第4話 合体だぁああああ!!
「天城?」
「……」
「おーい、大丈夫かー? 天城ー?」
「……」
俺に麦茶を飲むよう強要し、自身も一気飲みしてから、天城は石のように固まってしまった。
気怠そうに腕をだらんと垂らして、視線はテーブルの上。頬は今にも溶けて落ちそうなほどに赤く、呼吸は少し荒い。
「やっぱり、体調悪いのか? だったら病院に――」
言いながら、天城の肩に手を置いた。
すると彼女はビクッと身体を上下させ、灰色の瞳に潤いを宿して俺を見る。
ぱちくりと瞬きをして、薄っすらと開いた唇で息を吸う。
音を鳴らしながら唾を飲み、暴力的なまでに美しい顔を僅かに歪ませる。
「……あ、新……私、その、媚薬を……っ」
「びやく? えっと……何の話だ?」
「とにかく……私と一緒にいない方が、いいかも……」
今夜は一緒にいたいと呼び出しておいて、今度は一緒にいない方がいいと来たか。
本当に何から何までわけがわからない。
それに、びやくって何だ。
びやく……まさか、媚薬のことか?
俺に一服盛った……?
いや、身体は何ともない。
じゃあ、天城が自分で飲んだ?
……今の様子を見る限りあり得そうな話だが、そんなことして何の意味があるんだ。
もしかして、天城が俺に一服盛ろうとして、間違ってそれを自分で飲んで大変なことになってるとか?
「……バカバカしい」
そんなわけがない。
第一俺に媚薬を盛る意味がわからないし、仮に盛ろうとして自分で飲むとか大間抜けが過ぎる。
確かに天城は見た目のわりに抜けたところはあるが、そこまでのアホではない。
そんな超ド級のアホが、俺の親友なわけがない。
「まさか……」
一緒にいて。
そう口にした時の真剣な表情と今の状況から、俺は一つの仮説を立てた。
――天城は何か、重篤な病を抱えているのではないか。
だから親友の俺と一緒にいたくて、しかし病のせいで体調が優れず、苦しむ自分を見せたくなくて一緒にいない方がいいと言った。
俺のことを想っての、矛盾した気持ち。
車内での様子がおかしかったのも、変に怒っていたのも、全て病のせいだったら説明がつく。
泉さんが俺に話してくれなかったのも、実は全ての事情を知っていてその上で天城に口止めされていたなら納得だ。
「……っ」
天城が、死ぬ。
想像しただけで、叫びそうになった。
だが、俺が取り乱すわけにはいかない。
一番不安なのは彼女。親友として、付き人として、俺は冷静でいなくちゃいけない。
「ごめん、天城。……その頼みは、ちょっと聞けない」
彼女の手を取り、目を見てそう言った。
「俺は天城と一緒にいたい。最初に頼まれたからってのもあるけど……俺自身、本気でそう思ってる」
「えっ? い、いきなり何……?」
困惑する天城を無視して、そっと背中に腕を回して抱き締めた。
「ひゃっ」とか細い悲鳴を漏らすが、抵抗はせず俺の肩に顎を置く。
「……父さんが母さんに捨てられて、生活が荒れまくってどうしようもなくなって。それで天城が俺を何日も家に泊めてくれた時、本当に嬉しかったんだ。天城が助けてくれなかったら、今俺はここにいなかったと思う」
どこぞの男に母さんを寝取られたことで、ひとが変わったように暴力的で無気力になった父さんを、今でも思い出す。
あの頃は家が地獄で、心身ともにボロボロで……。
だから、「うちに来て」と天城に誘われた時は、これまでの人生で一番泣いた。
でも、そんな生活は長く続かない。
天城の家がいくら金持ちだといっても、世間体的に他人の子供の面倒を見るにも限界がある。
その時、彼女が俺のために取った行動というのが、芸能界入りだ。
元よりあちこちからスカウトされまくっていた彼女は、自分で稼いだ金なら俺の面倒を見ることに何の文句もないだろと働き始めた。当時、まだ小学四年生で。
……まあ結果として、そんなメチャクチャな理屈が通るわけもなく、俺は家に帰されたわけだが。
ただ天城の必死さが、父さんを正気に戻してくれた。
子供がここまで頑張っているのに、自分がいつまでも落ち込んでいてはいけないと思ったのだろう。
我が家の状況は改善されたが、天城は泉さんに辞めないでくれと号泣土下座されて現在に至り。俺は彼女の頼みで仕事について回り、いつの間にか付き人として働くようになった。
「今の俺があるのは、全部全部……天城のおかげだ。だから、俺の人生は全部天城に使うって決めてる。……最期の時まで、一緒にいるよ」
天城のためなら何でもするし、頼み事も何でも聞く。
だが、今の彼女を放置するこちはできない。一緒にいない方がいいなんて、そんな願いは聞けない。
――ガサッ。
シンと静まり返った室内に、不意に物音が響く。
まさか……そう思いつつ、俺は音の方へ視線を流した。
◆
……ん? え? 何これ、どういう状況?
「今の俺があるのは、全部全部……天城のおかげだ。だから、俺の人生は全部天城に使うって決めてる。……最期の時まで、一緒にいるよ」
私をギュッと抱き締める、大好きなひと。
心臓が飛び出そうなほどドキドキしているのに、状況が意味不明でいまいち入り込めない。
媚薬は……間違いなく、私が全部飲んだはず。
なのに、新のこの行動は一体……。
「天城、ごめん」
言うや否や、私をソファに押し倒した。
肩にかかる体重。声をあげそうになった瞬間、彼の大きな手が口を塞ぐ。
「んっ? んぅー?」
「静かにしててくれ」
低く鋭い声で注意され、私は疑問の声を飲み込む。
真剣な表情の新。
動きを制限され、少し身体が痛い。でも、彼の大きな手のひらが、気迫のこもった黒い瞳が、何もかもが、堪らなく愛おしい。
……もしかして、今からするの?
私、ヤられちゃうの……!?
媚薬もないのに、何で。
もしかして媚薬、必要なかった? 新ってば、最初からそのつもりでうちに来てた?
疑問はあるが――……まあでも、いっか!!
さぁ、来い!! 合体だぁああああああああああ!!!!
「……やっぱりいるな」
「?」
いる? いるって何だ?
……あっ。
あー! 避妊具が必要って話か!
新ってば、ちゃんとしてるな。私なんかすっかり忘れたのに。
ふふっ。ますます好きになっちゃったよ。
……しかし、待てど暮らせど新は動かない。
獣のように険しい目つき。
その視線の先には、クローゼットがある。……悪いけど、うちにコンドームは置いてないよ?
「天城、今すぐ家を出ろ。そしたらすぐ、警察に通報して」
「んぅ!?」
まったく想像していなかったワードに、私は声を荒げた。
瞬間、バンと音を立ててクローゼットの扉が開く。
私は一人暮らし。そして新以外には誰にも合鍵を渡していない、はずなのに。
「お、王子さんから離れろっ! そのひとは僕の恋人だぞっ!」
現れたのは、眼鏡をかけた清潔感のない風体の青年。
……う、嘘でしょ。
去年、私に散々付きまとってたストーカーだ。
今年の初め頃、新に捕まって警察に突き出されたはずなのに……。
どういう方法を使ったのかはわからないが、私が留守の間に侵入してきたらしい。
しかも、その手には包丁が握られていた。
ガタガタと身体を震わせながらも、切っ先は真っ直ぐ新に向いている。
「王子さんと一緒に死のうと思ってたのに……! くそっ、何でお前が! どうしてここにいるんだよ!?」
「それはこっちの台詞だ」
新は冷静にツッコミを入れて、盾となるよう私の前に立った。
私にはわかる。表情も声音も普段通りだが、彼は今、メチャクチャにキレている。
「……何が一緒に死のう、だよ」
怒気だけで編まれた声を吐いて、グッと拳を握った。
「天城の命は、もう長くないんだ!! 残り少ない時間を、誰がお前なんかにくれてやるか!!」
「「え?」」
奇しくも、私とストーカーの声が重なった。
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