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二択

作者: 雉白書屋

「気がついたかね」


「……あ……ここ……は」


「病院だよ」


 病院……ということは、おれは助かったのか。あの……あの事故から……。

 ああ、恐ろしい事故だった。思い出すと身震いが……いや、体がまったく動かない。どうなっているんだ、まぶたすら開けないぞ。かろうじて声は出せるが、これは麻酔のせいか? 暗闇の中で、微かに感じる浮遊感が不快だ……思い出してしまう……。


「あの……どうなって……」


「……ああ、説明しよう。だが、いくつか聞きたいことがある」


 おれの問いかけに、そばにいる男――おそらく医者だろう――が、おれの記憶の有無を確認し始めた。それは、虫歯の深さを探るような、苦痛を伴う作業だった。


 おれは新しく発見された惑星の調査員だった。子供なら憧れるような響きだが、実際はそこまで難しい仕事じゃない。二人乗りの小型調査船で現地に向かい、知的生命体の有無や植民地としての適性を判断するため、調査ドローンを配置するだけの仕事だ。

 調査員の数は多く、中にはいい加減なやつもいる。だが、おれは違う。優秀だった。そう、少なくともあの事故が起きるまでは――。

 地球へ帰還する直前、船が故障したのだ。大気圏を突破したあたりで、制御を失った機体が炎を噴き上げながら墜落していく。警報が鳴り響く中、おれは必死で脱出を試みたが……。


「――それで、君は救助されてこの病院に運ばれたんだ。だが、全身に火傷を負ってしまい、声も元のものとはかなり変わってしまった」


「あ……あ……」 


 なるほど、確かに違和感がある。喉の奥で何かがこびりついているような、ざらついた感触。だが、そんなことよりも体の感覚がまるでないことのほうが気になる。たぶん大丈夫だろうが……。


「さて、君に少し尋ねたいことがあるのだが、いいかね?」


 空気が変わった。さっきまでの同情の色が消えた。事故の経緯を確認し、責任の所在を明確にしようとしているのだろう。でも、おれは悪くない。そうだ、おれは気を抜いていなかった。あいつだ。相棒が船の異常を見落としたんだ。あいつは浮かれていたからな。だって――


「それで、君はどっちなんだ?」


「……え?」


「言ったとおり、君は全身に酷い火傷を負った。指紋も、網膜もスキャンできない。だから、君が二人の調査員のどちらなのか判別がつかないんだ」


 そういうことだったのか。おれの状態が相当酷いことは察しがついていたが、そこまでとは……。しかし、現代の医療技術なら、回復させることは可能なはずだ。以前、家が全焼するほどの火事で全身火傷を負った男が、手術で元の顔を取り戻したというニュースを見たことがある。


「お……れは……」


「ん?」


 ――あ。


『おい、また写真なんか眺めているのかよ。よく飽きないな』

『ああ、ふふふ』


『マスかくなら部屋でしろよ。少しでも臭ったらぶん殴るからな』

『よしてくれよ。僕はただ、こうして彼女の写真を見ているだけで心が落ち着くんだ……あ、返してくれよ』


『ふーん……まあまあ美人だな』

『ふふふ、ありがとう。でも、大事なのは外見よりも中身だよ』


『うるせえな。また、ありきたりなこと言ってんじゃねえよ。だいたい、中身なんてわかるわけねえだろ。今頃その彼女は地球で他の男に股を開いているだろうよ』

『また君はそんなことを言って……そんなんじゃ、女性が遠のいていくよ』


『うるせえな、ホモグソ野郎が……』




「どうしたんだね?」 


「……ぼくは――です」


 相棒との会話の記憶が蘇り、気づけばおれは相棒の名前を口にしていた。

 新惑星へのドローン調査は数年にわたる任務だ。その間、狭い船の中で話し相手は奴だけ。暇つぶしの道具はあるが、人との会話がないと気が狂いそうになる。だから、奴のくだらない身の上話や口調、仕草まで頭に染みついている。成り代わることは難しくはない。

 そうだ、あいつは死んだんだ。残された彼女がかわいそうじゃないか。一方で、おれの身内は老いた母親だけ。選ぶのは当然、恋人。それも、若くてとびきりの美女だ。


「そうか、わかった。ありがとう。では、私は上へ報告するので、君は休んでいなさい。麻酔を追加しておこう」


「はい……ありが……とう……」


 やった、うまくいった。保険金も手に入るだろうし、事故のおかげでおれの人生は大きく好転したぞ! はははははは!




「――ということで、ええ、生き残ったのはクローンのほうです。亡くなった調査員の遺族には保険金を。治療費もかからないので、コストが抑えられますね。ええ、ははは、おっしゃるとおりですね。調査員は全員クローンにしてしまえばいいんですが、まあ規定ですからね。では、そのとおりに、クローンは廃棄します」

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