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3.ようやく君を迎えにこれた

 後宮の住人たちが寝静まった頃、わたくしはそっと自分の部屋を抜け出した。


 恐ろしいほどの静寂。

 綺羅びやかな宮殿も、美しい花々も、夜闇の中ではその色彩は存在していないのと同じだ。



(わたくしはどうして、ここにいるのだろう?)



 自分の存在が、感情が、いろんなことが、なんだか虚しくなってくる。


 今頃、龍晴様は魅音様のことを愛している。

 わたくしの知らない顔で。

 わたくしの知らない声で。

 わたくしには知り得ない言葉を紡いで。

 わたくしには決して与えられない熱をはらんで。

 彼女のことを抱きしめている。



(魅音様が……他の妃や、手付きとなった女官たちが羨ましい)



 わたくしだって、龍晴様を知りたい。理解したい。

 彼に女性として愛されたい。

 他の女性なら、わたくしの采配ひとつで叶えられるささやかな願いが、けれど自分自身には叶えられない。



 どうしてわたくしではダメなのだろう? 

 この後宮に暮らす誰よりも、龍晴様のことを想っているのに。愛しているのに。

 龍晴様だって、わたくしのことを愛していると――――いつもそう仰っているのに。



(わからない)



 龍晴様はいつだって、『桜華は私のことをよくわかっている』と仰る。

 龍晴様も、『桜華の考えはよくわかっている』と仰る。


 だけど、それは間違いだ。


 だってわたくし本当は、龍晴様に他の女性なんて勧めたくない。

 わたくしが妃を勧めたときには


『こんなのただのお役目だから。本当は他の女なんて抱きたくない』


 って、龍晴様にそう言ってほしい。

 本当はわたくしだけだって。他の女には興味なんてないって。そう言ってほしくてたまらなかった。


 まるで異国のおとぎ話に出てくる王子様のように、たった一人の女性を想い、わたくしだけをひたすら愛してほしいと思っていた。後宮なんてなくなってしまえばいいって思っていた。


 彼が後宮に訪れるたび、妃を勧めるたびに、わたくしの心はズキズキと痛む。この5年間、嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。


 仕方がないことだって――――何度も何度も自分に言い聞かせた。

 龍晴様はこの国の天子様なんだもの。お世継ぎが、他国へその力を見せつけることが必要で。後宮というのはその手段の一つなんだって。

 だけど、それならわたくしを、そのなかの一人に加えてくださっていいはずなのに。



(龍晴様はわたくしのことをなにもわかっていらっしゃらない。……わたくしも、龍晴様のことをなにもわかっていない)



 本当は、努力をすれば理解ができるのかもしれない。


 だけど、わたくしはもう疲れてしまった。

 期待したって意味がない。望んだところで叶わない。


 だったら、なにも考えないほうがいい。


 龍晴様は、今のままの関係に満足していらっしゃる。なにかを変えようなんて、思わないほうがいい。――そう思い知らされるのが嫌だから。



「誰か、わたくしをここから連れ出して」



 もしも後宮を出て、普通の女の子として誰かに愛される未来があるのなら――――わたくしは喜んでその可能性に手を伸ばすだろう。


 叶わぬ思いに身を焦がすくらいなら、ささやかな幸せがほしい。たとえ好きな人じゃなくても構わない――――なんて、あまりにも不実だろうか?


 それでも、わたくしは今、希望がほしい。決して叶わないとわかっていても、それでも。



「――――ようやく君を迎えにこれた」



 闇夜を切り裂く低い声。驚きに目を見開いたその瞬間、誰かがわたくしを背後からギュッと抱きしめた。


 風たちがざわめき、星々が一斉に流れはじめる。わたくしたちの周りに星明りが集まり、神秘的な空間へと早変わりする。



「誰?」



 ふわりと香る甘い香りも、たくましい腕も、声も、龍晴様とは違っている。絶対に彼ではない。


 けれど、見知った宦官たちのものとも違うように思う。第一、彼らは絶対にわたくしを抱きしめたりしない。


 おそるおそる振り返ってみる。すると、そこにはこの世のものとは思えないほど美しい男性がいた。


 星の光を集めたかのような銀の長髪、男性とは思えないほど白くなめらかな肌、翠玉のように煌めく緑の瞳、美しい鼻梁。すらりとした長身、白地に銀の刺繍が施された漢服があまりにもよく似合っている。


 わたくしがこれまで出会ってきたこの国の住人たちとは明らかに違う。けれど、異国人という感じもしない。


 もっと特別な、別のなにか――――まるで人外の生物、あるいは神様のような。本当に人間離れした美しさを誇っている。


 けれど、そんなことがありえるのだろうか?



「やっぱり神華は――私のことを覚えていないんだね。会えば、思い出してくれるかもしれないと期待していたんだが」


「え?」



 どこか寂しそうな声音に目をみはる。



(神華? もしかして、この方は人違いをしているのだろうか?)



 けれど、現在、この国でその名を付けられるものはいないはずだ。何故ならその名は、この国の建国者――――初代皇帝・地龍様の母親の名前なのだから。



「あの……わたくしは、桜華と申します。あなたとは初対面のはずで……」


「天龍だ。確かに、新たに生を受けてから君と会うのはこれがはじめてだよ。だけど私は、天界からずっと君のことを見ていた。ようやく今日、地界に降りれられる年齢になったんだ」


「え? ……天龍、様?」



 説明を受けてみたところで、やっぱりわたくしは彼のことを知らない。

 新たに生を受けて? 天界? 地界? 降りる? 彼の言うことはわからないことだらけだ。正直、わたくしは面食らってしまう。


 そもそも、この国で『龍』を名乗ることは皇族にのみ許された特権だ。けれど、天龍なんて皇族の名前、わたくしは聞いたことがない。



(もしかして、前陛下には異国人との間に隠し子でもいらっしゃったのかしら?)



 それにしたって、成人している以上、許可なく後宮に入れるはずがないし、龍晴様とはさして似ていらっしゃらない。もちろん、おふたりとも恐ろしいほど美しいのだけれど。



「会いたかった……ずっとずっと、君だけを求めていた」



 その瞬間、天龍様が力強くわたくしのことを抱きしめた。

 一瞬だけ見えた彼の表情は、切なげで、愛しげで、思い出すだけで涙が滲むほどだ。

 そしてそれは、わたくしが求めてやまない感情――――愛情だった。



(この人は一体、誰なのだろう? どうしてわたくしを知っているのだろう? ――――求めてくれるのだろう?)



 疑問に思うことは山ほどある。人違いなのかもしれない。

 けれどわたくしは、天龍様の腕を振り払う気にはなれなかった。


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