侍女。
そんな彼女の背中を見送った私は、深く溜息をついた。
「それにしても、まさか前世でプレイしていた乙女ゲー『チューリップ国の聖女様』のヒロインに転生していたなんて」
突然の高熱に魘された私は前世を思い出した。
前世の私が社畜のアラサーで、休みの日は数多の乙女ゲーをプレイし、色んなキャラ達と恋愛を楽しんでいたことを。
まぁ、そのお陰でリアルでの恋愛を楽しむ機会に恵まれなかったけど。
その私が最初に嵌った乙女ゲーが、『チューリップ国の聖女様』だった。
聖魔法に目覚めた元平民のヒロインが、悪役令嬢からの嫌がらせに堪えつつ、4人のヒーロー達と交流を深めていくという王道ストーリーでありながらも、やりごたえ要素盛り沢山の乙女ゲーだ。
特に、キャラストーリーはどれも泣ける内容で……あぁ、思い出すだけで涙が。
「でも、前世の記憶が戻ったところで、今更遅いんだよね~」
ゆっくりと起き上がった私は、枕元にあった新聞に手を伸ばす。
そこには『聖女レベッカ、またもや国の窮地を救う』と大きく書かれていた。
そう、ゲームでは悪役令嬢のレベッカが、この世界では聖女として扱われている。
というのも、聖魔法に目覚めた私がキャンベラ侯爵令嬢として学園に入学前、レベッカがヒーロー達と共にゲームのラスボスだった魔王を倒した……というより、和解をしていた。
つまり、ゲームが始まる前にレベッカがヒロインに代わって全て終わらせてしまったのだ。
これにより、本来アリアが賜るはずの『聖女』という称号をレベッカが賜った。
「国を挙げて『聖女』レベッカを祀り上げたお陰で、貴族としての私の生活はとても穏やかだったわ」
ゲームでヒロインがやっていた慈善活動も率先してやっていたというし……というか、ヒロインより先に悪役令嬢が聖魔法に目覚めるって何!?
そんな設定あった!?
「そもそもその悪役令嬢、絶対私と同じ転生者よね!?」
そうじゃなかったら、悪役令嬢が『聖女』の称号を貰うはずがない!
深い溜息をついた私は、新聞を元の場所に戻すと体を伸ばす。
「でもまぁ、悪役令嬢のお陰で国は救われたし、私はレベッカに虐められない学園生活を過ごせた。あとは、ヒーローの誰かがレベッカにプロポーズするだけね」
ゲームの終盤、国を救ったヒロインは国王陛下から『聖女』の称号を賜り、その翌日に行われた学園の卒業パーティーで、ヒーロー達が悪役令嬢の今までの悪行を告発。
これにより、聖女に危害を加えたとして悪役令嬢は断罪されて国外追放。
そして、その場で親密度が一番高いヒーローがヒロインにプロポーズしてハッピーエンド。
とてもベタな終わり方だったけど、あの時の神スチルは最高だったなぁ。
「だとしたら、私はレベッカに選ばれなかったヒーローの誰かと婚約するのかしら?」
一応、私もレベッカと同じ貴重な聖魔法使いだし、保護すると意味でも政略結婚的なものはあるかも。
「でもなぁ、ヒーロー達は全員レベッカにガチ恋していたから最悪の場合、ハーレムエンドになるかも……って、一夫一妻制のチューリップ王国ではありえないわね!」
そうよ、一夫一妻制がルールのこの国で『ハーレムエンド』なんて起きるはずがない!
そんなことを考えて一安心していたからだろう。
レベッカのお陰で穏やかな生活を送っていた自分が、まさか断罪される立場になるとは。
◇◇◇◇◇
前世の記憶を思い出して数日後、完全復活を果たした私は、お母様から贈られた深い緑色のドレスに身を包んで卒業パーティーに出席した。
友人達との会話に花を咲かせていた私は、ヒーロー達と仲睦まじく談笑しているレベッカを盗み見る。
ハニーブロンドにルビーのような瞳で人目を惹くような容姿に加え、頭からつま先まで洗練された所作……さすが公爵令嬢であり聖女様。
「まぁ、そのお陰で穏やかな生活を過ごせたのかもしれないけど」
「アリア、どうしたの?」
「ううん、何でもないわ」
とりあえず、卒業パーティーでレベッカが誰を婚約者に選ぶか確認しないと……個人的には、王太子殿下のキース様が選ばれるじゃないかな?
婚約者候補にあたりをつけた私が視線を戻そうとした時、私と目が合ったレベッカが小さく口角を上げる。
っ!? 何、この嫌な予感は?
レベッカの笑みに妙な胸騒ぎを感じた瞬間、レベッカに何かを囁かれたキース様が、私を見つけると険しい顔で指差し、ゲームで何回も聞いた台詞を口にした。
「アリア・キャンベラ侯爵令嬢! 貴様は聖女レベッカに嫉妬し、あろうことか彼女に危害を加えた! よって、貴様を国外追放に処す!」
「っ!?」
これってもしかして、ゲームでレベッカが断罪されたシーンじゃない!
というか、どうして私が冤罪かけられた断罪されなくちゃいけないの!?
思わぬ断罪シーンに言葉を失った私は、慌てて首を振ると震える足でキース様達がいる場所まで駆け寄り、その場で膝を折った。
「お待ちください殿下! そもそも私は、聖女様に対して嫉妬などしておりませんし、危害を加えるなど恐れ多いことをしておりません!」
そりゃあ、本編が始まる前に悪役令嬢が魔王と和解したことには驚いたけど、それに対して嫉妬なんてしていない。
むしろ、感謝している。
彼女が活躍してくれたお陰で、多くの犠牲を出す前に世界の危機が救われたのだから。
それに、レベッカの周りにはキース様だけでなく、宰相の息子ルカ様、騎士団長の息子アレックス様、そして隠し攻略キャラであるクラウス先生がいたから、危害を加えるどころか近づくことすら出来なかった!
レベッカを守るよう立っているヒーロー達を一瞥した私は、震える手を胸の前で組んで弁明した。
すると、パーティーに参加していた壮年の夫婦が突然、私の隣に来て揃って膝を折った。
「殿下、無礼を承知で申し上げます! 私たち夫婦は、王命でアリアを引き取り育てました。ですが私たちは、アリアを本当の娘のように育て、たくさんの愛情を注いできました。だから分かるのです。アリアがそんなことをするはずがないと!」
「そうです! とても心優しく、困っている人には手を差し伸べられる我が娘が誰かを……聖女様を虐めるようなことをするはずがありません!」
「お父様、お母様……」
病気で1人息子を亡くしたキャンベラ夫妻は、王命で孤児院育ちの私を引き取ると、愛情を知らなかった私にたくさんの愛情を注いでくれた。
お陰で、使用人達ともすぐに打ち解けられた。
そして、お母様からは貴族としての知識や礼儀作法、お父様からはあらゆる魔法の使い方を教わった。
特に、ヒロインの得意魔法である聖魔法と回復魔法は、専用の家庭教師をつけてくれただけでなく、治癒師の資格を取るよう勧めてくれた。
いつも優しくて頼りになるお父様。時に厳しく時に優しいお母様。
そんな2人が涙に堪えながら必死に訴える姿に小さく下唇を噛む。
すると、キース様が鼻で笑った。
「フン、聖女レベッカに危害を加えた時点で、国外追放に決まっているだろうが。おい、お前達! 明日の国外追放まで、その罪人が逃げないよう城の地下牢に閉じ込めておけ!」
「「ハッ!!」」
えっ!? 明日国外追放されるの!? 無罪なのに!?
「殿下、お待ち……キャッ!」
「ほら、さっさと立て! この罪人が!」
「っ!」
ちょっと! 本当にやってないんだってば!!
「お父様! お母様!」
「「アリア~!!」」
突然訪れた今生の別れに抗おうと、育ての両親に向かって必死に手を伸ばす。
だが、キース様に命じられた騎士達がそれを許すはずがなく、抵抗する私の意識を強引に奪った。
意識が途切れる直前、乙女ゲーのヒーロー達が冷めた目をしている横で、レベッカが心底楽しそうに嗤っているのを私は見逃さなかった。
◇◇◇◇◇
「うっ、ううっ……」
こっ、ここは……
「あら、起きたのね」
「っ!? レベッカ!!」
そうだ、私は冤罪を着させられて無理矢理牢屋に!
松明が灯る薄暗い牢屋で目を覚ました私は、鉄格子の向こう側で楽しそうに嗤っているレベッカに駆け寄る。
すると、豪華な扇子を広げたレベッカが口元を隠した。
「公爵令嬢である私を『レベッカ』呼ばわり……もしかしてあなた、私と同じ転生者なの?」
「そうですけど。ということは、あなたも私と同じ転生者だったのね」
まぁ、レベッカが『聖女』の称号を得たと知った時点で分かっていたけど。
冷たい鉄格子を強く握る私に、レベッカが笑みを深める。
「えぇ、それも8歳の時に前世の記憶を思い出したの」
「っ!?」
10年前に前世の記憶を思い出したの!?
「そういうあなたは、つい最近思い出したのかしら?」
「……その通りよ」
それも、数日前にね。
「あらあら、それはご愁傷様」
「ハッ、思ってもいないくせに」
そうじゃなきゃ、本編開始前に魔王を倒そうなんて思わないはず。
鼻で笑った私を見たレベッカが突然、昔話を始めた。
「最初は、『私が悪役令嬢!?』って愕然としたわ。でも、前世の記憶を思い出した時、ヒロインはまだ聖魔法を発現させてなかったから、大好きな乙女ゲーの世界を救うために動いたわ」
「断罪回避のためじゃなくて?」
こういうのって、大抵は断罪回避のために動くじゃないの?
「それもあるけど……私も、前世で『チューリップ国の聖女様』はやり込んでいたから、少しでも早くこの世界を救いたかったの」
「レベッカ……」
「それに、ヒーロー達とそれなりに接点があったら、『前世の知識を使って彼らと協力すれば、魔王を倒せるんじゃないかな』と思って」
「でも結局、魔王とは和解したんでしょ?」
「まぁ、そうね。正直、ゲームとは違う展開で驚いたけど……何はともあれ、この世界を救えて良かったわ」
懐かしそうに話すレベッカを見て、不意に彼女が『聖女』と呼ばれていることに疑問を覚えた。
「でも、悪役令嬢であるはずのあなたが、どうして聖魔法を使えるの?」
ゲーム本編で、悪役令嬢レベッカが聖魔法を使えるという話は一度も出ていないはず。
「それは、我がアーネスト公爵家が元々、聖女を排出する家で私が聖女の血を受け継いでいたからよ」
「えっ!? そうなの!?」
「えぇ、そうよ。でもまぁ、私も偶然、書庫で聖女に関する古い記述を見つけて知ったから、恐らく最後に聖女を排出したのは随分前よ」
「へ、へぇ~」
そう言えば、ゲームのレベッカは大の勉強嫌いで、『自分の適正魔法も知らない上に、屋敷の書庫に立ち入らなかった』ってプロフィール欄に書いてあったわね。
まさか、偶然の産物でもう1人の聖女が現れるとは。
レベッカの話を聞いて納得していると、扇子を閉じたレベッカが突如、悪役令嬢らしい笑みを浮かべた。
「でもまぁ、ゲーム本編が始まる前に全クリしたお陰で、私の目的も達成出来そうだし」
「目的? 断罪回避が目的じゃなかったの?」
「もちろんそれもあるわ。だけど、せっかく世界を救って聖女に選ばれたのだから……ね?」
何だろう、断罪された時と同じ嫌な胸騒ぎがする。
レベッカの笑みに険しい顔をした瞬間、レベッカが鉄格子に近づいた。
「私はね、ヒーロー達と逆ハーを作って、ず~っとチヤホヤされたいの♪」
「あんた、本気で言っているの?」
この国は一夫一妻制なのよ。それを転生者が覆そうっていうの?
「もちろん、この国が一夫一妻制である知っているわ。でも、考えてみて。この国にはキース様を始め、見目麗しいイケメンがたくさんいるのに、たった1人しか選んじゃダメって理不尽すぎない?」
「……あんたの前世、実はビッチだったの?」
「だから!!」
私の言葉を思いっきり無視したレベッカは、笑みを潜めると扇子を閉じた。
「私は逆ハーを実現させるために、隠し攻略キャラを含めたヒーロー達とヒロインの間に接点を一切持たせなかった。その上で、あんたを国外追放するようキース様を唆したのよ」
「なっ!」
それじゃあやっぱり、あの時キース様に囁いたのは、私を国外追放するための真っ赤な嘘だったのね!
下唇を噛んで鉄格子を握る私を見て、下卑た笑みを浮かべたレベッカが高笑いをした。
「アハハハハッ!! 逆ハーが叶う上に可愛いヒロインの悔しそうな顔を拝めるなんて!悪役令嬢として転生して良かったわ!!」
「レベッカーー!!」
あんただけは……家族を奪ったあんただけは、絶対に許さない!!
その翌日、私は朝日が昇ると共に国外追放された。
そして数日後、レベッカは特例でヒーロー達と逆ハーレムを築いた。
◇◇◇◇◇
悪役令嬢の策略により国外追放されてから1年後、私はチューリップの隣国フリージア帝国の帝都にある治癒院で治癒師として働いていた。
「アリサさん、患者の治癒をお願いします!」
「はい! 分かりました!」
高笑いをしたレベッカが地下牢を出て行った後、私はチューリップ王国と距離を置いているフリージア帝国に身を寄せることを決めた。
と言うのも、フリージア帝国は別名『治癒師の国』とも言われ、治癒師に対しての待遇がとにかく手厚い。
何せ、帝国内の治癒師ギルドで治癒師の資格を提示して登録すれば、仕事の斡旋だけでなく、住居も紹介してくれる上に、名前などの戸籍も変えることが出来るのだ。
お父様から勧められて治癒師の資格を取ったけど……まさか、ここで役に立つとは!
心の中でお父様に感謝しつつ、帝都の治癒師ギルドを訪れた私は、治癒師の資格を提示して登録すると、すぐに名前を『アリア・キャンベラ』から『アリサ』に変えた。
遅かれ早かれ『アリア・キャンベラ』という名前は、聖女に害を与えた罪人の名前として広まる。
だから、ヒロインと一字違いで前世の名前である『アリサ』にした。
それに、顔も知らない生みの親が付けた名前を、育ての親が大事そうに呼んでくれたから、あまり変えたくなかったしね。
「ほら、アリサ! さっさと行かないと、また院長に怒られるよ」
「う、うん! 分かった!」
同僚に急かされ、カルテを受け取った私はそのまま診察室に入った。
それにしても、残業無しで週休二日制が確保されている職場……前世でブラック企業の社畜として働いていた私からすればなんと素晴らしい職場!
今働いている治癒院を斡旋してくれたギルドのお姉さんを心の中で拝んでいる、診察室に患者さんが入ってきた。
「アリサちゃん、今日はよろしく」
「はい、よろしくお願いいたします!」
早速、患者さんから話を聞きながら容態を確認した私は、治癒が必要なところに手を翳すと治癒魔法を唱える。
すると、黄緑と白の光が患者さんを包み込んだ。
◇◇◇◇◇
「アリサ、休憩に入って!」
「はい!」
診察室を出て、休憩室で同僚と一緒にお昼を食べていると、突然同僚が私の手を取った。
「ど、どうしたの?」
「いや~、改めてアリサの治癒魔法はすごいなって思って! さすが、帝都イチ……いや、帝国イチの治癒師!」
「あ、ありがとう……でも、あなたを含めてここにいる治癒師はみんな素晴らしい方達よ!」
言えない。本当は、隣国から追放された聖女の力を持った元貴族令嬢なんて。
でも、ここにいる治癒師達がみんな素晴らしい方達ばかりなのは本当だ。
「エヘヘッ~、アリサに褒められると悪い気がしないなぁ」
照れている同僚に曖昧な笑みを浮かべた私は、自分の手に視線を落とす。
フリージア帝国に来て1年、『治癒師アリサ』は今や帝都で有名な治癒師の1人として広まっていた。
まぁ、どんな怪我や病気も聖魔法を混ぜた治癒魔法で治しているから、有名になっても仕方ないだろうけどさ。
「でも、『アリサが来てから不調を訴える人が減った』って院長が嘆いていた気がする」
「本当?」
「本当だよ。それに、治癒師の先輩達も『アリサの技術は盗めなくても、患者さんに接する姿勢は盗まないと!』って張り切っていたよ」
「そ、そうなのね」
それは、私が先輩達に言えることなんだけど……
チューリップ王国にいた時とは違って明らかに忙しい。
でも、あの頃を同じくらい充実している。
「はぁ、いつまでもこんな日が続けばいいのに」
「ハハッ、何それ」
楽しそうに笑う同僚の前で、そんなフラグみたいなことを口にしたからだろう。
昼下がりの帝都に、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。
◇◇◇◇◇
カンカンカンカンカン!!!
「っ!?」
「な、なにごと!?」
昼下がりの帝都にけたたましく鳴り響く鐘の音。
その音に嫌な胸騒ぎを覚えた私は、同僚と共に治癒院を飛び出す。
その瞬間、逃げ惑う人々からある単語が飛び出した。
「スタンピードだーー!!」
「えっ!?」
スタンピードですって!?
言葉を失う私の隣で、同僚が顔面蒼白で唇を震わせる。
「嘘、魔王は隣国の聖女が倒したんじゃなかったの?」
恐らく、この子は帝都から……いや、帝国から一歩も出たことがないのだろう。
恐怖で唇だけでなく足も震わせた同僚を見て、冷静さを取り戻した私の耳に、再び誰かの声が飛び込んできた。
「発生源は帝都近くの森で、今は帝国兵が抑えているらしい。だが、押し寄せてきた魔物の数があまりに多く、帝国兵でも殲滅出来るかどうか……」
聞こえてきた絶望的な状況に拳を握り締めると、震えている同僚の方を掴んだ。
「ほら、しっかりして! あなたは私と同じ治癒師なのだから、先輩達と一緒に緊急の救護所に行って患者さんを診ないといけないでしょ!」
「はっ! そうだった! 私、治癒師として患者さんを診ないと!」
少しだけ正気に戻った同僚は、駆け足で緊急の救護所に向かう。
その背中を見送った私は、急いで治癒院に戻ると、ロッカーから姿隠しの魔法が付与されたローブを取り出した。
初給料で奮発したこれが、まさか役に立つなんて。
クスリと笑みを零した私は、ローブを羽織ると裏口から外に出た。
そして、お父様から教わった風魔法を使って帝都の空を飛んだ。
◇◇◇◇◇
正直、魔物退治なんて初めてだ。
だって、ゲームが始まる前にレベッカが魔王を退治したのだから。
「本当は、魔物退治じゃなくて怪我した人々の治療をした方が良いのかもしれない」
だって、今の私は治癒師なのだから。
でも、聖魔法が使える私にはそれが出来ない……いや、許されない。
帝都を見渡せる時計台に降りた私は、堅牢な壁の向こう側に広がる光景に目を見開く。
「あれが、スタンピード」
前世でファンタジー小説を読んでいたからどんなものか知っていたけど……こうして目の当たりにすると怖い。
壁の外側では、帝都を飲み込まんと襲来してきた1000を超える魔物と、その魔物達から帝都を守ろうと1万人以上の帝国兵が乱戦を繰り広げていた。
「なるほど、さっき聞いた言葉はあながち間違いではなかったということね」
とは言っても、さすが魔王の眷属。
数では人間の方が圧倒的に有利でも、聖魔法以外の魔法では簡単に倒れてくれない。
「レベッカやゲームの中のアリアも、こんな気持ちで魔物と対峙していたのかな?」
恐怖と使命が混在している気持ち。
そんな気持ちを抱え、レベッカやヒロインはヒーロー達と共に得意の聖魔法で魔物退治をしたのか。
「だとしたら、本当にすごいわ。レベッカもアリアも」
臆病な今の私には、真正面からあんな数の魔物を一気に討伐するなんて出来ない。
初めて見るスタンピードに、胸をきつく抑えた私は大きく深呼吸すると、目を閉じて胸の前で両手を組んだ。
遠くからは魔物の咆哮と、魔法を放ったような爆発音に剣戟の音。
そして、下からは人々が怯えて泣き叫ぶ声。
『助けて』『助けて』と耳元に流れてくる声に、恐怖で震えていた手がぴたりと止まる。
レベッカは……いや、ゲームのヒロインだったアリアは何を願った。
牙を向いてくる魔物達を前に、心優しい彼女は何を想って願った?
「違う」
今の私は、乙女ゲーム『チューリップ国の聖女様』のヒロイン、アリア・キャンベラじゃない。
フリージア帝国の治癒師アリサよ。
守ってくれるヒーローなんていない私が、聖魔法を通じて願うこと。
そんなの、たった1つしかない。
「偉大なる女神、アムネシア様よ」
ゲームでヒロインが唱えていた言葉を口にした時、手に感じていた温かい聖なる魔力が優しく体を包んだ。
でも、その魔力でやって欲しいことは私を包むことじゃない。
「敬虔なる信者アリサが、畏れ多くも願い奉ります」
この願いは私の願い。ヒロインの願いじゃない。
だから、自分のことを『聖女』だなんて言わない。
治癒師である今の私には、恐れ多いから。
体を包んでいた魔力が大きくなると、胸の前で組んでいた両手を天に伸ばした。
「どうか、この街を襲う魔を浄化し、人々に安息と平穏をお与えください」
お願い、届いて!
姿隠しのローブを身に纏った私の願いは、帝都を襲っていた魔物が一掃されたことで叶えられた。
◇◇◇◇◇
聖魔法で魔物達を一掃した翌日、帝都は突如として時計台に現れた『聖女』の話題で持ち切りだった。
そんな中、出勤早々院長に呼ばれた私は、目の前に座っている銀髪でアイスブルーの瞳を持つ見目麗しい青年に冷や汗が止まらなかった。
「へぇ、この子が噂の聖女様ねぇ」
「っ!?」
なぜ、正体がバレてる!?
あの時、姿隠しのローブを羽織っていたから、誰だったか分からないはず!!
手汗が酷いまま白衣を強く握り締めた私は、恐る恐る顔を上げる。
「あ、あの……」
「あぁ、ごめん。自己紹介がまだだったね」
いやいや、自己紹介しなくても分かりますから!
内心でツッコんだ私に、ソファーでくつろぐ青年は、姿勢を正すと紳士的な笑みを浮かべた。
「初めまして、聖女アリサ……いや、アリア・キャンベラ侯爵令嬢。私は、フリージア帝国の王太子、リオネル・フォン・フリージアだ」
◇◇◇◇◇
「ど、どうして私の名前を?」
それも、ギルドしか知らない名前まで知っている!!
恐怖で手も声も震わせる私を見て、リオネル殿下は優しい笑顔で答えた。
「実はね、聖女に関する情報は、日夜世界中で共有されるんだ」
「えっ!?」
そんなこと、ゲームでも語られなかった設定じゃない!
「だから、君が無実の罪でチューリップ王国から国外追放されたことも、治癒師として我が国に来たことくらい知っているんだよ」
「そこまでご存じだったのですね」
「当然だよ。だって君は、世界に数少ない聖女なのだから」
「そ、そうでしたか……」
思わぬ事実を聞かされ驚いた私だったが、殿下を見てふと疑問に思った。
「でしたら、どうしてわざわざこちらにいらっしゃったのでしょうか?」
そうだ、私がこの国にいると知っているのならば、騎士に命じて私を城に連れ来させれば良かったはず。
「コラッ、アリサ! 殿下に対して、なんて失礼な……」
「構わないよ」
院長の言葉を遮ったリオネル殿下は、そのまま引き攣り顔の私に視線を戻した。
「君が疑問に思うのも無理はない。僕としても、君が治癒師としてこの国に住むのなら、それで良いと思っていた。けどね、そう言っていられない事態が起きてしまったんだよ」
「えっ?」
一体、何が起きたというの?
「あの、もしよろしければ、聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんさ。むしろ、聖女である君にどうしても聞いて欲しいからこうして来たんだ」
紳士的な笑みを浮かべていたリオネル殿下が、突然その笑みを潜めた。
「実は、君の祖国にいる聖女様が、『私のハーレムに入れば、国に巨大な聖魔法の結界を張ってあげる♪』なんて理解不能なことを全世界の王族や皇族達に対して言ったんだよ」
「はい!?」
何考えているのよ、あのビッチ!
聖女になってヒーロー達と逆ハー作ったんだから、それで満足しなさいよ!
調子に乗ったビッチの発言に怒りを覚えていると、真面目な顔をしていたリオネル殿下が心底呆れたため息をつくと、背もたれに体を預けた。
「でも僕は、国のためとはいえ、あの娼婦のような聖女の仲間になるのは嫌なんだよ」
「娼婦……」
まぁ、間違ってはいないけど。
辛辣な言葉に苦笑いを浮かべた時、殿下の目に光が灯った。
「そんな時にスタンピードで見せた君の力! 君自身、帝都を救うために使ったのかもしれないけど、僕にとっては正に、天に遣わされた聖女の光そのものだったよ!」
「は、はぁ……」
正直、嫌な予感しかしない。
王子様スマイルのリオネル殿下がソファーから立ち上がると、私の傍に来て跪いた。
「リ、リオネル殿……」
「だからさ、僕のためにこの国の聖女になってくれないかな?」
「はいっっ!?!?」
リオネル殿下の突然の申し出に、この時の私は言葉を失うしか無かった。
そして、この申し出をきっかけに、リオネル様やその側近の皆様と共に復活した魔王を倒すことになるとは想像もしなかった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
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