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6.妃たちの怒り、皇帝の怒り

『なんで⁉ どうしてわたしじゃなくてあの女のところに行ったの⁉ 昨夜はあんなにも情熱的に愛し合ったっていうのに! どうして!』



 わたくしは静かにため息をつく。目の前の侍女は、申し訳無さそうな表情を浮かべつつ、何度も何度も頭を下げた。



「別に、あなた自身の言葉じゃないのだから、そんなに怯える必要はないのよ?」


「桜華様……ありがとうございます。けれど、今朝の魅音様は本当に恐ろしくて……思い出すだけで身が竦むほどなのです」



 彼女は後宮側が用意した魅音様付きの侍女だ。実際のところ、侍女というより、妃とわたくしとの橋渡し役を担っている。

 広大な後宮。懐妊の兆候をいち早く掴むためには、内部情報を知るものの存在が不可欠だ。それ以外にも、妃たちの不満やトラブルの有無、その前触れ等、いろんな情報を流してもらっている。


 もちろん、妃たちも彼女たちの役割をきちんと熟知している。



(つまり、魅音様がぶちまけたご不満は『わたくしに聞かせるために』あえて言葉にしているってことなのよね……)



 さすが、魅音様は本当に気が強くていらっしゃる。わたくしはもう一度ため息をついた。



「それで? 魅音様は他になんと仰っていたの?」


「はい……『たかが管理人ごときが陛下のご厚情を賜るなんて許しがたい。桜華様は一度、しっかりと序列というものを思い知るべきだ』とのお言葉で」


「序列、ね」



 確かに、しっかりと階級の定められた妃たちと違って、わたくしの立ち位置はなんとも不安定だ。なんといっても、龍晴様が勝手に作られた役職だし、妃と同じ女性なんだもの。


 これまで不満が噴出しなかったのは、わたくしがあくまで管理人の枠に収まっていたからだ。それが、陛下と朝食をともにしたことで、抑えきれないものになっている。



「お茶会を開くから、そこで話を聞きましょうか?」



 わたくしにとってはなんのメリットも存在しない――きっと嫌味のオンパレードで疲れるだけだ。けれど、早めに宥めておかなければ、後宮内の不穏に直結する。



「ありがとうございます。魅音様にはそのようにお伝えいたします」



 侍女が宮殿を去っていく。わたくしはそっと額を押さえた。




***




 後宮の中央に建てられた東屋のなかに、魅音様をはじめとした数人の妃たちが集まっている。上級妃に中級妃、下級妃も一人混じっている。本来なら、ありえない組み合わせだ。



(招待状、魅音様以外には出していないんだけどな……)



 女の情報網というのは怖い。元々魅音様の傘下にあった妃に加え、わたくしに不満を持つものたちが徒党を組み、こうして集まってしまったらしい。


 一人で言えないなら複数で。本当に、女性というのは怖い生き物だ。



「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」



 内心でため息をつきつつ、わたくしはニコリと微笑みかける。彼女たちはこちらに向かって微笑み返してくれたけれど、その視線はとても鋭く冷たかった。



「たかが後宮の管理人が、こんなにも大規模なお茶会を開くなんて……妃でも気取っているのかしら?」



 第一ブロー。魅音様がため息混じりに口にする。

 わたくしは「まぁ!」とわざとらしく声を上げた。



「そんなまさか。わたくしが招待状をお出ししたのは魅音様お一人だけですわ。後宮の管理について、なにか仰りたいことがあるようなので、二人で忌憚なくお話を、と思っておりましたところ、思いがけず参加者が増えていたのです。驚きましたわ」



 この程度の嫌味で傷ついていたら話にならない。わたくしはニコリと微笑む。

 相手側もこのぐらいの返しを想定していたのだろう。まったく動じることなく、わたくしのことを睨みつけた。



「そう! わたしが話したいのは後宮の管理の話よ。ねえ、陛下と朝食をとるのは、閨をともにした妃――――それが後宮の習わし、ですわよね? その習わしが今朝、破られてしまったの。管理人として、いかがお考え?」



 ネチネチと嫌味を言うだけでは鬱憤は晴れないと判断したのだろう。魅音様はストレートに不満をぶつけてきた。



「慣習は慣習。それを破ることを陛下がお望みならば、わたくしが申し上げることはございません」


「ふざけないでよ! あなた、管理人でしょう? 陛下が間違ったことを望んだら、それを正すのが役割じゃないわけ? なんのために妃と皇帝が朝食をとると思ってるのよ!」



 今度は魅音様以外の妃が声を荒げる。わたくしはそっと眉間にシワを寄せた。



(なんのために――って、自己顕示欲を満たすためでしょう?)



 自分は陛下と閨をともにしたんだって。寵愛を受けたんだって。それを他の妃たちに知らしめて、優越感に浸るための儀式のようなものだってことは理解できる。もしもわたくしが彼女の立場なら、同じように考えただろう。



「勘違いをなさらないで。陛下を管理するだなんておこがましい……わたくしはあなたたち妃を管理する立場にあります。そもそも、陛下が間違っていると仰るなんて――妃としてあるまじき行為です。わたくしたちは陛下の御心のままにお仕えすべき存在。先程の言葉、陛下の耳に入ったらどうするおつもりです?」



 けれど、自分たちの感情が傷ついたからと、龍晴様が間違っていると断じるのは明らかにおかしい。嫉妬で我を見失いすぎだ。この妃は、最近では龍晴様のお相手に選ばれる機会も少なかった方だし、相当鬱憤が溜まっていたのだろう。それにしたって、あまりにも浅慮だ。

 わたくしが咎めれば、妃はパッと顔を赤く染めた。



「口は災いの元、気をつけなさい。今の言葉は聞かなかったことにするわ」



 わたくしは後宮の管理人。彼女を罰するのは簡単だ。けれど、わたくしはいたずらに権力を振りかざそうとは思わない。


 とはいえ、妃たちのほとんどが当初の勢いを失う。

 と同時に、魅音様がぐいと身を乗り出した。



「陛下のなさることは当然、すべて正しいわ。わたしが言いたいのは、たかが後宮の管理人のくせに、思い上がっている女がいるってことなのよ」



 明らかな蔑みの言葉。わたくしは静かに魅音様を見つめ返した。



「たかが後宮の管理人、ですか」


「ええ、そうよ! あなたなんて、陛下に抱かれたこともないくせに! 勘違いをなさらないで? 陛下の子を孕み、国母になるのはこのわたしよ! あなたなんて、女性として見られることすらない、魅力のない存在じゃない! あなたは自分の采配次第で陛下のお相手が決められると思っているかもしれないけど、お生憎様。わたしが皇后になったら、あなたを後宮から排除してあげるわ!」



 勝ち誇ったように魅音様が笑う。あまりの敵意に胸が締めつけられる。



「魅音様、わたくしは……」


「桜華が後宮を去ることはない」



 その場にいた全員が、一斉に背後を振り返る。

 怒りを押し殺した低い声音。冷たく苛烈な視線。東屋に緊張が走った。



「龍晴様……」



 そこには後宮の主――龍晴様がいらっしゃった。

 一斉に拱手をする妃たち。わたくしも拱手をしつつ、魅音様を横目で見遣る。



「陛下、これは、その……」


「君が皇后になることもない。後宮から排除されるのは魅音、君のほうだ」



 龍晴様が宣言する。わたくしたちは言葉を失った。


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